ルノー カングー リミテッド ディーゼルMT《写真撮影 雪岡直樹》

12年前、デビューした当初は初代に比べて肥大化したがため「デカングー」と揶揄された2代目。ところが先代を上回る大ヒット&ロングランとなり、年イチのルノー・ジャポン公式ミーティングたる「カングー・ジャンボリー」も盛況を重ね続けている。

本国フランスではカングー3の商用車バージョン、ついでリアウィンドウを空けられた乗用車バージョンが発表され、いよいよ第2世代の幕引きと思われる限定モデルに試乗してきた。

その正式名は『カングー リミテッド ディーゼルMT』、何とディーゼルのマニュアルで黒スチールホイール仕様が、最後の最後で登場してしまったのだ。ただし400台限定で。

◆ラストを飾る「フランス車らしい」ディーゼルMT


現行モデルのラストを飾るにあたって、もっともフランス車らしい現地に近い仕様を用意した、というのがルノー・ジャポンの公式見解。確かにK9Kという型式を与えられた1.5リットルディーゼルターボは、フランス本国では90年代後半の『クリオ2』(ルーテシア2)の頃から用いられてきた、年季物のパワーユニットだ。基本設計は60年代の「モトゥール・クレオン・フォント」ことルノーの「モトゥールC」に遡り、旋盤の加工精度が高まった時代にシリンダースリーブを略してブロック直掘りになった。

ようは設計は古いが加工は新しい、そんなルノーのK系統ファミリーが、なぜ今さら日本のポスト新長期規制を通せたかといえば、何でもルノー・ジャポンの要請によって、日本の排ガス規制突破のためルノー本社の技術部門でスペシャル・チームが組まれ、日本市場専用のエンジン制御プログラムが数年かけて開発されたのだとか。それほどルノー本社が、日本市場でのカングーの成功を評価している証でもある。


本国仕様の1.5dCiはユーロ5以降、75〜95ps仕様のエントリー側と、105〜115psのちょっとパワフル版という、上下2種のチューン違いで展開してきた。116ps・260Nmという今回の日本仕様スペックは、最新のコモンレール直噴システムと、尿素SCRと微粒子フィルターによる処理を組み合わせた点はそのままに、後者の延長上にあるといえる。

おそらくホントは、2年前にシトロエン『ベルランゴ』やプジョー『リフター』が登場した頃に、フレンチ・リュドスパスの元祖としてカングーは同じ1.5リットルディーゼル、しかもMTとの組み合わせで対抗したかったはず。とはいえ進捗の遅れとコロナ禍でこのタイミングになった…というのが実情だろう。でなければ400台のために大規模メーカーが専用のエンジン制御プログラムを開発するはずもない。

「もっと早くカタログモデル化してくれていれば…」というのがオーナーサイドの声だと思うがルノー側も異口同音で、じつは「400台だけでも何とか間に合った」ということなのだ。あまつさえ、エコカー減税さえ受けられ、282万円の車両価格は実質270万円強で、乗り出し約300万円也の一台でもある。

◆ガソリンMT乗りが嫉妬する?


カングーという車をよく知る人なら、もうオーダー済みでほくそ笑んでいるかもしれないが、念のため試乗した印象を記しておこう。スタート地点はつい先日、駒沢大学駅近くの246号沿いに引っ越したばかり、ルノー世田谷だった。

固いプラスチックであることを隠そうともしないダッシュボードにドアパネル、シャリ感の強いファブリックシートは、お世辞にも高級とはいえない。が、多少荒っぽく使っても毛羽立つとか汚れが気になるといった風合いでないこと、そのワークなカジュアルさがむしろ大事だ。キーを差し込んで回すニューモデル自体が久しぶりだったが、エンジンに火を入れると予想に反して、いかにもディーゼルめいたガラガラのアイドリング音は出ない。むしろガソリン並に静かで振動も少ないことに、従来のガソリンMTカングーから嫉妬を買うこと、確実だ。


