ヤマハ トレーサー9 GT+のACC、レーダー連携UBSを試す《写真撮影 宮崎壮人》

ヤマハのスポーツツーリングモデル『トレーサー9 GT』に、運転支援/先進安全技術が加わり『トレーサー9 GT+』へと進化した。ヤマハ初のACC、そして進化したユニファイドブレーキシステムなどを搭載し、ツーリング性能を高めたという新型トレーサー9の実力とは? テストコースでの試乗から検証していこう。

◆ミリ波レーダー搭載で滑らかな制御のACC
トレーサー9 GT+で追加された主な装備は、(1)「アダプティブ・クルーズ・コントロール」(以下ACC)、(2)「新型ユニファイドブレーキシステム」(以下レーダー連携UBS)、(3)「新型クイックシフター(第三世代)」(以下QS)、(4)「新形状新ハンドルスイッチ」、(5)「7インチ高輝度TFTメーター」など。

(1)と(2)に関係する車載センサーには77GHzミリ波レーダー(ボッシュ製)を用いた。搭載場所はヘッドライト下部で左右のコーナリングランプ中央部分に位置する。

(1)トレーサー9 GT+のACCは、他社の二輪車ACCと比較して非常に滑らかな加減速制御を行う。加えて、電子制御サスペンションにはピッチングを抑えたダンパー減衰特性となる「ACC作動専用モード」を設け、快適なフラットライドを提供する。この連携も特徴のひとつだ。

今回は80km/hで走行する前走車に対して120km/hに車速を設定(上限は160km/h)。その状況で、「追従減速」、「追従強減速」、「離脱加速」、「追従走行時の割り込み」のシナリオを体感した。車間時間は1秒、1.2秒、1.6秒、2秒の4段階から設定可能で、走行状況に応じてライダーが選択する。

◆気になる追従時の減速は?
ACCでは、システムによるアクセルやブレーキの制御内容が評価されるが、「追従減速」では、滑らかな制御が光った。減速プロセスは他社の二輪車ACCと同様ながら、その制御がきめ細かい。他社と同様にスロットルオフ、次にブレーキ制御と段階を踏むのだが、スロットルはより丁寧に閉じられ、ライダーが不安を抱かないスムースなブレーキ制御へとバトンを渡す。

制御は前後輪ブレーキに介入するが、後輪ブレーキをわずかだが先に作動させる。これにより、車体をやや沈み込ませたライダーと車体の安定性を考慮した減速が行える。ここでは緩い後輪ブレーキ操作でもジワッと沈み込むトレーサー9 GT+特有の後輪サスペンションジオメトリーも効果的に働く。

「追従強減速」では、システムが許容する最大減速度3.5m/s2(≒0.35G)を体感する。なにより良かったのは前走車の減速をいち早く察知してスロットルを閉じること。これによりエンジン音が低下し、同時に身体に伝わるエンジン鼓動の周期が変動することから、ライダーとしては「おっ、前走車が減速したな」と心構えができる。

今回は危険を安全に体感できるテストコースでの走行なので、前走車の減速タイミングに目を凝らしていたが、目視で認識するほぼ同じタイミングでスロットルオフが始まっていた。こうした緻密な制御が実現すると、エンジン音や鼓動が立派なHMIになるのだと感心しきり。

◆ベテランライダー顔負けの加速プロセス、割り込みへの対応も
「離脱加速」での発見は、ベテランライダー顔負けの加速プロセスだ。巡航状態から一転、「加速態勢に移れ!」という指令がエンジン制御を司るECUに伝わると、トレーサー9 GT+はまずスプロケットの山を噛みしめるようにわずかに増速。そして数百ミリ秒後、駆動チェーンのたるみが吸収されるタイミングを見計らって速度の上乗せを開始する。

