マセラティ グラントゥーリズモ・トロフェオ 75th Anniversary Edition《写真撮影 雪岡直樹》

昨今、『レヴァンテ』と『ギブリ』のV8版がいよいよフィナーレを迎え、トップ・オブ・パワーユニットが新たな3リットル・V6ツインターボ「ネットゥーノ」へと世代交代したマセラティ。ネットゥーノはここ2年来、『MC20』を皮切りに『グレカーレ・トロフェオ』、そして昨冬に日本上陸を果たした『グラントゥーリズモ・トロフェオ』と同「モデナ」に搭載されている。

V8から2気筒が減じられたことに、ここにもダウンサイジングの波かと、複雑な想いを抱く昔からのファンもいるかもしれない。そこでV6ツインターボという選択が、決して時代の求めに妥協して小さくまとめた判断でないことを証明すべく、マセラティ・ジャパンは4月上旬、袖ケ浦フォレストレースウェイで上記3車種の比較試乗会を行った。サーキットで3種類のネットゥーノ、V6ツインターボの仕様違いを試すことが、そのプログラムだ。

◆リッターあたり210ps、「プレチャンバー燃焼システム」採用のネットゥーノ
というのも、MC20/グラントゥーリズモ/グレカーレそれぞれに搭載されるネットゥーノは、トルク&パワーといったスペックも、ドライサンプかウェットサンプか、組み合わされるトランスミッション&駆動方式、あるいは気筒休止機構の有無など、すべて仕様が異なっている。共通するのはF1由来のテクノロジーであり、マセラティが世界で初めてロードカーのエンジンに採用した「プレチャンバー燃焼システム」だ。

ネットゥーノは無論、直噴エンジンだが、通常のエンジンにない要素が3つある。メイン燃焼室の脇に備わり、低速走行時の燃焼を担うPFI(ポート・フューエル・インジェクション)とその電極、さらに従来型のメイン燃焼室とスパークプラグ電極の間に、副燃焼室(プレチャンバー)が設けられている。

高速走行時には、GDI(ガソリンダイレクトインジェクション)噴霧された混合気はまず副燃焼室で点火され、その火炎は狭い穿孔を通じて火炎放射器のように一気に、メインチャンバー内でムラのない燃焼として素早く広がる。低速域>高速域へとエンジンの負荷が上がるにつれ、燃焼を担う割合はPFI>GDIへ切り替わるが、つねに理想的な燃焼を実現するこの機構と制御が「MTC(マセラティ・ツイン・コンバスチョン)システムというわけだ。

ある意味、往年の多気筒ツインスパークの流れを汲むようなテクノロジーだが、最適化された直噴と理想的な燃焼を細かく滑らかに使い分けることで、より高度なアウトプットを導き出すハイメカニズムなのだ。その証拠に、MC20クーペ/チェロが搭載するドライサンプのネットゥーノの630psは、3リットルツインターボながらMC12、つまり20年前の6リットル・V12ユニットのアウトプットに肩を並べる。リッターあたり210psもの高効率パワーユニットなのだ。

◆スーパースポーツだけどGTという懐の広さ「MC20チェロ」
試乗の1番手として相まみえたのは、リトラクタブルトップを閉じた状態の「MC20チェロ」だった。ドライサンプでトランスミッションも8速DCTが組み合わされているが、最大の特徴はミッドシップ、しかもカーボンモノコックのバスタブボディに積まれることだろう。

低く構えた佇まいにシザースドアゆえ、スーパースポーツらしい主張はあるが、乗降性は上々。コクピット内もスパルタン過ぎず、アルカンターラとカーボンのコントラストが優しく、むじろエレガントさや快適さの方が際立つ。

先導車に導かれてコースインし、まず驚いたのはピッチングの柔らかさ、ロールのしなやかさと、ステアリングの自在感だ。スーパースポーツだがマセラティらしいGTの一面も覗かせる。サーキットとはいえ高めのギアを選んで巡航する限り、背後のネットゥーノは、そのスムーズなビート感で際立つ。

しかしドライブモードを「GT」から「スポーツ」にして、裏のストレートでアクセル踏み込むと、ネットゥーノは荒ぶるトーンに変化する。シフトアップ時にはバブリングを響かせ、変速ショックも強めに伝えてくる。2〜3速でコーナーを息の長い加速で立ち上がっていくと、腰元から後輪の力強いトラクションが、背後のカーボン隔壁からは硬質のエキゾーストノートが伝わってくる。その先に「コルサ」や「ESCオフ」、ルーフを開け放つオプションをまだ残しつつも、天にも昇る心地は確かに味わえた。

