ダイハツ タント Xで3300kmを走った。青空バックに撮影。このメタリック塗装は軽自動車としては外光反射が結構綺麗に出るほうだった。《写真撮影 井元康一郎》

ダイハツ工業の軽スーパーハイトワゴン『タント』での東京〜鹿児島3300kmツーリングレビュー。「前編:長距離性能は捨てたが、ユーザー愛にあふれていた」では、ロングドライブでわかった居住性やユーティリティ、使い勝手について紹介した。後編はドライブ雑感、パワートレインのパフォーマンス、安全システムなどについて述べていきたい。

◆普段使いのクルマで旅をすべき理由
筆者は本サイトでは主にロングドライブ試乗記をお届けしている。距離は400kmから4000km超までさまざま。テストドライブするクルマはたまに高級車やスポーツカーも交じるが、日本車、輸入車ともコンパクトクラス以下の大衆車が圧倒多数。今回のタントのように軽自動車でのツーリングも多い。

そういうセレクトになる理由は、クルマの違いによって快適性、爽快感、運転の楽しさ、車内のエンターテインメントなどの違いは生じるが、移動することによって出会えるものに差はないはずと考えているからだ。一例は2017年の北米横断皆既日食。筆者はトヨタ自動車のミッドサイズセダン『カムリ』でロッキーマウンテンの一部、ワイオミング州まで皆既日食を見に行き、その様子を過去に本サイトでお届けした。

アメリカは良くも悪くも金がモノを言う社会である。皆既日食が見られるエリアのホテルは客の殺到を見越して無茶苦茶高騰していた。普段は日本円で1泊数千円のコテージやモーテルの値段が20万円以上に跳ね上がったほどである。富裕層はそういうホテルをいち早く抑え、悠々と皆既日食を見物した。筆者はというと、カリフォルニアを前日の早朝に出発してから1日足らずで1000マイル(1600km)以上を走り、深夜に到着後はクルマのシートを倒して寝た。圧倒的な格差社会というものだが、降水量が少なく、晴天率の高いワイオミング州は当日見事に晴れ渡り、わずか2分40秒の間ではあるが天文現象で最もドラマチックなビジュアルの皆既日食をしっかり堪能することができた。

旅で一番大事な思い出となるのはその時、その場でしか見られない風物に出会うことである。皆既日食は極端な例で、普段の旅も全部そうだ。本レビューのタントでの旅で写真を撮ったのは初冬の夕日を浴びる秋吉台や北長門の海岸線、早朝の薄明に浮かび上がったうっすらと雪を被った富士山等々。

だが、これらをピックアップしてお伝えしてもクルマによる自由な旅の本質は伝わらない。観光地やビュースポットは人に印象を伝えるための材料であって、実際には「移動している間に見えるものすべて」が自分にとってのコンテンツだ。ちなみに何十回同じ場所を通ったとしても、一度として同じ光景であることはない。季節、天候、通過時刻、そのときの気分等々、すべてにおいて異なる。出会うものは常に新しく、同時にその時かぎりで再現性がない。しかも一度の旅で知ったり気づいたりできることはごく限られている。毎度毎度、違う出会いや発見もある。自分自身がその場で味わい、それで一切が完結する一期一会こそが旅の最大の醍醐味なのだ。

出会いを求めるという観点では、どんなクルマで移動するかは本質的には関係ない。言うなれば「行ったもん勝ち」である。今回のタントは生活を良いものにする素晴らしい実用性を持つ半面、ドライブフィールについては長距離に不向きなところがあったが、そういう体験をする道具としては上等もいいところだ。しかも、長距離に不向きといっても疲労度合いに絞ると昭和時代のトヨタ『マークII』や日産『ローレル』くらいのクルマよりも長時間着座でお尻が痛くなったりしないだけでもタントのほうがはるかに上である。

