ホンダN-ONEが“フルチェンジ”できなかったワケとは?(手前が新型)《写真撮影 小林岳夫》

ホンダの新型『N-ONE』。インテリアがほぼ全面刷新なのに対して、エクステリアはフロントとリヤを変えただけのマイナーチェンジだ。なぜ変えなかったのか? いやいや、これは当然の帰結。なぜ私がそう考えるのかをお伝えするために、まずは昔話から始めたい。

◆2代目MINIが証明した仮説


あれはBMWの初代MINIがデビューしてまもない、2001年のジュネーブショーのことだった。当時BMWのデザインを統括していたクリス・バングルに、「次世代のMINIをデザインするのは難しい仕事ですよね」と水を向けた。いぶかしそうな表情のバングルに、私が問いかけた要旨は---

「59年に登場したオリジナル・ミニをモチーフに、それを40年分モダナイズしたのが新型MINIのデザイン。仮に6年後に次世代を出すとしたら、今度は46年分モダナイズすることになると思うが、40年分と46年分でどれだけの違いを出せるだろうか?」

バングルは高笑いしながら、「ノー・プロブレム。次世代MINIのデザインは簡単だよ」と即答。いつも畳み掛けるように言葉を連射してくる彼にしては、ずいぶんシンプルな答えだったが、あえて質問を返すのは控えた。まだ次世代のことは何も考えていないのかもしれないと思ったからだ。

そして2006年に登場した2代目MINIを見て、さて、初代とどこが違うのか? 新旧を比べないと、なかなか見分けられない。フロントオーバーハングが延び、ボンネットの厚みが増したのは歩行者保護要件への対策。それに伴ってルーフ以外のすべての外観部品が一新されたものの、デザイナーの積極的な意思は感じられないデザインだった。


元祖を尊重し、そこに立ち返りながらデザインを進化させるのが、いかに難しいか? 2代目MINIは私の仮説を立証してくれた。その後、バングル(09年に退職)に話を聞く機会がなかったのは、残念だけどね。

2代目で大事なのは、初代からある3ドア・ハッチとコンバーチブルに加え、クラブマン、カントリーマン(クロスオーバー)」、クーペ、ロードスター、ペースマンとボディバリエーションを増やしたことだ。カントリーマン以外は、元祖にはなかったプロポーションだが、それでもMINIに見える。

こうして2代目がMINIらしいカタチの自由度を広げたおかげで、2013年の3代目(現行モデル)のデザインは明確な進化を遂げることができた。もちろん一見してMINIだが、新世代FFプラットホームの採用によってボディサイズを拡大。それを活かし、グッと突き出たグリルで前進する勢いを表現する一方、ドアはS字断面にして陰影の表情を豊かにした。

◆「できないものはできない。」当然の帰結


話題をN-ONEに戻そう。新型はプラットホームが現行=2代目「Nシリーズ」に進化したとはいえ、それは目に見えないところの話。軽だから、もちろんボディサイズに変わりはない。

さらに、「Nシリーズ」として一貫した商品コンセプトはあるものの、往年の『N360』をデザインのモチーフにしたデザインはN-ONEだけだ。MINIとは違って、元祖のイメージを他のバリエーション(『N-BOX』と『N-WGN』)に水平展開してきたわけでもない。

つまり新型N-ONEを巡る状況は、2代目当時のMINIに似ている。新型のデザイナーたちは、N360の実車をつぶさに観察し、当時の開発者の話も聞いたという。しかし、N360は1967年発売だから、初代N-ONEまで45年、新型まで53年。元祖を尊重しようとすればするほど、45年分と53年分の違いの表現は難しくなる。たんに現行モデルに対して8年分進化させようというデザイン開発とは、難易度がまったく違うのだ。

それでもデザイナーたちは実はフルチェンジするデザイン案を模索し、原寸大クレイモデルまで作ったそうだ。果敢な挑戦だと思う。それが成功したら、私が2代目MINIで得た仮説の証明を打破することになる。しかし彼らの提案は「N-ONEらしくない」と却下され、フロントとリヤだけをデザインするプロジェクトへと変わった。できないものはできない。まさに当然の帰結だ。

◆ニュービートルとザ・ビートルの教訓


ここでもうひとつ、VWの『ニュービートル』(1998〜2010年)を振り返ってみたい。あのデザインは、元祖ビートルのサイドビューを3つの円弧で表現できる、と思い付いたところから始まった。フロントフェンダーの円弧、リヤフェンダーの円弧、キャビンの円弧。この3つを組み合わせれば、いわば元祖ビートル(タイプI)のアイコンができる。元祖のイメージを最小の要素でアイコニックに再現したのが、ニュービートルのデザインだった。

