ホンダ インサイト EXのフロントビュー。デザインに関する印象は主観的にならざるを得ないが、スタイリング作りがあまりに不自然だった一時期の混迷から脱却する気配がありありとうかがえた。《撮影 井元康一郎》

ホンダのハイブリッドサルーン『インサイト』第3世代で4150kmツーリングする機会を得た。前編では主にシャシーのドライブフィールについて述べた。後編はパワートレインの話から入っていこうと思う。

◆余裕のパワーとウルトラスムーズネスを見せた


インサイトのパワートレインは「i-MMD」と名づけられた2モーター式ハイブリッド。最高出力80kW(109ps)、最大トルク134Nm(13.7kgm)を発生する1.5リットルミラーサイクルエンジンで発電機を回し、その電力で最高出力96kW(131ps)、最大トルク267Nm(27.2kgm)のドライブモーターを駆動させる、いわゆるシリーズハイブリッドと呼ばれる方式である。

ハイブリッドシステム内にはエンジンとドライブシャフトを締結するロックアップクラッチが設けられており、中速域以上での低負荷走行時や高速走行時にはエンジンを駆動用に用い、モーターがそれをアシストするパラレルハイブリッドとしても機能する。

と、機構は単純、制御は複雑というこのi-MMDだが、パフォーマンスは十分に良いものだった。まず動力性能だが、日本の速度レンジでは全域で良好で、発信加速から新東名の最も速い流れまで余裕のパワーとウルトラスムーズネスを見せた。

加速性能の実測値だが、スロットルを踏み始めた瞬間から実測100km/h(メーター読み105km/h)までのGPSベースでのタイムが8.3秒。よく動画配信サイトYoutubeで見かける、スピードメーターの針が動き始めた瞬間からメーター読み100km/hまでのタイムに当てはめると7.4秒。メーター読み40→80km/hは3.0秒、60→100km/h加速は4.0秒。計測場所はわずかに登り勾配であったので、フラットな場所であればタイムはさらに短縮されるであろう。Cセグメントのハイブリッドカーとしてはかなり速い。

◆シリーズハイブリッドの特徴がハッキリと出た燃費性能


この動力性能と燃費が両立されているのも特徴。区間実測燃費は東京・葛飾から新東名などの高速と一般道の混走で奈良・天理に至った532.9km区間が23.1km/リットル(給油量23.07リットル)。そこから福岡・直方までの651.2km区間が25.3km/リットル(25.72リットル)。直方から山岳路を含む大分、宮崎ルートで鹿児島へ入り、市街地を主体に数百キロ走った後に福岡・糸島に達した1011.4km区間が23.8km/リットル(32.49+10リットル)。

帰路は糸島から山口・下関までの147.5km区間が28.9km/リットル(5.09リットル)。そこから山陰回りで兵庫北方の豊岡までの511.2km区間が23.1km/リットル(22.1リットル)。豊岡から高速主体で静岡・浜松に達した400.2km区間が28.4km/リットル(14.09リットル)。計測の最後は浜松から新東名と一般道混走で神奈川・厚木に到達した214.5km区間で、22.9km/リットル(9.35リットル)。車載燃費計は実測値に対して表示がやや辛めで、1区間を除き実測値のほうが良い数値だった。

燃費の傾向だが、エンジンの発電負荷が高まる高低差の大きな区間では低落幅がやや大きい一方、速度が上がらない渋滞含みやそれほど速度レンジが高くない定速巡航には滅法強いというシリーズハイブリッドの特徴がハッキリと出た。

前記の燃費スコアのなかで一番驚きだったのは岐路の糸島〜下関間。夕方のラッシュアワーに一般道を選択したのは大失敗で、福岡市を出るまでは平均車速が20km/hを大きく割りこむというほとんど動かない状態だったのだが、燃費値はスムーズな流れの道路を速度を上げ気味に走った区間よりよほど高かった。同じ混雑区間でも、坂を上ったり下りたりの繰り返しになる鹿児島市内では燃費は相対的に悪くなった。平均車速が高めながら燃費が良好だったのは豊岡〜浜松区間だが、ここは無駄なスロットル操作を減らすなど効率に気を配ったためである。

◆2リットル級エンジンだったら…


日本でシリーズハイブリッド方式を採用しているのはホンダのほかに日産自動車の「e-POWER」、三菱自動車のプラグインハイブリッドがあるが、ホンダのセッティングはライバルとポリシーが少々異なる。エンジンはロックアップ時以外は発電用として作動するのだが、バッテリー残量が少なくなったら発電して電力を回復させるという繰り返しではなく、必要な電力をエンジンでリアルタイムに発電し、余った分をバッテリーに蓄えるという考え方が強いようだった。