刺激の度合いまでコントロールできそうな幅の広さをもつ快感装置、それがMC20チェロの印象だ。

◆精緻さと連射砲のような豪快さが同居する「グラントゥーリズモ・トロフェオ」
続いて最新モデルでカブリオもやがて追加されるであろう、「グラントゥーリズモ・トロフェオ」に乗った。MC20の直後ゆえ、クーペのインテリアの世界観は一気にGT寄りに見える。タッチディスプレイを含め装備や機能が豪華になり、4座のパッセンジャーディスタンスもタイトではなく、ほどよく包み込まれるようなインテリアで、パワーユニットの存在を唯一感じさせるのは、大きく高めのセンターコンソールのみ。フロントボンネット下に収まるこちらのネットゥーノはウェットサンプの650Nm・550ps仕様で、トルコン8速ATと組み合わされている。

ミッドシップからフロントエンジンの4WDに乗り換えたものだから、重厚な、悪くいえばもっさりしたドライバビリティを予想していたら、心地よく裏切られた。まずフロントミッドシップで前後重量配分ほぼ50:50と、グラントゥーリズモのパッケージングは動的な筋の良さを誇る。そこにネットゥーノの挟角90度のV6ならではのコンパクトさと軽さ、さらに65%はアルミで構成されマグネシウムなども用いた低重心設計のボディ、剛性の高さも加わる。しかもドライならほとんどリア寄り100%の駆動配分で、それらが高度にバランスしている事実を思い知らされた。

グラッと危なげに踏ん張るのではなく、ユラリと軽快に質の高いロールをともない、グラントゥーリズモはノーズをインに向けていく。サーキットでも素晴らしくニュートラルなハンドリングだ。巡航時は音楽のようにジェントルだが、アクセルを踏み込んだ際のエキゾーストノートは、MC20の乾いたトーンから一転、粒感がありながらも野太く、精緻さと連射砲のような豪快さが同居している。

MC20チェロと比べ+120kgの車重で同じようなペースで走らせている分、グラントゥーリズモの方が高回転寄りを使えた。スポーツモードでは明らかに7000rpm手前で、決して広くはないパワーバンドの伸びがあって、オン・ジ・エッジの感覚で走る刺激がある。ここが高回転域における、フェラーリやアルファロメオらと一線を画するマセラティならではの味で、周囲を圧するように轟くエキゾーストの唸りと、キチンと芯出しされた重厚なクランクシャフトが精密にブン回る感触が、オーバーラップするのだ。

◆SUV、なのに痛快スポーツカー「グレカーレ・トロフェオ」
そしてこの日最後に乗ったのが、「グレカーレ・トロフェオ」だった。前の2車より当然、視線も高いが重心も高い。サーキットで徐々に重心が上がっていく比較試乗だと、フツーに考えたら尻すぼみの印象となりそうだが、グレカーレ・トロフェオの痛快な走りに、思わず笑ってしまった。

積まれるネットゥーノは、ウェットサンプで620Nm・530psと、グラントゥーリズモより少しだけ控えめな仕様。グレカーレのホイールベース2900mmは30mmだけグラントゥーリズモより短いが、同じくフロントミッドシップ気味の低重心設計で、前後重量配分も53:47とバランスがいい。FRプラットフォームであるジョルジオを用いたリア駆動寄りのAWDである点も同じだが、車重は2030kgとグラントゥーリズモ・トロフェオ比で+160kgとなる。

SUVゆえ、グレカーレの1660mmという車高はグラントゥーリズモの1410mmから+25cm、MC20チェロの1210mmから+45cmも高くなっている。なのに信じられないことだが、コーナリングの感覚は地続きのところがある。締め上げられた足まわりでもないのに、2トン強のボディに対してピッチとヨーのコントロールが緻密そのもので、新世代マセラティのシャシー調律の質の高さを、認めないわけにいかない。ポルシェ『マカンGTS』よりエレガントでパンチが効いていて、ジャガー『F-PACE SVR 575』よりも軽快、そういう動的クオリティの高さだ。

中回転域を使いながらの高速クルーズでは、ネットゥーノは猛獣がノドを鳴らすようなヴロロロ音を、心地よく響かせる。だがパドルシフターで積極的にシフトアップ&ダウンを繰り返すと、回転を引っ張り上げる分、メリハリのついたサーキットランが楽しめる。絶対的な速さはグラントゥーリズモに2歩ほど譲るだろうが、同じくSUVのレヴァンテがGTライクとすれば、ずっとスポーツカーに近い。日常的に公道でも遊びやすく実用性も高いとなれば、この日のネットゥーノ3兄弟の中でグレカーレ・トロフェオが、もっとも万能ですらある。

3車3様の仕立てを乗り比べて思ったのは、ネットゥーノには同じくモデナの名産品、バルサミコ酢のようなところがある。サラダ用のしゃびしゃびしたものから、時には火にかけて軽く酸を飛ばして和えたり、デザートやフルーツの甘みを引き立てる粘り気の強いものまで、それこそテクスチャーも味の凝縮度も熟成年数に応じて異なる。用途も無限というかの調味料は、つねに料理の脇役ながら、これという味を醸し出すのに絶対に欠かせない。荒業ができるエンジンありきの事大主義ではなく、マセラティ伝統の力強く洗練されたスポーツ性やパフォーマンスを今日に再現するのに、ネットゥーノは欠かせない要素となっているのだ。

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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