アバルト 500e《写真撮影 中村孝仁》

イタリアのレーシングドライバーにしてエンジニアだったカルロ・アバルトが興した会社がアバルトである。

まあ、こんなことは釈迦に説法だし、そもそも彼はイタリア人じゃない!と突っ込まれるかもしれない。確かに彼はオーストリア人であるがその半生はイタリアで過ごし、ビジネスはイタリアで行っていた。アバルトのマーク、サソリは彼がさそり座生まれだったことに由来し、アバルトを有名にしたアバルト・マフラーは今も健在である。

そんなアバルトは1971年に会社をフィアットに売り渡して、その傘下に入ったことはご存知の通り。かつてはそのフィアットのチューニングで一世を風靡したわけだが、今となってはその一翼を担う存在となっている。しかも、現行モデルラインナップはフィアット『500』の高性能版だけ。ザガートの美しいボディのアバルトはもはや過去のものだ。そしてついにアバルトにも電気の波が押し寄せた。

◆ワンペダルモードかそれ以外か
アバルト『500e』はフィアット「500e」をベースにアバルトらしくハイパフォーマンス化が施されたモデル。確かにパフォーマンスが上がり、走行モードの切り替えも、フィアット500eのノーマル、レンジ、シェルパから スコーピオントラック、スコーピオンストリート、それにツーリスモの3モードに変わっている。役割はだいぶ異なっていて、サーキット向き、オンロード向き、それにエコモードといった設定である。まあ、サーキット向きは少々大げさで、言ってみればスポーツモードのようなものである。

運転モードとしてだいぶ異なるのは、スコーピオンストリートとツーリスモはワンペダルドライブでも走行。完全停止までワンペダルモードで行けるから、回生ブレーキの効きは半端じゃない。そしてスコーピオントラックのみほぼ回生が効かないモードとなる。回生の効き具合をそれぞれのモードで変えることはできない。つまりワンペダルモードかそれ以外かである。

ワンペダルの功罪として問題と思ったのは、車両を駐車場などで後退させなくてはならない時だ。とにかくアクセルを離すと途端にクルマは止まろうとする。だから、とてつもなくギクシャクするし、「俺って運転こんな下手!?」とクルマの中で叫ぶことになる。

ちょっと飛ばそうという時にはスコーピオントラックがお薦めで、他の二つのモードとは明確に異なる加速感を示すばかりでなく、やはり走りそのものがスムーズで軽快さが演出されている。アクセルの踏み具合に対しても素直に反応してくれる。ただ、スコーピオントラックはやはり航続距離に影響を及ぼす。最も航続距離が長いツーリスモに対して、モードを変えると8km航続距離が減る。因みにツーリスモからスコーピオンストリートに変えると5km航続距離が減り、そこからスコーピオントラックに変えるとさらに3km減るという具合である。これは何度か繰り返しやってみたが、常にこの値を示した。

◆擬似エンジンサウンドが痛快か?というと…
昨年9月に試乗したアバルト『695トリブート 131ラリー』と、価格的にはほとんど変わらない。あちらはひたすら喧しく、お世辞にも快適とは言い難い乗り心地だけど乗っていると痛快極まりなく、運転する楽しみが確実に感じ取れるモデルだった。一方の500eは695に比べると俄然乗り心地がいい。やはり重いバッテリーを搭載して落ち着き感が出ているからだと思う。それでもとても快適かといえばやはりそうはいかない。BEVだから「余計なこと」をしなければ静粛性は素晴らしく高い。その「余計なこと」というのが、このクルマのある意味最大の売りである疑似サウンドである。

なんでもかつてのアバルト、「レコルトモンザ」のエクゾーストサウンドを再現したものだというが、ステアリングスイッチを数回押すことで辿り着く「外部音」にチェックマークを入れると、やおら室内にもかなりのボリュームでその「レコルトモンザ」のアイドリング音が響き渡る。しかし、そもそも外部音であるから、外に向けて発信される音である。PもしくはNに入れてアクセルを煽れば、ちゃんとエンジンのようにブリッピングする。しかし、そもそもギアが付いていないから、走り出すとひたすらブォーというサウンドがそれなりに回転を上げたかのように響くだけで、それを聞いて痛快かというと、個人的にはまあそうでもない。

その音を出すためにラゲッジルームの床下に丸形の巨大なスピーカーが付く。実はこいつのおかげで、CHAdeMO充電用のバカでかいアダプターや200V用のケーブルなどが、本来収まるべき床下に収まらないから、ただでさえ狭いラゲッジルームを完全に占領してしまう。これはずいぶんと大きな犠牲だ。

航続距離は公称303kmということだが、自宅でたっぷり充電して100%になっても表示される数値は220kmを超えることはなく、どうやらこれがMaxの値のようである。正直言えば物足りない。アバルトサウンドをバリバリいわせながら痛快に峠道など攻めようものなら、さらに減るわけだから、やはり私のようなチキン心臓の持ち主は電欠の恐怖におびえながら走ることになる。

そういえば、ボディについたサソリのマークは見事に稲妻に射抜かれていた。グサッ!である。

■5つ星評価
パッケージング:★★★
インテリア居住性:★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★
おすすめ度:★★★

中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員・自動車技術会会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、さらにドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来46年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。また、現在は企業やシニア向け運転講習の会社、ショーファデプト代表取締役も務める。最近はテレビ東京の「開運なんでも鑑定団」という番組で自動車関係出品の鑑定士としても活躍中。

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