ルノー カングー Blue dCi 115 6MT仕様《写真撮影 南陽一浩》

欧州では今秋、ルノー『カングー』にもいよいよBEV版たる「E-テック」が登場したところだが、電動化のロジックと並行してICE(内燃機関)版も当分の間、生き残ることになりそうだ。

自動車メーカー各社が中長期的な目標として掲げるカーボンニュートラル化に、ゼロ・エミッション効果の高いBEVは必須でも、リサイクルや残価設定を含めた販売システムの刷新も要るし、結局は「相殺枠」の中でICEの技術をキープしておかないと、過渡期である上に多様化する市場需要に対応できない。ようはメーカーにとってBEVはビジネスとして、明日明後日のための投資として欠かせないが、目先の日銭をもたらすのは結局、ICEなのだ。

加えてそもそも、原油を精製したら2割前後は軽油なので、その使い途は要るし、EVに用いられるエネルギー源が未だクリーンばかりでない以上、目指すべきひとつの方向性にはなりえても、八方よしの解決策には程遠い。長くなったが、ディーゼルを時代遅れにしたがっているのは欧州の事情であって、日本のそれではない。

◆新型カングーのディーゼル×6MT「Blue dCi 115」を試乗
今年の「カングー・ジャンボリー」にて、ついに2023年春に日本に導入される仕様がお披露目された新型カングーだが、今回は本国でディーゼル仕様、「Blue dCi 115」の6速MT仕様を試してきた。「ユーロ6d」あるいは「ユーロ6.4」といわれる規制基準ノルマに対応したICEを、新型カングーは本国でガソリン×2種類、ディーゼル×3種類を展開している。

前者は240Nm・130psのTCe130 FAP(粒子フィルター)と200Nm・100psのTCe100 FAPで、後者は230Nm・75psの「Blue dCi 75」と、260Nm・95psの「Blue dCi 95」、そして270Nm・115psのBlue dCi 115で、すべてアドブルーつまり尿素タンクを備える。これらのパワーユニットのうち、ガソリンの上位1機種とディーゼルの上位2機種は、ルノー得意の7速ATことEDCと組み合わせられるが、今回試せたのはBlue dCi 115の6速MTの組み合わせで、テールゲートは上ヒンジの欧州仕様だ。

「ブラン・テラコッタ」の名称が与えられた明るい茶系のボディカラーは、以前に試乗レポートしたガソリンの6速MT仕様と同じで、外観にディーゼルであることを示す特別なディティールはない。エンジンルームを覗くと、かなり下奥の方に積まれた1.5リットルターボのディーゼルが前車軸に寄せて搭載されているが、ブレーキフルードのリザーバーが遮るように真ん中ポジションにあることに気づく。左か右かステアリング位置の違いでホース類の取り回しの長さが変わり、制動フィールも違うものになるといわれる部分なので、こんなところにも日本仕様への気づかいが表れたのだろうか。

◆アルピーヌよりも豪華?な内装の質感
室内に乗り込むと、新型カングーの眼目として、内装の質感の大幅な向上が実感できる。シフトノブの上部には、DSか?とツッコみたくなるような、クルー・ド・パリ仕上げの細かな正四角錐の模様が刻み込まれている。同じ模様はエアコンの3連リングにも見出すことができるが、もっともこれは現行『ルーテシア』や『キャプチャー』に共通するもので、カングーにかくも乗用車らしいトリムが与えられたことになる。じつをいって、エアコン操作系に旧ルーテシア世代とおぼしきモジュールを用いているアルピーヌ『A110』より、よほど豪華な感すらある。その辺りがルノーの面白さでもあるのだが。

あと本国仕様ではメーターバイザーの脇からスマートフォン用ホルダーが備わっており、これは根元が六角形になっていて、引き抜いて反対側に固定することも可能。Waze(ウェイズ)などアプリのナビが、配達や工事の業者から一般ドライバーまで、一般的なフランスでは実際的な造りといえる。

また荷室容量は5名乗車時で775リットル、6:4分割の2列目片側を倒した3名乗車時に1200リットル、助手席まで畳んだ1名乗車で3500リットルにまで最大化できる。ただ容量が大きいだけでなく、助手席はカチッと畳んだポジションでロックできるし、2列目シートバックは倒す際に調整すれば前列シートの下にピタリと潜り込ませて固定できる。つまり、荷物が入るだけでなく走行中に不用意に動いたりしない、そんなラゲッジスペースの確保ぶりに業務用のクオリティが生きていると感じる。

オーバーヘッドコンソールをはじめポケット収納も相変わらず充実しているが、荷室容量という大きさだけでなく、その質にも気を配るのがカングーの本領といえる。積載の質という点では、ラッチを外すだけで取り出して固定できるルーフバー、しかも耐荷重80kgもの本格的なものが、ルーフラック内に備わっている点も見逃せない。

