ゴルフ8 TDI R-Lineのフロントビュー。プロポーション、デザインテイストはゴルフ7から移植と言ってもいいほどに保守的なフルモデルチェンジだった。熊本・新阿蘇大橋にて。《写真撮影 井元康一郎》

フォルクスワーゲンのCセグメントコンパクトクラスの乗用車、第8世代『ゴルフ』を3700kmあまりドライブさせる機会があったので、インプレッションをお届けする。

Dセグメントの『パサート』、コンパクトクーペの『シロッコ』に続くフォルクスワーゲンの新世代FWD(前輪駆動)モデル第3弾としてゴルフの第1世代が登場したのは49年前の1974年。乗り心地、空間効率、操縦安定性などの諸要素が当時としては革命的に高かったことから、世界のコンパクト乗用車の基準モデルという評価を得た。

その後、ゴルフは「これ1台で日用から超長距離移動まで何でもすませられる」というコンセプトをいささかも変えない超保守的なフルモデルチェンジを繰り返しつつ今日に至っている。世界に長寿モデルは数あれど、特殊用途でないごく普通の乗用車でこれほどまでに長期間ひとつの価値観をユーザーに認めさせ続けたモデルは稀有だ。

2019年末に欧州市場デビューを果たした第8世代はプラットフォームに相当するモジュールアーキテクチャ「MQB evo」のデビュー作。空気抵抗係数Cd値0.275はハッチバック車としては最良クラス。サスペンションは第7世代と同様、前は全車ストラット、後は軽量グレードがトーションビーム半独立、重量グレードがダブルウィッシュボーン独立。パワーユニットはガソリン、ディーゼルとも大幅改良を受け、ガソリンの1〜1.5リットルユニットにはマイルドハイブリッド「e-TSI」も用意された。

テストドライブ車両は「TDI R-Line」。最高出力110kW(150ps)の2リットルターボディーゼルを搭載し、通常グレードと異なる足まわりを持つスポーティグレードである。ドライブルートは東京〜鹿児島間の周遊で、総走行距離は3734km。道路比率は市街地2、山岳路を含む郊外路6、高速2。1〜4名乗車、エアコン常時AUTO。

最初にゴルフTDI R-Lineの長所と短所を5つずつ挙げてみよう。

■長所
1. 運転席がクルマの中央にあるかのように感じられる卓越した操縦性。
2. ハイペースで走っても良好なロングラン燃費。
3. 剛性重視のサスセッティングなのに滑らかな乗り心地。
4. 旧型に比べて大幅に低減されたディーゼルノイズ。
5. 窓面積が大きく視界が良い。

■短所
1. 価格が高い。ただし他グレードとの価格差は小さい。
2. 市街地燃費は同格のストロングハイブリッドに負ける。
3. 誤操作しがちなタッチセンサー式ステアリングスイッチ。
4. 常時体が触れる部分以外のインテリア素材は質素。
5. ありきたりなコネクティビティのメニュー。

◆ツーリングカーとしては「エクセレント」の一言
では本論に入っていこう。3700kmあまりを走ってみてのゴルフTDI R-Lineの印象だが、走り、快適性、疲労耐性といった旧来のツーリングカーの評価軸に関してはエクセレントの一言。旧型のゴルフ7が動的質感で世界的に高い評価を受けていたことから伸びしろはそう大きくないだろうと踏んでいたが、その予想はポジティブサプライズ的に裏切られた。

路面状況の良い高速道路から荒れ放題の山岳路までとにかく走行ラインのトレース性が良く、振動の吸収力も秀逸。Cセグメントのベンチマークモデルとして世界のクルマの性能目標を一段上げる牽引役を果たすに十分以上という感じであった。

2リットルターボディーゼル+7速デュアルクラッチ変速機のパワートレインもシャシーに負けず劣らず改良幅が大きかった。エンジンの最高出力はゴルフ7と同じ110kW(150ps)にすぎないが、0-100km/h加速は旧型に対して大幅に優越していたばかりか、150kW(190ps)エンジンを積むパサートTDIをも上回った。燃費は市街地では同等出力のハイブリッドに後れを取るが、ロングランではコンスタントに25km/リットル以上をマーク。長大な山岳路を含む区間でも燃費低下幅は小さかった。

一方、コネクティビティやボイスコマンドなど自動車の新たな付加価値ファクターと目される先進分野についてはテスラやBYDなど新興勢力が実装しているような斬新なアイデアやユーモアはなく、旧態依然という印象。カーナビは自車位置が地図に表示されているだけで上等、デジタルコンテンツなんぞより目の前に広がるその瞬間しか見られない景色やドライブ体験に没頭したいという古典的なユーザーにとっては格好の道具、走行距離が少なくクルマにデジタルガジェット感を求める未来派ユーザーにとっては何とも物足りない――といったところである。