大事なのは経済力を無視して旅を楽ちんなものにする高価なクルマを買うことではなく、「今あるクルマで行ってみたいところに行ってみる」ことだと思う。

◆都市部でも20km/リットルは可能? 燃費性能は
話をクルマに戻す。タントのパワートレインは旧型の第3世代に搭載されていた「KF-VE」型0.66リットル3気筒の改良型に「D-CVT」と名づけられた新世代CVTを組み合わせたもの。エンジン諸元は最高出力38kW(52ps)@6900rpm、最大トルク60Nm(6.1kgm)@3600rpm。

まずは経済性について。燃費計測を行った区間の平均燃費を列記してみよう。

東京〜愛知・幸田(360.6km)給油量15.95リットル、平均燃費22.6km/リットル。
首都高〜東名で沼津へ。そこから国道1号、国道23号バイパスを走行。車速高め。

幸田〜奈良・天理(179.6km) 給油量7.50リットル、平均燃費23.9km/リットル。
三重・亀山までは一般国道、そこから名阪国道で山脈越え。

天理〜福岡・門司(612.5km) 給油量26.38リットル、平均燃費23.2km/リットル。
高速3:一般道7の比率で瀬戸内ルートを走行。平均車速は中庸。

門司〜鹿児島市(359.6km) 給油量15.76リットル、平均燃費22.8km/リットル。
門司から熊本北部の植木まで山越え一般道、そこから九州・南九州自動車道。

鹿児島県周遊(241.2km) 給油量14.72リットル、平均燃費16.4km/リットル。
渋滞全国ワーストの鹿児島市街が6割、流れの良い郊外4割。平均車速低め。

鹿児島〜山口・下関(380.4km) 給油量17.73リットル、平均燃費21.5km/リットル。
往路の九州区間をほぼ逆向きに走行。車速高め。

下関〜兵庫・夢前(520.2km) 給油量23.82リットル、平均燃費21.8km/リットル。
秋吉台のワインディングロードから山陰道、鳥取道経由。区間平均車速は最速。

夢前〜愛知・西尾(295.1km) 給油量11.97リットル、平均燃費24.7km/リットル。
オール一般道で丹波〜琵琶湖〜永源寺〜国道23号バイパス経由。エコラン。

西尾〜神奈川・鶴見(331.1km) 給油量14.36リットル、平均燃費23.1リットル。
バイパスを含む一般道経由。箱根峠越え。平均車速低。

分析すると、ロングランでは燃費は安定して推移した。最も値が良かった兵庫・夢前〜愛知・西尾の区間は後方をイラつかせるような運転は避けつつある程度エコランを心がけた値。リッター25kmを越えることはできなかったが、車両重量910kgと自然吸気モデルとしては少々重いことを考慮すれば優秀なスコアと言っていいだろう。

その他もロングランに限れば全般的に数値は良好。軽スーパーハイトワゴンは前面投影面積が大きく、ハイスピードクルージングを苦手とするというイメージが強いが、高速走行を多く含む区間でも燃費の低落は限定的だった。CVTが苦手とするハイギア領域の伝達効率を改善したというD-CVT採用の効果がしっかり出ていた格好である。

反対に良くなかったのは鹿児島エリア。平均燃費16.4km/リットルは流れの良い郊外路を含んでのもので、市街地走行に限ればせいぜい13km/リットル台といったところであった。鹿児島市心部は都市計画のまずさと平野部の少なさのダブルパンチで渋滞発生率は全国ワースト。標高差100m程度の登坂が多いこともあいまって著しく燃費が落ちるエリアなのだが、それでも燃費的には過去に鹿児島市をドライブしたターボカーのスズキ『スペーシアカスタム』に後れを取った。

ちなみに比較的混雑が緩かった東京エリアでは平均燃費計値は20km/リットルのラインをクリアできていた。平均燃費計の数値が全区間、実測値よりも悪く表示されていたことを考慮すると、数kmのチョイ乗りオンリーでなければ都市部でも20km/リットル超での運用は可能だろう。

◆燃費の代償となった動力性能、ドライバビリティ
この良好な燃費の代償として、動力性能、ドライバビリティは良くなかった。GPSロガーを使用した0-80km/h加速の実測値は13.3秒。軽スーパーハイトワゴン自然吸気というくくりでみてもかなりの鈍足である。エンジンパワー52psはホンダエンジンを別にすると十分パワーがある部類なので、このタイムの悪さは謎であった。