ほとんどアクセルを踏まずに1速でクラッチをもち上げたところ、久々のMT操作が急過ぎたか、ストールさせてしまった。最大トルク260Nmの発生域は2000rpmと、高くはないが、近頃のディーゼルにしては初期が細く、2速発進でモリモリという調子でもない。とはいえクラッチを踏み直せばアイドリングストップ機能のおかげで即、再始動する点は、今どきのMT車だなと感じられるし、再始動時に振動がほぼ伝わってこない。この静止〜徐行域の躾けのよさだけでも、MTで操る喜びを感じられる。

ついでにいえば、ルノーのABCペダル配置にしては珍しくアクセルペダルが奥まっていない。よって「母指球ヒール&トゥ」ではない通常のヒール&トゥが、ステアリングポストは立ち気味とはいえ、はっきりいって『メガーヌR.S.』のMTよりやりやすいぐらいだ。

◆+90kgを感じさせないパンチある加速


アナログ針3連メーターは、一番右が水温と残り燃料、中央が速度表示、左が1目盛り250rpm刻みのレヴカウンターとなり、とくに1500〜2250rpmの間が「ECO」と強調されている。もっとも高効率なのだろうが、実際は2-3-4速では2250rpmより上の回転域でもグイグイ伸びていくので、余裕はある。首都高の合流でも素晴らしく力強い。加速のパンチ力は間違いなく歴代カングーの中でもナンバーワンといえる。1.2リットルガソリンのMTより車重は+90kgの1520kgながら、ディーゼルの大トルクによる加速感の上積みの方がずっと大きいのだ。

6速に入れてからの巡航は、90km/h走行で1700rpm、100km/hで1900rpmほどと、日本の高速道路で推奨ECO領域を守りつつ走らせることはたやすい。決して静音性の高いボディではないが、粛々と回って耳障りでないディーゼルの音質、車内の声の通りよさ、そこに突き上げや不快なピッチングを微塵も伝えてこないソフトかつスムーズな乗り心地が加わり、すこぶる快適性が高い。


単に何かが傑出しているのではない。よくフランスの自動車専門誌では「ラ・ヴィ・ア・ボール」といって、「車上での生活(水準)」を表すが、走行中も車内空間全体でその高さが途切れず感じられるのだ。実際、取材日はけっこうな雨風に見舞われたにもかかわらず、穏やかで優しい乗り味と、安心感ある車内空間そのものが印象に残った。

動的質感に危なっかしいところがあったら、こうした心証が刻まれてくることはない。雨中の高速巡航でも駆動輪たる前車軸がガソリンより重い分、ディーゼルの直進スタビリティは盤石でもある。後席スライドドアを含め開口部は広いが剛性の高いボディ、ルーフ高は高いがロール速度は抑えつつしっかりストロークする足まわり、フワフワしないのに操舵感の重くないステアリングなど、すべてが完熟してこなれている。

ちなみに燃料タンクは60リットル容量で、この日の総燃費は17km/リットル超とほぼカタログ値通りだった。長距離走行なら一回給油で1000kmは現実的なセンだ。

◆カングーの良さは古典的な「スローフード」


いわばカングーの良さは、チーズケーキを作るのにクッキーをビニール袋に入れて砕いた生地のような、時短やラクさを重視したライフハックとは対照的に、丁寧なレシピによるスローフード的な良さといえる。総ハードプラスチック内装とか15インチのエコ重視のタイヤまで、通常目線でみたら「酸っぱい」はずの細部まで、転じて味になっているところが、まさしくレモンタルトのようなパティスリーの古典の旨さに通じる。むしろ粉にバターに砂糖に塩、イースター等々、どこにでもある材料で、パット・サブレから作っています、的なところだ。コンビニのデザートとの違いが分からなければ、確かに猫に小判なのだが、一度その味を知ってしまうと不可逆性のものではある。

「積める・遊べる・寝られる」だけなら凡百のハイトワゴンでも満たせるが、「きちんと走れる・賢く積める・オーナー同士で繋がれる」といった芸当は、カングーにしかない。だからカングー2は最後まで、もはや信者にも似たファンを、ディーゼルMTを通じて、ダメ押しで増やし続けることだろう。



■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
オススメ度:★★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

協力 ルノー世田谷

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