ジムニーシエラが魂に響く---車内の空気を変える「音速の調律師」と出会った事で感じられた世界《写真撮影 小林岳夫》

ほとんど衝動買いでスズキ『ジムニーシエラ』を購入したのは、これも同様に、ほとんど衝動的にカスタムを楽しみたくなったからである。

◆大人のクルマ遊びを実現したい、選んだのはジムニーシエラ
僕の中では、“カスタム=ジムニーシエラ”の公式が出来上がっていた。どう加減乗除しても、さらに複雑に因数分解してもカスタムとジムニーシエラは切り離せない。それが証拠に、購入したのは一切のオプションを組み込まない、すっぴんのジムニーシエラなのである。「カスタムするため」と口にすることで、資金的貧困を隠す副次的な効果も期待していたのはここだけの話。

ともあれ、納車されてまず困ったのは、カーナビすら組み込まれておらず、したがってドラレコもオーディオもない。交通情報やニュースはおろか軽妙な音楽を聴くこともままならない。それは耐えられないぞと、まず組み込んだのはパイオニア製カロッツェリアの「楽ナビ」なのである。

いやはやこれがご機嫌で、大幅ストライドのハードラーのように行動範囲は飛躍的に伸びていき、購入直後は100km/月程度だった走行距離が、楽ナビ生活になると10倍に増えた。クルマと音楽は欠かすことのできない名コンビであることを実感。若い頃に買い集めたサザンや大瀧詠一に加えて、BTSにも手を出した。足腰や肌艶は老けていても、精神的に20歳ほど若返ったのは確かであろう。

ただし、困ったことがある。贅沢な悩みなのだろうが、「音の調整機能」が活用しきれない。こんな時には専門家に聞くに限る。そのあたりの図々しさは僕の特技でもあるので早速メーカーに問い合わせてみたら、今回こうして「カロッツェリア」のベースに招かれたというわけだ。せっかくの逸品を宝の持ち腐れされては困るからなのだろう。ベースにでは「音速の調律師」と異名をとる照井エンジニアが待ち受けていた。

◆見えない“音”を調律する技術はまさにプロフェッショナルな仕事
いやはや、ジムニーシエラを乗り入れるや否や、ドアパネルが剥がされ、スピーカーが新作に交換された。スピーカーは手に持っただけで高性能であることが実感できる。ずっしりと重く、いかにも音質が良さそうなのだ。

その作業にも驚かされた。剥がしたドアパネルにペタペタとウエイトやテープが貼られ始めたのだ。どうやらこれ、専門的には「デッドニング」の作業だとのこと。

「音は波ですから、ドアパネルやビニールなど様々なものを振動させてしまい雑音を生みます。それを抑えるための処理なのです」

そう説明されれば納得する。音は波であり、波は無色透明でどこにも侵入して物体を振動させてしまう。残念ながらジムニーシエラのパネル類は剛性がなく、雑音をも響かせてしまうという。それを抑えるために補強するというわけである。

む〜、なるほど、クルマの操縦安定性の考え方と共通していることに思わず手を打った。いくら高性能サスを組み込んでも、ボディが柔だと性能を発揮することはできない。その対策としてボディ溶接のスポット増しやパネルでの補強をすることがある。かつて、ボディ剛性が低く、エンジン音が太鼓を打つようなドラミングを招いたことがある。苦肉の策としてトランク周辺にパイプをクロスさせ解消させた経験があるのだ。走りのためにボディ補強をする。音にためにボディを補強する。まったく共通しているのである。これには感心させられた。

◆補強の効果は抜群! 純度の高いクリアな音が車内を満たす
その効果はてきめんで、新作のスピーカーの鮮やかなサウンドが、濁りのないすっきりとした音質に変化したのだ。アーチストが奏でる弦楽器の弦の振動が、一粒一粒それぞれ独立して耳に届く。管楽器の奏でる音がそのまま野山に響き、山に反射して戻ってくるその波の交差すら意識できるような、そんな浮遊感にも似た時空を超えたかのような不思議な体験である。

「タイムアライメント」も調整してもらった。左右のスピーカーの距離は、運転席側と助手席側では差がある。ということはつまり、ドライバーとパッセンジャーでは、音の到達に違いがあり、その差を補正するのである。

技術的には、左右の音を距離のぶんだけタイムラグを与えるとのことだ。左のスピーカーが発する音が右側に座っているドライバーの鼓膜に届く時間と、右のスピーカーの音が届くタイムを演算して響かせる。

流れてくる音源が左右独立して耳に届いていた音楽が調整を終えると一つになり、ダッシュボードの前方の架空のある一点で演奏しているかのように聞こえるのだ。こんなに差があるとは想像していなかった。

しかもそのタイムアライメントは誰でも簡単に整えられるように機能として搭載されている。自分の耳とスピーカーの距離をメジャーで測ればいいだけだ。左130cm、右90cm。入力するだけで音がある程度一致するのだが、ここから音速の調律師は聴感を駆使して細部まで音を突き詰めていく。目には見えない音を操る所作はまさしく職人技で、常人には感じられない景色を見ているようだった。

そしてもう一つ驚いたのがスピーカーにも慣らしが必要らしい。スピーカーの振動板も素材だからしなやかさが必要で、30時間ほど音楽を鳴らすとスピーカーが馴染み、音がまろやかになるらしい。

「エイジングがまだだから、いずれもっと音の粒が優しくなるよね」

そう口にすると専門家のように欺けるらしい。音速のエンジニアがこっそり教えてくれた笑。

僕は若い頃から今まで極度のカーフリークを自認してきたけれど、これまでどんな音を聞いていたのか、過ぎ去った時間を取り戻したい気持ちになるほど衝撃的な変化を感じられた。それを取り戻すために、これからもっともジャバジャバとカスタムの池で泳ごうと思う。

振動する部分を補強するデッドニングの作業《写真撮影 小林岳夫》 装着したばかりの新鮮さも楽しめるが、エージングが進む滑らかさが増してくる《写真撮影 小林岳夫》 純正スピーカーとの差は見た目だけじゃなく手に持つと明らかに違う《写真撮影 小林岳夫》 ドアパネルにもデッドニングを施す《写真撮影 小林岳夫》 装着後のドア《写真撮影 小林岳夫》 ツイーターはミラー横に別売のマウントを用いて装着することで一体感が増している《写真撮影 小林岳夫》 見えない音を自在に操る『音速の魔術師』である東北パイオニア 照井 裕氏《写真撮影 小林岳夫》 音だけじゃなく技術面を知ればさらにオーディオは楽しくなる《写真撮影 小林岳夫》 照井氏の調整で今までとは別世界となった!と木下氏は語ってくれた《写真撮影 小林岳夫》 車内環境の変化に嬉しくなり見えなくなったスピーカー部へロゴバッジを貼る木下氏《写真撮影 小林岳夫》 レースに携わる木下氏と音の世界に携わる照井氏の会話で『共通言語』が多い事に驚く《写真撮影 小林岳夫》 パイオニア 照井 裕氏《写真撮影 小林岳夫》 レーシングドライバー 木下隆之氏《写真撮影 小林岳夫》 木下氏が装着していたcarrozzeria 楽ナビ AVIC-RQ721DC《写真撮影 小林岳夫》