◆外観全体から醸し出される踏ん張り感
先代カングーが昨年、最後の最後という意味で「リミテッドエディション」として6速MTのディーゼルを400台発売し、あっという間に蒸発の売り切れ御免となったことは記憶に新しい。それだけディーゼルが待望されていたことの証左だ。270Nmという最大トルクと115psという最大出力は、従来の1.5dCiと比べて10Nmほどトルクを増しており、日本仕様では116psと発表されているものの、kW表示からの変換を挟んで切り上げ・切り捨てで生じたそうだ。

また公表スペックは認証地の定義によって異なるが、本国仕様のボディ外寸は全長4486×1919×1838mmとされ、日本仕様の4490×1860×1810mmに比べ、とくに全幅が甚だ広いようだが、前者はフェンダーtoフェンダーではなくミラーを畳んだ際の全幅値だそうで、すると現行カングーから+30mmほどに留まる。全高値は採用タイヤの外径にもよりけるが、フランス仕様の1838mmは205/55R17のXL仕様で銘柄はコンチネンタル、標準装備のルーフキャリアも含めた数値となっている。

それにしても新型カングーは低重心化というか、体幹そのものを強化すると同時にボディ全体を地面へ近づけることで、接地性の改善を図っているところがある。2716mmというホイールベースは長くも短くもないが、明らかにトールスタイルのデザインであるにも関わらず、外観全体から醸し出される踏ん張り感みたいなものに注目して欲しい。後で走行中の写真を見て気づいたのだが、ワインディングを走らせているとドライバーが感じていた以上に操舵角が深く入っていた。これは回頭性が鈍いとかアンダーステア気味だからというより、むしろ逆で、ステアリングフィールとしてはスローなのに危なげなくよく曲がってくれるものだから、結果としてアクション大き目のスポーティなドライブを楽しんでしまう感覚なのだ。

◆先代から進化した静粛性の高さ、その理由は
つい昨年乗ったばかりの先代のディーゼルMT仕様からもっとも進化を感じたのは、静粛性の高さだ。これはエンジンそのものというより、11%も厚みを増しているという前面ガラスをはじめとする遮音性や、高められたボディ剛性によるところが大きいだろう。90〜110km/hほどの巡航速度で、レブカウンターは1700〜1800rpmほど、不快なこもり音や唸りを感じさせることもなく、回転フィールはハミングのように心地よいトーン。それでいて中間加速は力強い。安定したトルク特性による巡航中の快適さ、この美点にブレがない。

一方でボディ剛性を増した恩恵は、静粛性の高さや路面のギャップ超え時のフラット感となって、あらゆる局面で下支えとして確認できる。足まわりのストローク量は先代がやや上回る印象だが、乗り心地の柔らかさ・しなやかさも健在だ。ゴクン、ゴックンと、シフトゲートの前後左右のストロークは短くはないが、入りは渋くない。MTで操るリズム感を掴みやすいのは、スローテンポながらもドライバーの意志を忠実に反映してくれるからこそ、そんなカングーならではの動的質感を再確認できた。

いわば新型カングーは6速MTで操っても加速感が穏やかというか、ギア比の設定にもよるのか、モリモリした力強さ以上にトルクの安定感の方が際立つ。かといってそれは非力ではない。登り坂の合流路からバイパスに乗るといった局面でも、キックダウンに伴うトルク変動に煩されることなく、あくまでMTならではの息の長い加速を自分のペースで刻める、そんなアナログめいた安心感なのだ。

◆MTカングーには効率だけでは手に入らない価値がある
おそらく日本に6速MTが導入されても最大ボリュームゾーンは7速EDC仕様に譲るだろうが、ディーゼル6速MTは今の時代も「コアなカングー」となる存在だろう。フランス本国では軽油の税率が引き上げられガソリンより高い今、ディーゼルの経済性メリットは失われた。またハイブリッドやBEVが増えた昨今、ディーゼルは信号ダッシュでの出足の速さを求める選択肢でもなく、それを求めるならモーター駆動の方によっぽど分があるし、カングーも国産車にベンチマークされる時代になったのだから、似て非なる「っぽいもの」でよければ、コスパを気にするなら、そちらにすればいい。

だがカングーをMTで乗ることには、やはり効率だけでは手に入らない価値がある。荷をたっぷり積んで長距離行を頻繁に行うといったヘビーデューティ用途、いわゆる「バンライフ」的な本質を、ツルシの仕様そのままで突いているというアドバンテージは、日本の路上でこそ、まだ味わえる。ガチの商用車をベースとしているからこそ、アナログさや人肌馴染みのいい造りを決して忘れない、カングーの本懐はその辺りにありそうだ。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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