◆庶民にとってゴルフは高嶺の花となってしまった
難点は車両価格が高いこと。アクティブハイビームや18インチタイヤ、カーナビなどのパッケージオプションを装備したロードテスト車の日本での売価は500万円に達するが、実はこれでも大サービス価格。ドイツ本国で同等装備のシミュレーションを行ってみると付加価値税率を日本に合わせても1ユーロ=158円換算で700万円に迫る。現地で販売されるノンプレミアムCセグメントの中では圧倒的に高価で、そのすぐ上にはもうアウディやBMWがいるという水準だ。

日本で高価なクルマが売れなくなったのは日本の消費者が相対的に貧しくなったからという言説をよく耳にするが、ドイツのジャーナリストに聞くと現地でも庶民にとってゴルフはもはや高嶺の花。乗っているのは平均年俸が10万ユーロを大きく超えるような一流企業の従業員や、福利厚生の一環としてクルマを貸与する制度を持つ企業に勤めていて月に車両価格の1%を支払えばOKというユーザーが中心なのだという。

価格が高価になればユーザーの評価基準も当然厳しくなる。昨今のクロスオーバーSUVのようにクルマの成り立ちそのものに付加価値を認めてもらえない低車高ハッチバックならばなおさらだ。ハードウェア部分の異様なほどの完成度の高さも、その厳しい目に晒されることによる緊張感の産物と考えればそれほど不思議なものではないのかもしれない。

◆走行性能と快適性のバランスが良いR-Line
では要素別に少し細かくみていこう。総論でも触れたように、今回のロードテスト車であるR-Lineはスポーティグレードながら走行性能と快適性のバランスが非常に良く、それを駆ってのロングドライブは実に心地良いものだった。筆者は2016年に電子制御サスペンションDCCを装備したゴルフ7のPHEV(プラグインハイブリッド)「GTE」の4000km試乗記をお届けしているが、ゴルフ8のR-Lineは固定レートのショックアブソーバーでありながら走りと快適性で同等、操縦フィールの良さでは7GTEをはるかに超えるというのが率直な印象である。

操縦フィールはメーカー間の差異が縮小傾向にある今日において、かなり独特なものがあった。あえて言葉で表現すると、前の左右輪がリジッドな鋼管で結合され、車体がその上の一点で支持され、やじろべえのように左右にロールしているような感じだった。サスペンションは左右独立なのであくまで感覚的なものだが、シーンを問わずそう感じられた。そして右コーナーと左コーナーの操縦フィール差が非常に小さく、運転席がクルマの中央付近にあるような錯覚を覚える。これは第6世代以前のゴルフの特徴だったが、動的質感で高い評価を受けたゴルフ7はそれと引き換えにこの独特のテイストを失ったという感があった。それが最高にいい形で戻ってきたという印象だった。

どういうサスペンションセッティングが好ましいと感じられるかはユーザーによってまちまちだが、ゴルフ R-Lineのこの特徴はロングドライブにはうってつけだった。前2輪が常に強固かつ左右バランスよく路面をつかみ、かつその情報が的確にドライバーに伝わってくることは、高速道路では直進感の高さに、路面の荒れた山岳路では限界の予測やステアリングの切り込み量を正確に保つのに実によく役立った。難しいことを考えなくても常にクルマの限界をわきまえつつ自由自在にペースを保つことができるため余計な緊張を抱かずにすむ。フロントガラスを通して見える景色への感度が高まるというものだ。

その特性を最も強く実感したのは九州エリア。往復とも断続的にワインディングロードが連なる山岳ルートを選択し、その距離は合計200km以上に達した。往路は福岡の田川から山地に入り、大分〜熊本県境の杖立温泉、やまなみハイウェイ、阿蘇山主峰の登山道路などを周遊しつつ熊本南部の八代に抜けるコース。天候は晴天だったが路面の悪い箇所が多く、クルマが大きくバンプすることもしばしば。

そういうルートをまったく不安なく快走できるのはゴルフ R-Lineの大きな美点だった。カーブ途中でギャップを踏んだときの姿勢変化はゴルフ7のGTEと対比させてもなお小さく、バネ下のボコボコという感触を伝えつつも車体自体はほとんどフラットなままという感じであった。

ギャップやアンジュレーション(路面のうねり)がさらに大きくなるとさすがに車体が揺すられるようになるが、跳ね上げられた車体が正位置に戻ったときにステアリングの修正がほとんど必要ないのも特徴的。荷重変化によるヨーイング(クルマが水平方向に回転する動き)の抑制については間違いなくクラストップだろう。ステアリングを保持していれば少々クルマが揺すられようが走行ラインが強固に保たれるというのは、優れた凌波性を持つウッドボートで時化気味の海を悠然とクルーズするのに似た快感があった。

◆ゴルフの伝統が戻ってきた
帰路は熊本北部の菊池から大分の中津江に向かう国道387号線ルート。往路に比べて路面状況はいいが、肝心の天気が篠突く豪雨。そのスリッピーなコンディションでのゴルフ R-Lineの安心感は出色というべきもので、速度域は下がるもののドライの時と同じように今自分がクルマの能力のどのくらいを使って走っているかということが体感的につかみやすく、不安感はきわめて小さかった。ライントレース性の驚異的な高さとドライ・ウェットでの操縦性変化のなさがゴルフ R-Lineを素晴らしいツーリングカーと感じさせる最大のファクターだった。