普通に走っているぶんには困ることはないが、4名乗車での登り急勾配ではかなり勇ましいエンジン音を鳴り響かせるなど、余裕はない。往路、東名高速の御殿場への登りや沼津付近の新東名120km/h区間でハイスピードクルーズに適性がないことが早くに確認できたので、その後は高速に乗っても速い流れに乗らずのんびり気味に走った次第だった。

ドライバビリティについては少しギクシャクが出やすい。スズキのマイルドハイブリッドのギクシャクと違い、アクセル開度が少し大きくなるとすぐトルクコンバーターのロックアップクラッチを開放する制御になっていることが影響しているものと推察された。

ロックアップクラッチはいったん締結されたら簡単に切れないようにしてCVTの応答性で勝負したほうがフィーリング的にも燃費的にもプラスと思うのだが、低速でスロットルを踏み込んだ時のもたつき感を減らすことを優先したようだった。

◆これは良心的!なコーナリングランプ
タントにはステレオカメラを用いた「スマートアシスト」という衝突軽減システムが標準装備されているが、ロードテスト車はオプション機能である前車追従クルーズコントロールや車線維持アシスト、ブラインドスポットモニターなどは装備されず、基本形のみだった。

その基本機能だが、車線認識による車線逸脱アラート、歩行者を認識する衝突軽減ブレーキ、ふらつき警報、オートハイビームなど、最低限のものは持ち合わせている。ちなみに車線維持についてはレーンキープのような高度な制御はオプションだが、はみ出しそうになるとパワーステアリングの制御で車線内に戻す制御は入っている。これがあるだけでも万が一のときの安心感が違うだろう。

ヘッドランプはタントカスタムや軽SUV『タフト』のように先行車や対向車を避けて照射するアクティブハイビーム機能があるわけではなく、単なるハイ/ロービーム自動切換え機構のみが備わる。ヘッドランプの照射能力自体はLEDでも高いわけではなく、照度、配光ムラとも平凡だった。

が、これは良心的!と思ったことが一点ある。ステアリング操作や方向指示器の操作に連動して前側方を照らすコーナリングランプが標準で備わっていることだ。真っ暗な地方道を走っているとヘッドランプの配光によってはコーナーの奥が見えず、非常に走りにくい思いをすることがある。タントの場合は心配無用。住宅街の曲がり角だろうが夜中の田舎道だろうが、変針先をバッチリ照らしてくれるので安心、安全だ。

◆まとめ
タントは基本、シティライドに用途を絞り込んだスーパーハイトワゴンだ。視野が狭くなった高齢者でも安心して運転できる視界の良さを持つなど、短距離ユースの資質はピカイチだ。Bピラーレス設計によってシートアレンジは抜群にやりやすく、また身体能力が相当に低下した高齢者の乗り降りのしやすさなど特殊な使い勝手の良さもある。そういう用途が思い当たる顧客には大いにおススメできるクルマだった。

遠乗りは基本的に苦手項目となるが、それでもトコトコ走っていれば東京から鹿児島にたどり着けるくらいの能力はちゃんとある。普段使いとしてタントを所有しながらたまに遠乗り、たとえば東京起点であれば関東一円や山梨、静岡、鹿児島起点であれば熊本、宮崎などを巡るという程度なら走行性能や耐疲労性をそこまで気にする必要もない。遠乗りをしょっちゅうやるという顧客であれば、ノーマルよりお値段は張るが上位のタントカスタムがある。ロングツーリングは試せていないが、ノーマルタントよりはしっかりした走りが期待できよう。

ライバル比較だが、前編で述べたようにスーパーハイトワゴンの商品性はスズキ、ダイハツ、ホンダ、日産/三菱自でハッキリ異なるため、自分の用途をしっかり見極めれば実はあまり競合しないのではないかと思う。