だからこそ、ニュービートルは1世代だけで終わらざるを得なかった。なにしろ最小の要素で構成したデザインだから、変えようにも余地がない。どこかを変えれば要素が増えて、アイコニックでなくなってしまう。

2010年にニュービートルの生産を打ち切ったVWは、翌11年に『ザ・ビートル』を送り出した。プラットホームを新しくし、ボディサイズもひと回り大きくなったからこその後継車だが、デザイン視点でニュービートルといちばん違ったのがキャビン・シルエットだ。


ザ・ビートルはニュービートルよりAピラーの傾斜を起こし、ルーフからリヤエンドまで滑らかに下降させた。これは元祖ビートルの特徴を捉えたもの。元祖のイメージを円弧に単純化するのではなく、元祖のキャビン・シルエットをトレースしながら、それをモダンにリファインした。

ニュービートルとはデザイン手法が少し違うが、私は同じ結末を予測し、当時VWブランドのデザイン責任者だったクラウス・ビショフに「ザ・ビートルをモデルチェンジするのは難しいですよね」と問い掛けた。反応は前述したバングルとまったく同じ。ビショフは高笑いで否定したのだが、ザ・ビートルもまた、フルチェンジすることなく1代限りで2019年に生産終了となった。

ちなみにちょっと余談だが、『ホンダe』は初代『シビック』のイメージを最小限の要素でアイコニックに表現したデザインだから、ニュービートルと同じ運命を辿ることになるだろう。ロングライフはあり得ても、フルチェンジした2代目はないと予想できる。まぁ、ホンダ初の量産バッテリーEVとしての役割は1世代で十分にまっとうできるわけで、それを見越してデザインしたはずだと思うけどね。

◆禁じ手ながら完成度を高めた意義


初代N-ONEのデザインには、ニュービートル的なアイコニックさとザ・ビートル的な「元祖をトレース」の両方が混在していた。丸型ヘッドランプを一体化したブラックフェイスのグリルは、N360の顔をアイコニックに表現したもの。一方で、ドアハンドル高さを水平に走るショルダーラインや、リヤウインドウからバンパーまで一直線に傾斜させたリヤエンドの造形はN360の特徴をトレースしていた。

そのリヤの傾斜をフロントにも反復してスラントノーズとし、全体として安定感のある台形フォルムにしたのは、初代N-ONEのデザインの巧いところ。4輪の踏ん張り感を醸し出す台形フォルムに、アイコニックなフロントマスク。ハイトワゴンではない普通の軽に、普通を超えたデザインの風を巻き起こした。

ただし、アプローチがニュービートル的であろうが、ザ・ビートル的であろうが、フルチェンジできない宿命に変わりはない。過去の名車に範をとってそれをモダナイズするデザイン手法は、一度しか使えない「禁じ手」なのだ。


そこで必然的にマイナーチェンジになったわけだが、前述のようにフルチェンジ提案が否決された理由は「N-ONEらしくない」だ。初代N-ONEが多くのユーザーに愛されてきたことを踏まえ、新型のデザイナーたちはN-ONEらしさの完成度を高めようと考えた。

新型のフロントは、バンパーの黒ガーニッシュを初代のプレミアム系よりさらに広げ、コーナー部のボリュームを増してワイド感を強めた。リヤバンパーに黒ガーニッシュを追加したのも、同じ狙いだ。軽自動車はオーバーハングが極端に短いから、バンパーのワイド感がタイヤの踏ん張り感に直結する。

丸いヘッドランプはリング状のDRL兼ターンランプを入れて「円形」を強調しつつ、スラント傾斜を起こして前方をしっかり見つめる眼付き。グリルの傾斜も立てて、それがフォルム全体を前に引っ張るような前進感を醸し出す。

マイナーチェンジながら、初代から確かに進化した新型のデザイン。ご先祖をモチーフにモダナイズしたデザインは、フルチェンジはできないかもしれないが、より良いものにすることはできる。MINIが苦心惨憺し、VWはついにやり遂げられなかった進化を、ホンダが実現した。カーデザインの世界をグローバルに見れば、新型N-ONEにはそんな大きな意義があるのだ。



千葉匠|デザインジャーナリスト
デザインの視点でクルマを斬るジャーナリスト。1954年生まれ。千葉大学工業意匠学科卒業。商用車のデザイナー、カーデザイン専門誌の編集次長を経て88年末よりフリー。「千葉匠」はペンネームで、本名は有元正存(ありもと・まさつぐ)。日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJ会員。日本ファッション協会主催のオートカラーアウォードでは11年前から審査委員長を務めている。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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