効率の面では交流で発電した電力を電池に出し入れするには直流に変換しなければならず、そのさいに必ずロスが生じるので、交流をなるべく交流のまま使うというポリシーは正しい。それは燃費と動力性能のハイレベルな両立という形で大いに報われている。半面、パワートレインからのノイズ、バイブレーションという観点では加速や登坂などでエンジンの回転が高まりやすく、エンジンのうなり音がしょっちゅう室内に響くことになる。商品力の面ではそこが弱点にもなる。

1.5リットルミラーサイクルという小さい能力のエンジンをめいっぱい使うというのはフリクション低減技術では世界トップクラスという自信を持つホンダらしい選択だが、低い回転数で同様の能力を発揮できる2リットル級がセットアップされていたらどんなふうになっただろうかと想像させられたりもした。ちなみに標高差の大きな区間でバッテリーを使い果たした後は最高出力109psのエンジンにすべてを依存しなければならなくなるため、動力性能面でのアドバンテージは失われる。

◆前席優先の作りもロングツーリング性は抜群


次に室内。インサイトの主戦場であるアメリカのノンプレミアムCセグメント市場では後ろに人を乗せるという需要が低いため、前席優先のパッケージングだ。リアシートは足の長いアメリカ人男性が乗るのに困らない程度には広いニールームが確保されているが、流線型ボディとヘッドクリアランスの両立のため、『シビックセダン』と同様、リアシートの背もたれの角度が少し寝すぎているのが難点と言えば難点である。もう一点、リアシートのサイドサポート部がハードプラスチックなのはいただけない。アメリカ向けならそれでいいが、日本仕様はソフトパッドにすべきだろう。

前席は収納スペースが少々不足気味であること以外は、ロングツーリングを十分安楽にこなせるだけのゆとりと機能を持っている。シートは形状がシビックと異なっているようで、シビックより上半身のホールドが良い。軽く流す程度であればワインディングロードでも身体のブレは少なく、変に身体を突っ張る必要性がないことから疲労感は非常に少なかった。惜しいのはシートのウレタンのスペックがそれほど高くなさそうなこと。ここがもう少し上等だったら上級セダンらしいタッチだとユーザーに感じさせるのに貢献したであろう。


インサイトの室内のもうひとつの美点は採光性が良く、車内が非常に明るいことだ。日本のユーザーの多くはなぜか暗い車内を好む傾向がある。その好みの真ん中は外しているが、明るい車内は海外向けのクルマであるというエキゾチックさをかもし出すという点では個性になり得るので、プラスに考えたいところだ。視界作りは前後席とも秀逸で、景色がよく見え、旅気分が盛り上がることうけあいであった。

その明るさと対照的なのが、インテリアの色使いの暗さ。全般的に黒に近いグレーなのだが、沈んだ色は質感を出すのが非常に難しい。インサイトの場合、せっかく取り込んだ光をインテリアが減衰させてしまい、そのインテリアの造形自体も陰影の付きにくさでのっぺりとした印象だった。もっとも、同クラスにはダッシュボード上面に明るい色を考えなしに持ってきて、それがフロントガラスやサイドガラスに盛大に映りこんでしまうようなデタラメなクルマもあったりするので、それに比べれば作りは大いに良心的だ。

室内でもうひとつ気になったのは、走行中に車内に設けられたハイブリッドシステムへの導風口から風切り音が結構大きく出ること。最初はうっかりパワーウインドウスイッチに触って窓が薄く開いたのかと思ったくらいだった。これは導風口の流体デザインの問題であろうから、改善は簡単であろう。350万円級というクルマの格を考えれば、すぐにリデザインすべきだと思われた。


荷室はスタイリングからは想像できないくらい広い。とくに奥行き方向のゆとりは日本車離れしており、大型旅行トランク程度は苦もなく飲み込む。ずいぶん広いもんだなと思って数値を見たら、VDA方式でも519リットルもあるとのこと。スタイル優先型のステーションワゴンよりよほど旅向きである。

◆“戦時急造艦”であることを感じさせる部分も


デザイン考。インサイトがアメリカでデビューした時に写真を見たときは、わざわざシビックと作り変える必要があるのかというのが率直な印象だったが、最近のクルマは実物を見てみないとわからないもので、果たして実車はシビックセダンに比べてかなり伸びやかかつふくよかなイメージだった。

全体的にはホンダのデザインテーマ「エキサイティングHデザイン」がまだ色濃いが、バキバキとした角張りやオーバーデコレーションはかなり弱められた。もともとホンダは理にかなった空力フィニッシュをする傾向が強いので、抑制的なほうがむしろ個性が出るように思う。