スポーツサスペンションを装備しているにもかかわらず乗り心地の滑らかさが卓越しているのもゴルフ R-Lineの特徴。ゴルフ7のDCCなしのノーマル系モデルと比較してもサスペンションの振幅の大きい小さいにかかわらず断然スムーズだ。装着タイヤはゴルフ7の後期型がブリヂストン「トランザT001」だったのに対してこちらは同「トランザT005」。同一車両で比較しないと本当のところはわからないが、サイドウォールの変形のしなやかさはT005のほうが大幅に勝っているような感触があった。このタイヤの違いも乗り味向上に一役買っていた可能性はある。

ゴルフ8がデビュー作となった改良型プラットフォームMQBevoは路面や外部の騒音を室内に伝える経路の遮断が前作に比べて格段に徹底されたという感があり、車内は非常に静か。路面状況によって急激に騒音が高まって気になるようなことも非常に少なく、快適至極であった。

もう一点、これはあくまで体感的なものだが、前作に比べて車体の変形の設計が緻密になったような気がした。路面の荒れた山道で前左右輪にバラバラに大きな入力が連続するような箇所では旧作はねじれ方向のたわみが微振動として体感されたが、ゴルフ8はヌルヌルと丸まった感触に。これもゴルフの伝統が戻ってきたように感じられた部分だった。

後編ではパワートレイン、パッケージング&ユーティリティ、電子装備などについて述べる。

ゴルフ8 TDI R-Lineのリアビュー。バックドアまわりの太いCピラーは初代ゴルフから連綿と受け継いできたアイコン。大分-熊本県境の杖立温泉にて。《写真撮影 井元康一郎》 ゴルフ8 TDI R-Lineのサイドビュー。一見何の変哲もない5ドアハッチバックというデザインだが、ウエストラインが低く窓面積は広大。リアドアの濃色ガラスは本国ではオプション。透過率の高い標準ガラスなら室内の採光性はさらに良くなるだろう。《写真撮影 井元康一郎》 タイヤは225/40R18サイズのブリヂストン「トランザT005」。旧タイプの「トランザT001」に比べて断然しなやかになった。《写真撮影 井元康一郎》 バックドア上に車名のエンブレムが装着されるのは今どきの流行り。VWロゴも細い字体の新しいもの。《写真撮影 井元康一郎》 前席。R-Lineはショルダーサポートが大きく張り出したバケットタイプのシートが付く。《写真撮影 井元康一郎》 ダッシュボード。アルミのスポーツペダルが見える。《写真撮影 井元康一郎》 後席。足下空間は広くはないが座面がしっかり伸ばされており、着座感は非常にいい。《写真撮影 井元康一郎》 フロントドアウインドウ越しに室内を見る。華美な要素はほとんどないが、室内にはイルミネーションが付く。《写真撮影 井元康一郎》 兵庫・姫路の街の洋食屋に寄り道。店の前は日本の都市部では珍しく駐車可。《写真撮影 井元康一郎》 洋食のオーニシでエビフライを食する。姫路には昭和テイストの食堂が多数残存している。《写真撮影 井元康一郎》 九州山地のワインディングロードを抜け、早朝の高原をドライブ中。ヘッドランプの性能はディスコンになったDセグメント『パサート』セダンほどではないが光量、配光とも申し分なかった。《写真撮影 井元康一郎》 破傷風の研究から世界に先がけて血清療法を考案した日本近代医学の巨星、北里柴三郎氏の生家にて。熊本の山中、小国の北里にある。《写真撮影 井元康一郎》 大分・豊後森〜熊本・肥後小国間を結んでいた宮原(みやのはる)線の遺構をバックに記念撮影。旧国鉄時代の1984年に廃線となった。《写真撮影 井元康一郎》 阿蘇外輪山の農道にて記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》 熊本の阿蘇外輪山と大分の九重高原を結ぶやまなみハイウェイにて記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》 阿蘇外輪山・大観峰にて。タンデム搭乗でパラグライダー飛行体験もできる絶景スポット。《写真撮影 井元康一郎》 ドイツ車の常で、山岳路を一発走っただけでフロントホイールはダストまみれになる。ブレーキ容量は十分。《写真撮影 井元康一郎》 鹿児島北部の長嶋にて。晴れていれば真っ青な東シナ海がバックに。《写真撮影 井元康一郎》 長島の食堂、大橋荘に寄り道。のぼりにある「あらかぶ」は標準語でカサゴのこと。《写真撮影 井元康一郎》 漁業が盛んな長島では海鮮系の定食が激安で食べられる。《写真撮影 井元康一郎》 鹿児島の海沿いの喫茶店、ブルーカフェにて記念撮影。店内からのビューは最高。《写真撮影 井元康一郎》 2004年に行われた桜島の長渕剛野外ライブ跡にて。背後にあるカリカチュア的石像は長渕剛。2025年にふたたび桜島で“ラストステージ”ライブを開催したいという意向を示している。《写真撮影 井元康一郎》