ホンダ インサイト EXプライムスタイルのフロントビュー。《写真撮影 井元康一郎》

◆生産終了、3代目インサイトを「さよなら試乗」
ホンダのCセグメントコンパクトセダン、第3世代『インサイト』。1999年に燃費性能ナンバーワンを掲げてデビューしたAセグメントの第1世代、2009年に打倒『プリウス』を目指して発売されたBセグメントの第2世代と2代続けて空振りの末、終売。第3世代はアメリカ市場を主眼としたオーソドックスなCセグメントセダンとして2018年に復活したモデルだが、目論見はまたもや外れ、『シビック』のハイブリッドモデルが投入された今はその役割を終え、3度目のディスコンを静かに待っているという状況(8月末に生産終了)である。

その第3世代インサイトで450km弱、ミニツーリングを行ってみた。筆者は2019年、第3世代インサイトで4100km試乗を行っており、本サイトでもインプレッションをお届けした。その時はロングツアラーとしてなかなか優秀な資質を持ちながら300万円台半ばという価格を納得させるにはちょっと、という取りこぼしも多く、みすみす顧客を逃がしているという印象が強かった。

それから今回のテストドライブまでの間に一度だけマイナーチェンジを受けているが、いざ乗ってみると販売が低迷をきわめているにもかかわらず相当の熟成が図られていた。広報担当者によれば技術的な変更の情報は開発からは入っていないという。が、総走行距離4000km超、うち片道1500kmを一気通貫で乗る長距離移動2回で身体に叩き込まれた感触に照らし合わせると、気のせいではなく全然違う。何もやっていないのに個体差でこうなることはあり得ないと断言できるレベルだ。

せっかくなのでフェアウェル(さよなら)インプレッションをお届けしたい。ロードテスト車はアイボリーカラーのインテリアを持つ「EX・プライムスタイル」。ドライブルートは東京を起点とする関東周遊で最遠到達地は栃木・日光。総走行距離は442.7km。1〜2名乗車、エアコンAUTO。

◆前期型から変わったこと
では、論評に入っていこう。前期型からの変化をみるため、2019年の前期型テストドライブ時に挙げた長所と短所を再掲してみる。

■長所
1. 電気モーター駆動がもたらす素晴らしい加速力。
2. シーンを選ばず優秀至極な燃費。
3. 長距離走行をリラックスしたものにする前席の居住感。
4. 抜群の採光性が生む室内のルーミーさ。
5. 何があったか精度が上がった運転支援システム。

■短所
1. シビックセダンに比べてなぜか落ちる乗り心地の滑らかさ。
2. ハイブリッドシステム冷却の導風音が室内に響くなど商品性の煮詰めが甘い。
3. 350万円級のモデルとしては内装の質感が不足気味。
4. 高負荷運転時には1.5リットルエンジンの咆哮がけたたましい。
5. ブランドマネジメントの稚拙さ。
後期型インサイトに乗ってみたところ、短所のうち1、3、4については控えめにみてビッグマイナー級の大幅な改善をみていた。2は根本的な解決には至っていなかったが、ロードテスト車の「EX・プライムスタイル」の場合、アイボリーインテリアが七難のうち四難くらいは隠していた。ドライブしていて「これはずいぶんいいセダンになったものだ」と素直に感心したほどである。

もともとインサイトは構想をじっくり練り上げて作られたわけではなく、伊東孝紳元社長が社内で発してた“グローバル800万台構想”という背伸びも甚だしい目標に対して絶対的なモデル数不足を補う必要性からもともとハイブリッド化の予定がなかった先代シビックをベースに短期間でパパッと作った“戦時急造艦”的モデルだった。それゆえに粗がいろいろなところにみられたが、全体的なデザイン、性能、実用性などについては急造のわりに良く出来たクルマだった。日本ではサブコンパクトや軽自動車がメインのホンダにとって300万円台後半のセダンを売り込むのはもとより難しい話だったとはいえ、「最初からこう作っていれば少しは違う状況を作り出せたかもしれないのに」と思ったのもたしかである。

◆後期型で明らかに変わった乗り味
では、要素別にもう少し細かくみていこう。まずは乗り味だが、前期型が良路ではそこそこ滑らかなものの、舗装面の荒れがきつくなるとゴトゴト感が強めに出る傾向があったのに対し、今回乗った後期型はそれがおおむね解消しており、路面を選ばず素晴らしい滑走感を示すようになった。

これだけの違いが出た理由として筆者がいのいちに疑ったのはタイヤの違い。タイヤが乗り心地や運動性能に与える影響は非常に大きなもので、どんなにいいクルマでもタイヤがショボいと持ち前のテイストの半分も出なくなる。が、タイヤを見てみると前期型とサイズも銘柄もまったく同一のブリヂストン「トランザER33」215/50R17。トランザは中長距離を走るツーリングカー向けのタイヤだが、乗り心地や静粛性に関してはいささかネガティブな印象がある。これは後期型の足のチューニングのほうを褒めるべきだろう。