その基本造形に対して、細部ではインサイトが“戦時急造艦”であることを感じさせる部分がいろいろあった。その一例はトランクリッドとボディの隙間。クルマは工作精度や振動吸収の関係で可動部にはいくらかのクリアランスが必要なのだが、インサイトのトランクリッドのクリアランスはかなり大きく、トランクがちゃんと閉まっていなかったかと勘違いしたくらいであった。

見たところ、これは技術的な問題ではなく、ボディの設計が途中まで進んでからトランクの切り欠き部分の傾斜を変えたなどの理由で結果的にクリアランスが広がってしまったといった感じであった。実用上の不都合は何らないが、上級顧客をホンダブランドに引き込むというインサイトのタスクを考えると、そのへんもピシッと仕上げてほしいところである。

先進運転支援システム「ホンダセンシング」は、単眼カメラ+ミリ波レーダーというコンベンショナルな構成だが、これまで乗ったホンダ車の中では実路でのパフォーマンスは一番良かった。感心させられたのは車線認識で、夜間・雨天の有料道路の路面に照明が乱反射するような厳しい環境でも失探率は低かった。これで本当に見えてるのかと思ってわざとラインに近づいてみても、ちゃんとステアリング介入で中央に戻してくれた。もちろん自動運転にはほど遠いが、ホンダセンシングもずいぶん進歩したものよと思った次第だった。前車追従クルーズコントロールも先行車の速度の揺れに過敏に反応せず、使用感は快適であった。

◆まとめ


約4150km乗ってみた使用感としては、インサイトはエコ性能、動力性能、実用性、安全性、経済性などが高次にバランスされたセダンであった。もともとホンダ車やホンダのテクノロジーが好きというカスタマーにとっては十分に満足の行く出来であることは間違いない。シビックのプラットフォームは耐久性抜群なので、長旅からお買い物まで何でもセダンで十分にやれると考えるのであれば、長年の愛着にもきっといい形で応えることだろう。

問題は、非ホンダユーザーへの訴求力である。ホンダに限らず「中身はいいんです」と声高に訴えるだけでは他ブランドの顧客は奪うことはできないのが自動車ビジネスだ。まずはディーラーに来てもらい、来乗客が購入に至らずとも舌を巻くような感想を内心に抱かせるくらいのパワーが求められるのだ。ただでさえ、セダンは今の時代においては難しいと言われる商品。これだったらあえてセダンに乗りたいと思わせるくらいのフィニッシュでないと、新規客を取るのは難しい。

ホンダは2月21日、Dセグメントセダン『アコードハイブリッド』の新型を日本市場に投入したが、価格は465万円ときわめて高い。インサイトはシビック族とアコードハイブリッドの間を埋める、ラインナップ構成上重要な橋渡し的モデルだ。ホンダ車の中で技術的にはメチャクチャ輝いているのに全然売れないクルマの代表格はプラグインハイブリッドカーの『クラリティPHEV』だが、あれは来るべき電動化時代の習作のようなもの。インサイトは出してみたけど売れませんでしたで済まされるクルマではない。

ホンダがもともと300万円台のクルマを買う顧客を大量に抱えるブランドであったなら、インサイトは乗用車販売50位からも落ちるような事態には陥らずにすんだであろう。もちろん工業製品なのだから長所短所さまざまあるが、ライバルに明らかに負けているような部分があるわけではなく、全体的には非常に良くできているからだ。足りないのは先進国のメーカーとしてより上のクラスを目指していくという気概と、そのためには何をなすべきかという現実ベースの分析だ。

繰り返しになるが、今までホンダ車を買っていなかった上級顧客にインサイトを買わせるならば、単にいい部分がありますではすまされない。ホンダ車というのは何から何までこんなに良かったのかと思わせるような、名刺代わりの一発たるべき威力が求められる。素材としてはすでに十分に良いものを作り上げているので、乗り心地、静粛性、質感、装備等々、思わず手が伸びそうなものにするにはどうすればいいかということを、今からでも諦めずに追求しなおすべきだと思う。

