ヤマハ ナイケンGT《写真撮影 真弓悟志》

試乗車を借りるため、ヤマハが管理するバイク倉庫へ向かっていた時のこと。「ナイケンGTって乗りやすいんですか?」と担当編集さんが聞いてきた。2輪のキャリアがそれほど長くないライダーにとって、ナイケンGTは得体の知れない乗り物に違いない。撮影の都合上、彼自身も乗ったり、取り回したりする必要があり、不安になる気持ちはよくわかる。しかも空模様はあまりよくない。

それに対して、「全然問題ないよ。雨でも余裕でヒザ擦れるし」と答えたところ、「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて」と担当編集さん苦笑い、もしくは半泣き。(この人とは話が噛み合わない)と、さらに不安が増した様子だった。

僕(伊丹孝裕)にしてみれば、これは最大級の賛辞のつもりである。2輪にとって、ウェットコンディションほど嫌なものはない。とりわけ、フロントタイヤの接地感があいまいなバイクは敬遠したく、撮影は延期するに限る。しかしながら、ナイケンGTは条件が悪くなればなるほど頼もしさを増し、無敵とも言えるスタビリティを披露する。それをよく知っている。

トライクやスリーホイーラーとは決定的に違う存在意義
路面がどれほど濡れていようとも、少々砂利が散乱していようとも、フロントに備わる2本のタイヤがガッチリと路面を捉え、ちょっとやそっとのことでは挙動が乱れない。車体が深くリーンしている最中に、さらに寝かせてフルバンクに持ち込んだり、逆になにかを避けるため急激に起こすような入力を加えても、「おまかせください」とそれに応えてくれる。

一端コーナリングに入った車体に、あれこれと操作を加えるのは2輪では難しい。少なくともある程度のスキルが求められる一方、4輪なら抵抗なくできる人が多いのでは? 旋回中にハンドルを切ったり、戻したりする操作は、さほど意識しなくてもできるはずだ。ナイケンGTの安心感はそのイメージに近く、ハンドルを回す感覚でバンク角とラインをいかようにもコントロールできる。

3気筒エンジンの優位性が語られる時、「2気筒よりパワフルで、4気筒よりもトルクフル」と評されることがある。それになぞらえると、ナイケンGTのフロント2輪+リア1輪の計3輪構造は、「2輪よりも安定性に優れ、4輪よりも軽快」と表現してよく、実際その通り。単に安定を求めるのなら、それこそクルマを選択すればいいわけだが、バイクならではの一体感、つまり車体をバンクさせてGをいなす醍醐味がそっくりそのまま残されている点に、ナイケンGTの存在意義がある。そして、トライクやスリーホイーラーとはそこが決定的に違う。

“寸止め感”に見て取れる、バイクメーカーとしての美学
もっとも、すべてがポジティブなわけではない。構造上、増量せざるを得ない車重がそのひとつだ。ナイケンGTのそれは267kgに達し、同じスポーツツアラーにカテゴライズされ、排気量も近い『トレーサー9 GT』より47kgも重い。その差は、たとえば取り回しの手応えとして体感することになるものの、重量が3輪に分散され、なおかつ重心が低い分、案外身構えるほどでもない。

それよりも、フロント周辺のボリュームが気になるかもしれない。とはいえ、885mmの全幅は、実はトレーサー9 GTとまったく同一で、それを分かっているとずいぶん気が楽になる。Uターンなどは、一般的なバイクよりもむしろコンパクトな回転半径で済み、その時の安定性もやはり高い。

もちろん、4輪ではないから物理的な限界は、そのずっと手前にある。無理をすれば、リアは滑るし、フロントからスリップダウンすることもある。自立機能は備えておらず、ライダーが支えないと立ちゴケもする。ただし、そこに至るまでの限界が極めて高く、なんでもかんでもサポートしようとしなかった“寸止め感”に、ヤマハのバイクメーカーとしての美学が見て取れる。

2015年にヤマハから『YZF-R1/M』がデビューした時、電子デバイスの先進性に驚かされた。電子制御がもたらすスタビリティの高さと言い換えることもできるわけだが、2018年に登場した初代ナイケンは、電気ではなく、機械的な構造でそれを実現。スーパースポーツとは対照的なアプローチで、ライダーのスキルをフォローしてみせた。そのアイデアと技術はもっと評価されるべきもので、近年のバイク界における大きなイノベーションである。

このチャレンジ精神が途切れることがあってはならない
パイプフレームに懸架されているパワーユニットは、845ccの水冷直列3気筒エンジンだ。既述の優位性の通り、トルクとパワーのバランスはナイケンGTの車体にマッチしたもので、車重に対するスペック不足はまったくない。もしも雨のサーキットでスポーツ走行をすることになり、その選択肢にナイケンGTがあったなら、迷わずこれを選ぶだろうし、どんなスーパースポーツよりも速く、しかも楽しんで走れるに違いない。

ありとあらゆるパーツが専用設計になっていることと、他の何にも似ていないハンドリングが体感できることを思えば、198万円という価格はリーズナブルと言っていい。このチャレンジ精神が途切れるようなことがあってはならない。

あ、そうそう。撮影日にナイケンGTのハンドリングをたっぷりと体感した冒頭の担当編集さんの後日談を少し。「普通の2輪ではできないことがナイケンGTでは試せますし、それを知った後で普通の2輪に乗ると、なんか扱いやすいというか、上手くなっている気がするんですよね」と。より多くのライダーに、同じ体験をしてほしい。

■5つ星評価
パワーソース:★★★
フットワーク:★★★★★
コンフォート:★★★★
足着き:★★★
オススメ度:★★★★

伊丹孝裕|モーターサイクルジャーナリスト
1971年京都生まれ。1998年にネコ・パブリッシングへ入社。2005年、同社発刊の2輪専門誌『クラブマン』の編集長に就任し、2007年に退社。以後、フリーランスのライターとして、2輪と4輪媒体を中心に執筆を行っている。レーシングライダーとしても活動し、これまでマン島TTやパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム、鈴鹿8時間耐久ロードレースといった国内外のレースに参戦。サーキット走行会や試乗会ではインストラクターも務めている。

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