ハンドリングについては多くを試すことはできなかったが、こちらは基本的には前期型とあまり変わっていないように感じられた。直進性が優秀である半面、現行シビックe:HEVのようなしんなりとしたロール感や豊かな路面インフォメーションの伝わりといったスポーティさは希薄。良く言えば大らか、悪く言えば大ざっぱなドライブフィールである。あくまでハイウェイクルーザー的な使い方が似合うセッティングである。

◆室内騒音の低減が際立つ
防振と並んで動的質感を高めるのに貢献した重要な改善点は室内騒音の低減。GPS計測による0-100km/h(実速度ベース。メーター読み104km/h)加速が8秒前後と動力性能的には申し分ないのだが、前期型では走行負荷がある程度高まると1.5リットルエンジンが突如猛然とうなりを上げ、普段の低騒音がいちいちぶち壊しになっていた。筆者は2リットルエンジンで低回転化を図れば上質になるのではないかなどと感想を書いたのだが、改良型は1.5リットルのまま官能評価を大幅に改善してきた。

高負荷でエンジンがぶん回るという点は変わっていないのだが、エンジンとの隔壁の遮音性が上がったのか、騒音レベルはかなり下がった。それに加えて透過音の温室も耳障りな成分が減り、騒音より快音という感じになった。これなら1.5リットルでも全然いいかと思った次第だった。

ロードノイズも少なからず削減されたように感じられた。音圧が下がったかどうかは測ったわけではないので定かではないが、舗装面の荒れがきつい道路での騒音がガーガーという音からゴーゴーという低い音に変わったようなイメージだ。車内騒音でもう一点改善されていたのはハイブリッドシステムに車内の空気を冷却風として送り込む送風音。前期型ではそれが鳴ったとき「あれ、窓がちょっと開いていたのか」と思うくらいだったが、今回のドライブでは作動に一度も気づかなかった。

燃費は相変わらずこのクラスとしては十分に優秀。走行距離403.3kmで給油量は計15.92リットル、通算実測燃費は25.3km/リットル。高速道路や短い山岳路を含んだ高負荷気味の走行が主体の前半約250kmの燃費は23.2km/リットル、後半の地方道と市街地の混合ルート約150kmは30.1km/リットルだった。平均燃費計が実測値よりやや悪く表示されるのは前期型と同じだった。

◆西海岸的なインサイトに似合う内外装に
内外装は基本的な部分は変更されていないのだが、今回のロードテスト車の「EX・プライムスタイル」に限れば前期型とかなり異なる印象を受けた。インテリアのうちシート表皮、ドアやコンソールのトリム、ルーフが草色の差し色があしらわれたアイボリーに変わったのだが、これだけのことで室内の雰囲気がガラリと変わった。もともとインサイトは採光性が良く、室内が明るいのが美点だったが、それをインケンな濃いグレー一色の内装がかなりスポイルしていた。明るいマテリアルのほうがアメリカ西海岸的な雰囲気のインサイトに断然よく似合う。

外装ではメッキモールがシルバーからダークカラーに変わったのが主な変更点だが、これもまたインサイトによく合っていた。インサイトは主要市場である北米ではブラックアウトグリル。日本では高級車仕立てにするためかシルバーメッキに変更していたが、それが顔の中で浮いていたうえ、メッキの質感の低さで安っぽさにつながってしまっているような気がしていた。ダーククロムになってグリルなどのお目立ち度を下げたら元来の流れるようなフォルムとフェイスの調和が断然取れるようになったように感じられた。

◆長く乗るなら良い選択肢に
すでに在庫整理に入り、三度目のディスコンを目前としているインサイト。複数のディーラー関係者に話をきいたところ、2018年に発売された当初、第2世代インサイトのユーザーが多数来店したものの、価格を見てそのまま帰ってしまったという事例が多発したという。価格帯が100万円以上違うのだから当たり前といえば当たり前。月販100台、200台といった悲惨な数字で販売が推移したのもむべなるかなだ。そんなクルマだからマイナーチェンジもちょっと飾り付けを変更したり価格を見直したりといったレベルだろうと思いきや、こんなに懸命に改良していたとは思いもよらなかった。

改良すること自体は悪いことではない。後期型は前期型に比べて確実に高い顧客満足度を得ることができるだろう。問題は、同時試乗でもないのに4100km試乗した前期型との違いがこれだけハッキリわかるレベルの改良をやっておきながら、さっぱり発信しなかったことだ。