インサイト EXのリアビュー。シビックセダンより左右10mmずつ広がっただけでこれだけふくよかさが増すのかと驚いた。《撮影 井元康一郎》 フロントマスクは左右のヘッドランプと中央部を連結してブーメランのような形にする「ソリッドウイングフェイス」の残滓が感じられるが、それも「クラリティ」シリーズなどに比べればはるかに自然なデザインに。《撮影 井元康一郎》 サイドビュー。空力的洗練を感じさせる流れるようなラインが特徴。《撮影 井元康一郎》 エンジンルーム。1.5リットルエンジン+2モーターのハイブリッドシステムのパフォーマンスは抜群で、燃費と動力性能を見事に両立していた。《撮影 井元康一郎》 燃費は速いペースで走ったことを考慮すると驚くべき高水準で推移。日本の速度レンジでは最新のディーゼルでもマイルドハイブリッドなどの飛び道具を備えないかぎり、CO2排出量でガソリンフルハイブリッドに勝つのはもはや難しいだろうと感じられた。《撮影 井元康一郎》 燃費は十分以上に満足できる数値。燃料タンク40リットルに対し、ロングランでは飛ばしすぎなければ25km/リットル超の燃費を簡単に出せるため、ワンタンク1000kmはゆうゆう達成できる・・・はずなのだが、燃料残量警告灯が点くタイミングが異様に早く、1000kmトライはやらなかった。《撮影 井元康一郎》 前席。収納スペースがやや少ないが、ゆったりとした空間設計と良好な視界により、気分の上がるコクピットだった。《撮影 井元康一郎》 フロントシートはシビックと設計が異なるようで、一般走行で最低限このくらいはと思うレベルのホールド性は十分に持ち合わせていた。《撮影 井元康一郎》 ダッシュボードは彫りの深い造形だが、質感が高いわけではなく、安く見える。350万円級のモデルとしてはもう一息頑張りが欲しい。《撮影 井元康一郎》 メーターのデザインはクラリティに似ているが、パワーメーターはバッテリー残量によってエンジンがかかるスロットル開度のラインが変わるクラリティと異なり固定式。ホンダの上級移行誘導モデルであることを考えると、そういう細かいところのハイテク感を大事にしてほしかったところ。《撮影 井元康一郎》 後席は短時間しか乗らなかったが、ヘッドクリアランスが不足気味であること以外は大きな不満がなかった。膝下空間の広さはさすがアメリカ市場向けという印象。《撮影 井元康一郎》 500リットル超というDセグメントセダン並みの広さを持つトランクルーム。荷室がバッテリーパックなどに食われやすいハイブリッドとは思えないユーティリティの高さだった。《撮影 井元康一郎》 デザインはシビックセダンに似ているが、ウインドウグラフィック、ボディのプレスラインなど複数のデザイン要素の調和がきっちり図られており、ずっとナチュラルに見えた。《撮影 井元康一郎》 せっかくいいモノを作っているのに、こういうところの仕上げが雑なんだよなーと思ったポイントのひとつがトランクリッドまわり。一度クリアランスを作ってから斜めに切りなおしたのか、合わせ目が異様に広がっている。テールランプのズレともあいまって、トランクが開いているのかと勘違いしたほどだった。《撮影 井元康一郎》 フロントフェンダーにはハイブリッドのロゴが。《撮影 井元康一郎》 名阪国道を奈良・天理に向けて下る途中で記念撮影。《撮影 井元康一郎》 宮崎ブーゲンビリア空港にて。実際、日南ではいろいろなところでブーゲンビリアが咲き乱れている。《撮影 井元康一郎》 青島は島全体がサンクチュアリになっている。古代から祭祀が行われていた。《撮影 井元康一郎》 青島神社。この奥に亜熱帯性の植物が生い茂った場所があり、そこにも古い祠が。万葉の時代から浜でタカラガイを探し、自分の思いと共に神に捧げるという奉納が行われていた。《撮影 井元康一郎》 都会よりこういう場所のほうが圧倒的に似合う。カリフォルニアルックである。《撮影 井元康一郎》 南の国では良い意味でアメリカンなデザインが映える。《撮影 井元康一郎》 広島カープのキャンプ地として知られる宮崎・油津。青島の読売ジャイアンツと良い競合関係だ。《撮影 井元康一郎》 日南線も油津〜志布志間は列車の本数も少ない超ローカル線。《撮影 井元康一郎》 志布志で接続していた志布志線、大隅線はとうに廃止され、南宮崎〜志布志間の90km近くを走る日南線だけが残された。ネットワークでなくなった長大な路線は年々衰退するのが運命。写真は鹿児島県に入ったところにある大隅夏井駅。《撮影 井元康一郎》 鹿児島西海岸の市来にて、夕暮れ時に記念撮影。《撮影 井元康一郎》 五代友厚など薩摩英国留学生の史料を豊富に展示しているティールーム、薩摩英国館にて記念撮影。特攻基地跡、武家屋敷群で知られる知覧にある。《撮影 井元康一郎》 鳥取砂丘近くのフルーツ農園にて記念撮影。《撮影 井元康一郎》 静岡の茶畑をドライブしてみた。《撮影 井元康一郎》