ベントレー フライングスパーV8 新型試乗《写真撮影 土屋勇人》

1950年代の「Sタイプコンチネンタル」をベースとしたスポーツサルーンから名前を戴く『フライングスパー』は、21世紀以降、新しいフェイズを迎えたベントレーにおいての中核を成すモデルだ。

現行型が登場したのは19年のこと。そして直近で追加されたのがこのV8ユニット搭載モデルとなる。これによってフライングスパーはW12とV8、2つのエンジンバリエーションが用意されることとなった。

◆優先されるのは値札よりも質的満足度 V8にその説得力はあるのか?


この棲み分けは果たして何を意図するのか。12気筒には回転質感の滑らかさや音、振動の粒立ちのきめ細かさにおいて他のエンジンとは一線を画し、頂点とされる風格がある。加えてW12という名の由来でもある、エンジンの長さを抑えるユニークなピストンレイアウトがフライングスパーに個性を加えてもいる。永遠に続くわけではないだろう、内燃機体験の終活を究極のエンジンで迎えたいという期待にもしっかり応えてくれる選択だ。

対してV8の方はといえば、一般論ではノーズ回りの軽さからくる回頭性の高さや軽快感といった、運動性能側に差異が現れることになるだろうか。W12とV8の重量差は60kg。構造上、この殆どは前軸荷重の違いとなる。ちなみにW12とV8の価格差は400万円だが、このクラスを求めるカスタマーにとってのプライオリティは値札より質的満足度の側だろうから、要はV8にその説得力があるか否かがポイントになる。



◆基本設計は同門のポルシェ、チューニングはベントレーオリジナル

0-100km/h加速は4.1秒、最高速は318km/h。動力性能的には世界でも指折りのスポーツサルーンとなるこのモデルのV8ユニットは4リットルツインターボで、基本設計は同門のポルシェが担当、チューニングはベントレーのオリジナルとなっている。Vバンク間に2基のタービンを収めたホットVと呼ばれるレイアウトで、最高出力は550ps、最大トルクは770Nmを発揮する。

プラットフォームはVWグループ内でMSBと呼ばれるアーキテクチャーを採用している。縦置きエンジン用の中でもスポーティなモデル向けという位置づけのこれを用いるのはフライングスパーとその兄弟車となる『コンチネンタルGT』、そしてニュル最速サルーンの座にいるポルシェの『パナメーラ』だ。それほどの素地をいかにベントレーらしい味付けで仕立てているかも見どころのひとつだろう。



◆徹底的に「本物」が用いられる、比類ないレベルの上質さ

試乗車は推奨装備がテンコ盛りでパッケージされたファーストエディションだが、それを差し引いて考えてみてもフライングスパーの内外装の設えはまごうかたなきベントレーのそれだ。使われるマテリアルに代替的なものはなく、シート表皮やオーナメントパネルはもちろん、中央のエアベントを取り囲むトリムのような箇所に至るまで徹底的に「本物」が用いられる。ロングホイールベース化による前後席間のゆとりを筆頭に進化した空間構成も相まって、サルーンとしての上質さは比類ないレベルに達しているといえるだろう。


が、容積や物量からくるその心地よさは、さもすればスポーティネスというベントレーの是と相反することになる。そこをカバーする上でも効いてくるのはやはりV8がゆえの鼻面の軽さだ。舵をあてれば溜めに慣れるまでもなく、でも性急に過ぎず、すらっとノーズがためらいなくコーナーに入っていく感触は、体躯的な印象をさらりと覆す。

◆ここまでドライビング志向の関係を築けるハイエンドサルーンはないだろう


低中速域での取り回しも軽やかで、5.3m超えの全長、2mに迫る全幅を箱根の一般道でも持て余さない辺りは、この世代から組み込まれた4WSによるところも大きいのだろう。最大時は逆相で4.1度、同相で1.5度の舵角を後輪に与えるそれは、作動に伴う挙動の違和感もなく、つづら折れではステアリング操作に気遣わずとも切れ込みすぎることなくラインを綺麗にトレースしながらコンパクトに曲がっていく。

でもフライングスパーV8が持てる性能を示す、その真骨頂は中高速のワインディングだと思う。通常はFR状態の0:100で状況に応じて最大50%の駆動力を前輪に配分する4WDや、エアスプリングやダンパーレートを可変制御するCDC、48V作動のアクチュエーターによるスタビライザーのアクティブ制御でロール抑制とエネルギー回収を両立したベントレーダイナミックライドなどの先進的な電子制御はここでも黒子に徹し、ドライバーの操る喜びを妨げることはない。大柄な車体を努めてフラットに抑え込んでいるようにみえつつも、姿勢の変化やグリップの状態といった必要な情報はしっかりと伝わってくる。

ドライバーは自信をもって運転に没頭できるし、クルマは余裕をもってそれに応えてくれる。ハイエンド級のサルーンをして、ここまでドライビング志向の関係を築ける銘柄もそうはないだろう。そして普段は滑らかな回転フィールながら、踏み込むや間髪入れずガツンと力強くトルクを押し出してくるV8のキャラクターは、フライングスパーのスポーティネスをよりベントレーらしく際立てるというわけだ。

かつての6.3/4、すなわち6.75リットルのOHVのV8を搭載していた歴々の名車と相通じる、優雅さと野性味とが同居した魅力は、間違いなくこのモデルからも感じ取れる。



■5つ星評価
パッケージング:★★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
オススメ度:★★★★★



渡辺敏史|自動車ジャーナリスト
1967年福岡生まれ。自動車雑誌やバイク雑誌の編集に携わった後、フリーランスとして独立。専門誌、ウェブを問わず、様々な視点からクルマの魅力を発信し続ける。著書に『カーなべ』(CG BOOK・上下巻)。

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