もう何をやっても無駄だと考えたのかもしれないし、実際にやったところでセールスの好転にはつながらなかったかもしれないが、最初から勝負を投げるのはさすがに良くない。インサイトは販売台数が低迷していたこともあって、ユーザーの情報発信パワーにはほとんど期待できない。それで自分が言わないのなら、それこそ誰もインサイトのことを言ってくれないということになってしまう。

そんな話はともかくバイヤーズガイド的視点で見ると、インサイトはモデル廃止後のリセールバリューに不安が残るが、長く乗るには結構良い選択だと思う。燃費が良く、動力性能は十分に高く、静かで乗り心地が良く、車内は広く、トランクルームは500リットル以上。外観は高級ではないがエモーショナルに作り込まれており、プライムスタイルなら明るいインテリアがついてくる。

すでに登場済みのシビックe:HEVとの比較では、まず動力性能的にはシビックのほうが圧倒的に上。山岳路での敏捷性もシビックの圧勝であろう。ADAS「ホンダセンシング」もシビックは新世代で車線変更をしたり別車線から割り込まれたりしても対応できるという優れモノだ。が、インサイトを選ぶ意味がないとは思わない。

好燃費を出しやすい、排気量が1.5リットルなので税金が安い、乗り心地自体は遜色ない、トランクが広い、車内が明るい、そして値段が安い。すべては在庫次第だが、思わぬダークホースとしておススメできる。

ホンダ インサイト EXプライムスタイルのリアビュー。《写真撮影 井元康一郎》 ホンダ インサイト EXプライムスタイルのサイドビュー。《写真撮影 井元康一郎》 ホンダ インサイト EXプライムスタイルのフロントフェイス。《写真撮影 井元康一郎》 ホンダ インサイト EXプライムスタイルのテールエンド。《写真撮影 井元康一郎》 ベースとなった旧型シビックセダンより全幅が20mm拡大されており、情感が格段に増した。《写真撮影 井元康一郎》 クロームメッキの色がチタンカラーとなったことでフロントフェイスに落ち着き感が出た。《写真撮影 井元康一郎》 全体的に非常に均整の取れたフォルムを持ちながら細部のデザインの煮詰めが何とも甘い。《写真撮影 井元康一郎》 パワートレインのネームプレートは前期型の「HYBRID」から「e:HEV」に差し替えられた。《写真撮影 井元康一郎》 クーペ的なフォルムによりラゲッジスペースの開口部はやや狭め。《写真撮影 井元康一郎》 500リットル超とDセグメント並みの容量を持つラゲッジスペース。大型のトランクスルー機構を持つ。《写真撮影 井元康一郎》 前期型インサイトをテストドライブした時は荷物を大量に積んだ。キャスター込み80cmの大型トランクを軽々と飲み込む。《写真撮影 井元康一郎》 前期型と同じ215/50R17サイズのブリヂストン「TRANZA ER33」タイヤを履くにもかかわらず乗り心地は大幅に改善され、抜群の滑走感を示した。《写真撮影 井元康一郎》 元々ハイブリッド化の予定がなかった旧型シビックベースのためエンジンルームはすし詰め状態。《写真撮影 井元康一郎》 伊東孝紳元社長時代の残滓、「EARTH DERAMS TECHNOLOGY」のエンブレムが残る。《写真撮影 井元康一郎》 コクピット。シート、トリムのカラーが変わっただけで質感が大幅に上がったように感じられた。《写真撮影 井元康一郎》 フロントシート。一見上半身がルーズに見えるがホールド性は悪くなかった。《写真撮影 井元康一郎》 助手席側からダッシュボードまわりを写す。体感的な室内の明るさはネズミ色内装の2倍。《写真撮影 井元康一郎》 コクピット。基本的なデザインは前期型と同じ。《写真撮影 井元康一郎》 センターコンソールまわり。シフトセレクターはスイッチ式。《写真撮影 井元康一郎》 ドアトリムやルーフトリムもアイボリーに。《写真撮影 井元康一郎》 後席。ヘッドクリアランスはややタイトだがレッグルームは広く、ヒップポイントの高さも適切。《写真撮影 井元康一郎》 前期型インサイト。福岡・糸島市にて。最初から後期型のような出来だったらもう少し見込みがあったかも。《写真撮影 井元康一郎》 前期型インサイト。宮崎・日南海岸にて。カリフォルニア的ストリーマールックなフォルム自体は悪くなかった。《写真撮影 井元康一郎》 前期型インサイトのインテリア。暗色を使うにしてももう少し質感を良く見せる工夫が欲しかった。《写真撮影 井元康一郎》 前期型インサイトのインテリア。採光性は非常に良いのに室内の陰気な色使いがその良さを台無しにしているという印象があった。《写真撮影 井元康一郎》 ホンダ インサイト EXプライムスタイル。千葉・木更津にて記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》 ホンダ インサイト EXプライムスタイル。栃木・小山市郊外にて記念撮影。《写真撮影 井元康一郎》