同時に、エンジン音や鼓動も小波が徐々に大きくなるように押し寄せるから、「ちゃんと加速してますね」とライダーは瞬時に体感できるのだ。上手いライダーのスロットル操作は“あてがう”さまが見事だが、トレーサー9 GT+のシステムはいとも簡単にそれをやってのけた。

「追従走行時の割り込み」は、実際の道路環境でも頻繁に遭遇する。今回のテストでは、トレーサー9 GT+の右車線を併走する四輪車が、トレーサー9 GT+と前走車の中間位置に割り込んでくるシナリオで体験した。

システムが、ゆっくりと割り込んでくる四輪車に対して減速制御を開始したのは(筆者の体感では)トレーサー9 GT+の右斜め前1.5m付近から。その後、割り込み車両との距離をとるべく追従減速で体感した丁寧な減速プロセスを披露する。強引な割り込みにはライダーの回避動作が必要だが、運転支援として十分に頼れる機能だ。

◆操作性が向上!新形状のハンドルスイッチ
ACCではもうひとつ大切な確認事項がある。システム作動時のライダー操作によるオーバーライドだ。トレーサー9 GT+の場合、追従走行時にライダーがスロットルを開けると、いつものライディング時と同じように加速する。システムとの干渉やスロットル操作に対するギクシャク感もゼロだ。

(3)QSとの相性も高い。作動可能な速度とギヤ段には物理的な制約があるが、ACCシステムが作動中であってもシフトアップ/シフトダウンを受け付ける。

(4)新形状新ハンドルスイッチでは、ACCの操作性が第一に考慮された。車速設定は、左スイッチボックスにある増速/減速ボタンそれぞれで行う。車間時間設定は、左人差し指で操作する位置に専用ボタンが設けられた。増速/減速ボタン、車間時間設定ボタンはいずれも配置がわかりすやく、厚手のグローブ(試乗時は雨天だったのでレイングローブ装着)でも、グリップ位置や握る力を変えずに操作できた。

ACCのオン/オフもわかりやすい。ライダーが前後どちらかのブレーキ操作を行う/クラッチレバーを1.2秒以上握る/スロットルを戻す方向へ捻ると、システムの作動がキャンセルされ、ACCのメインスイッチ操作により機能はすべてオフになる。

◆レーダー連携UBSのねらい
次に、直線路にコースを移動して(2)レーダー連携UBSをテストした。ヤマハ発動機では前後連動ブレーキをUBS(Unified Brake System)と命名し各モデルに搭載している。

トレーサー9 GT+では、そのブレーキシステムを電子制御化。さらに、ピッチ/ロール/ヨー角速度/前後加速度/左右加速度/上下加速度を緻密に捉えるヤマハ内製の6軸IMU(Inertial Measurement Unit)の情報と、ミリ波レーダーの情報も連動させた。

その狙いは明確。1km/hでも素早く速度を落とし危険から遠ざかることだ。ミリ波レーダー+6軸IMUの情報から、ライダーによるレバーやペダルのブレーキ操作が不足しているとシステムが判断すると、車体のバンク角や速度に応じ、アクチュエーターが前後ブレーキ力をアシスト(追加)して速度を落とす。

すばらしい先進安全技術だが、レーダー連携UBSはブレーキ力のアシストが制御内容のすべて。ライダーのブレーキ操作がなければ働かない。よって、人の操作がなくとも介入する衝突被害軽減ブレーキとは異なる。しかし、それでも筆者にとって効果は絶大だった。

◆レーダー連携UBSの実力を3つのパターンで検証
今回は制御プロセスの体感がしやすい【A】〜【C】の3パターンをテストした。

【A】50km/hで走行している前走車(今回は四輪車)に近づき過ぎてしまった状況(約1.5m)を作り出し、ここでライダーが後輪ブレーキのみを踏み込む。市街地走行で減速させるようなペダル操作を行うと、最初に後輪の制動力が立ち上がり、ほぼ同時期に前輪ブレーキが自動的にアシストされ(=レーダー連携UBSが作動して)減速度が一気に高まる。設計上の最大減速度は6m/s2(≒0.6G)とのこと。一般的な後輪ブレーキ操作だけでの減速度は乾燥した舗装路で4m/s2(≒0.4G)以下だからレーダー連携UBSの効果は大きい。

