マセラティ グランカブリオ《写真提供 マセラティジャパン》

『MC20』と同「チェロ」、『グレカーレ』に『グラントゥーリズモ』と、新世代ラインナップとなって進境いちじるしい昨今のマセラティ。

フロントフェイスが以前の怒り目気味のコワモテ顔から、グリルより左右ヘッドライトが上に位置するクラシック顔になって以来、ちょいワル御用達のやんちゃ&マッチョイストな雰囲気ではなく、本来の有閑エレガントかつコンサバ・シックな老舗イタリアン風情が、色濃く漂うようになってきた。

まだBEV版の「フォルゴレ」が日本上陸前なので“当面の”という留保付きとしておくが、新世代マセラティでひとまずの画竜点睛を担うモデルが、今秋より日本で発売となった『グランカブリオ』だ。

◆クーペからルーフを切り落としただけの車ではない
マセラティのオープンGTカーの歴史は古く、1950年代から「3500GT」や「A6」系列に、当時は「スパイダー」としてミケロッティやヴィニャーレといった名門カロッツェリアがデザインとボディワークを担当してきた。だから伝統として、マセラティのオープンGTカーは先行するクーペ版からルーフを切り落としただけの車ではない。乗用車ながらレーシングカー由来のエンジンを積む点は同じでも、クーペGTとは異なる世界観というか、幌を下ろせるからこその快楽をイタリア的な合理主義で突き詰めているのだ。

だから現代のグランカブリオのデザインにも、無駄に装飾めいたディティールは一切ない。ボディの65%にアルミニウムが用いられ、軽量化と同時に低重心化が図られている点はグラントゥーリズモと同じ。フロントフェンダーごと一体の巨大ボンネットを採用して、ボディラインやサーフェス上の分割線を減らし、すっきり見せている点も同じくだが、リアセクションはまったく新設計で、アンテナを裏側に収めるトランクリッドは非金属素材、グラスファイバー製となっている。

クーペ版より約+100kgほど重量は嵩むが、万が一の横転時に火薬でポップアップして乗員の頭部を守るロールオーバープロテクションシステム、リアシート側からエアを吸って首元を温かく保つネックウォーマー、さらにはカブリオ専用にチューニングされたサブウーファーをリアシートに備えている。

肝心のソフトトップは50km/h以下なら走行中でも操作可能で、開閉はダッシュボード中央の最下部、タッチパネル上でスワイプ&ホールドで行う。開閉自体は約14秒、ウィンドウ開閉まで含めても約18秒だ。また高速走行時、風の巻き込みを防ぐのに効果的なウインドディフレクターは日本市場では標準装備。普段はトランク内に収められ、リアシート横の穴に差し込んで固定する手動方式だ。これが電動仕掛けでないからこそ余計な上モノ重量が嵩まない。そこに好感がもてる人は、すでにグランカブリオ的なるものに陽性といえる。

650Nm・550psを発揮するV6・3リットルツインターボ、「ネットゥーノ」エンジンをフロント・ミドシップ搭載し、FRベースの4WDである点はグラントゥーリズモと同様。フロントにアッパーアーム・ダブルウィッシュボーン、リアにマルチリンクというサスペンション形式も同じくだが、エアサスペンションによるデフォルト車高がグランカブリオでは+10mmと僅かに高められている。タッチスクリーン上で操作することで段差超え時などに+25mmもち上げるリフターも備わっているが、多少なりとはいえクーペより日常性が高いといえる。

◆自由自在に、自分で風を作り出せる感覚
今回は初めて日本の路上で左ハンドル仕様のグランカブリオを走らせたが、箱根の市街地をスタートしてすぐ感じられたのは、低速域でクーペ以上に穏やかな乗り心地だ。フルレザーの内装トリムが示す通り、4座オープンというキャラクターにふさわしいラグジュアリー・コンフォート志向が感じられる。それでもドライブモードは4段階で、「コンフォート<GTモード<スポーツ<コルサ」と段階を追うごとに車高を低めては、ハンドリング&シャシーは鋭さを増していく。

少しペースを速めても、ヴィークルダイナミクスにまつわるパラメーターを2ミリ秒もの高速で統合制御するVDCMの効果が大きいと感じる。ステアリング舵角やアクセル&ブレーキペダルの開度や踏力、駆動力配分にエアスプリングのストロークやダンパー減衰力まで、サスペンションの硬軟だけで姿勢をコントロールするのではなく、ドライバーの操作意図を読み取って予測制御するため、ほとんどセミアクティブといえるシステムだ。

にもかかわらず、制御の方がしゃしゃり出て車に操られるのではなく、あくまでドライバーが操っている濃密な感覚というか、対話性がある。それこそが、マセラティ独自のパフォーマンス・デザインとソフトウェアが優れている証でもある。設定したモードごとに車高を使い分けつつ、アクセルペダル操作に対するトルクのつきや駆動レスポンス、ブレーキの感触からステアリングの矯めから切れ味まで、絶妙のバランスなのだ。

ちなみに濡れた路面でよほどの加速をかまさない限り、トルク配分がフロントへ移るのはごく珍しい現象ですらあった。それだけ後輪側のトラクションのかかりもよければ、4輪の接地性にも優れる。乗り心地に不快なバンプ感がなく、四肢を滑らかにしならせながら走っていくフィールは、確かにスポーティだ。だがそれ以上に自由自在のリズム感で、自分で風を作り出せるような感覚は、グランカブリオならではの動的質感といえる。

極端な風を作ることもできる。屋根を開け放ったまま6000rpm以上までアクセルを踏み込めば、脳髄まで痺れるような轟音エキゾーストに包まれる。それこそ車で走る歓びの、もっともダイレクトかつエッセンシャルな表現のひとつといっていい。V8やV12など、このV6より気筒数の多いエンジンを積むオープンボディの車は多々あるが、市販車で今のところ唯一無二のプレチャンパー機構の高回転トップアップをイマーシブル体験させてくれるのは、幌を下ろしたグランカブリオとネットゥーノの組み合わせに他ならない。ドライサンプ仕様で背中からエキゾーストが聞こえてくるMC20チェロとは、また異なる個性なのだ。

◆ファーストカーとしても事足りそうな、稀有の4座オープン
さらにグランカブリオは、じつは実用面でも難の少ないオープンカーでもある。大人が長時間座っていられるリアの2座に加え、天地方向こそ短いが幌を下ろしても荷物が影響を受けにくい131〜最大172リットルのトランクを備えている。幌を閉めた時の静かさや快適性まで含め、ファーストカーとしても事足りそうな、稀有の4座オープンといえる。

3120万円のプライスタグは決して安くないが、同じパワーユニット仕様のグラントゥーリズモが2998万円であることは心に留めておきたい。スポーツカーやハイエンドGTの多くは生活感を感じさせないものが多いが、グランカブリオはまとっている優雅な生活感ごと、卓越した存在なのだ。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
オススメ度:★★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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