走りの質感や静粛性の高さではホンダと日産/三菱自が断然優れている。両社はボンネット高の低い軽セダンを最初から捨ててサスペンションのトップを高く取り、ストロークを確保する設計を行っているのでポテンシャルが違う。そして、そのぶん高価だ。直接対決するとしたらスズキ『スペーシア』であろうが、アクティブ派ならスペーシア、生活派ならタントと、これまたキャラが違っている。

自分のライフスタイルや好みに忠実でありさえすれば何を選んでも失敗にならないあたり、軽スーパーハイトワゴンというジャンルの凄味をあらためて感じさせられるところだ。

ダイハツ タント Xのフロントビュー。《写真撮影 井元康一郎》 ダイハツ タント Xのリアビュー。《写真撮影 井元康一郎》 ダイハツ タント Xのフロントフェイス。《写真撮影 井元康一郎》 Bピラーレスの左側ドア全開の図。シートアレンジをしやすい、チャイルドシートを装着しやすいなど、乗降性以外にもメリットがいろいろある。《写真撮影 井元康一郎》 左リアドアだけを開けた場合の間口は日産『ルークス』やホンダ『N-BOX』に比べてやや劣る。《写真撮影 井元康一郎》 助手席のシートベルトフックは後席への乗り込み時のグリップにもなる。乗車してみた高齢者の評価は上々だった。《写真撮影 井元康一郎》 前ドア開口部のサイドシルには小さな2段階ステップがついており、こちらも高齢者への思いやりが感じられた。《写真撮影 井元康一郎》 後席はスーパーハイトワゴンらしく広い。《写真撮影 井元康一郎》 後席を後方までスライドさせた状態だと足元空間は無駄と言っていいくらい広い。《写真撮影 井元康一郎》 荷室を拡張しても膝元空間のゆとりはそこそこあった。《写真撮影 井元康一郎》 荷室容量はかなりフレキシブルに設定できる。《写真撮影 井元康一郎》 後席シートバックを倒すと相当な長尺物も積める。《写真撮影 井元康一郎》 コクピット。眺望がパノラミックというわけではないが、ピラー類が細く、ダッシュボードが低いため死角が少ないのが特徴だった。《写真撮影 井元康一郎》 助手席側からダッシュボードを俯瞰。《写真撮影 井元康一郎》 右側はBピラーあり。《写真撮影 井元康一郎》 ステアリングとメーターナセルの間に収納スペースが。ただし実用性はあまり高くなかった。《写真撮影 井元康一郎》 今どきのクルマらしくUSBポートを装備。充電専用と通信用があった。《写真撮影 井元康一郎》 計器類はセンターメーター。その是非はともかく、一番おいしいドライバー正面の部分が普段は何も表示されずデッドになるレイアウトはあまり良いものに思えなかった。《写真撮影 井元康一郎》 とある幼稚園の前にて。子供の送り迎え用途などにはうってつけだろう。《写真撮影 井元康一郎》 黎明の富士山をバックに記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》 広島・宮島付近にて記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》 山口・秋吉台にて。《写真撮影 井元康一郎》 秋吉台は大都市からそこそこ距離があるため公害が少なく、天文マニアがよくやってくるスポット。《写真撮影 井元康一郎》 山岳路における敏捷性はハッキリ言って低い。スーハ―ハイトワゴンなのだからそれでいいと思う。《写真撮影 井元康一郎》 鹿児島・日置にて日没を眺める。《写真撮影 井元康一郎》 ランプ類は変に凝っておらずシンプルなもの。個人的には好感が持てた。《写真撮影 井元康一郎》 ドまっすぐな角型スタイルのようでいながら、その実アウターパネルはかなり凝った曲面で構成されていた。《写真撮影 井元康一郎》 関門トンネル通過。《写真撮影 井元康一郎》 本標準子午線の案内塔(ただしそこは子午線ではないw)にて記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》 ライティングユニットにはコーナリングランプが仕込まれており、夜間ドライブでは大いに威力を発揮した。《写真撮影 井元康一郎》 ダイハツ タント X《写真撮影 井元康一郎》