【B】20km/hで走行する前走車に対して50km/hでトレーサー9 GT+が接近する。通常よりも近づき過ぎたと感じたところでライダーが後輪ブレーキを作動させると、やはり前輪ブレーキが自動的にアシストされ(=レーダー連携UBSが作動して)減速度が高まった。

ここで、現場の技術者に許可を得てレーダー連携UBSが作動した状態から、ライダーである西村直人が前輪ブレーキレバーを握ってみた。試してみると速度低減効果は倍増。ライダーとトレーサー9 GT+が協力してABSを働かせながら、もてる最大限のブレーキ力を発揮して速度を落とすことができた。

【C】前走車なしの状態で後輪ブレーキのみを使いUBSのみを作動させる。赤信号で停止するようなペダル操作ではUBSは作動せず、通常の後輪ブレーキのみが作動する。次にABSが働くほど強くペダル操作を行うと、後輪がロック傾向になるタイミングで前輪ブレーキが自動的にアシストされ、全体の制動力が大きく向上した。

画面表示もわかりやすい。システムが“より危険な状況に近づいている”(システムによる減速では接触の可能性が高まる)と判断した場合には、ACC/レーダー連携UBSともに、(5)7インチ高輝度TFTメーターいっぱいに、ライダーによる回避動作を要求する画面を表示する。

レーダー連携UBSでは急制動時の車体安定性能を高めるため、電子制御サスペンションとも連動する。急制動時、前輪ダンパーは縮み抑える方向に、後輪では伸びを抑える方向に瞬時にダンパー内部のソレノイドバルブを動かして減衰特性を変更する。二人乗り時や、サイドケースやトップケースに荷物を満載している時など、荷重変動が大きくなる場面でのピッチング抑制にも効果的だ。

◆悪条件になるほど「人と機械の協調」が大切になる
今回、トレーサー9 GT+で体感した運転支援/先進安全技術を通じて、事故を抑制するという目的は四輪車と同じでも、二輪車はエンジン音や鼓動をHMIとして活用するなど異なるアプローチが重要であるとの結論に至った。雨天下での試乗も機能を知る上では好都合で、悪条件になるほど人(ライダー)と機械(トレーサー9 GT+)の協調運転が大切になる、この理解が進んだことも収穫だった。

ヤマハ トレーサー9 GT+のACCを試す《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 「追従減速」では、滑らかな制御が光ったヤマハ トレーサー9 GT+のACC《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+に搭載されたミリ波レーダーと西村直人氏《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+のレーダー連携UBSを試す《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+のレーダー連携UBSを試す《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+のレーダー連携UBSを試す《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+ プロジェクトリーダーの笠井聡氏《写真撮影 宮崎壮人》 トレーサー9 GT+の新ハンドルスイッチ。ACCでの操作性を第一に考慮したものに。《写真撮影 宮崎壮人》 トレーサー9 GT+の新ハンドルスイッチ。ACCでの操作性を第一に考慮したものに。《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+に搭載されたミリ波レーダー《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 トレーサー9 GT+は上位グレードにあたるため、細かい部分のブラック塗装の追加など質感も向上《写真撮影 宮崎壮人》 アップデートしたブレーキシステム《写真撮影 宮崎壮人》 ブレーキペダルも従来のトレーサー9 GTとは異なるものを装備《写真撮影 宮崎壮人》 ブレーキペダルも従来のトレーサー9 GTとは異なるものを装備《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 シート形状も見直された《写真撮影 宮崎壮人》 オプションを装着したヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 サイドケースのステーにはダンパーを採用。高速走行時の安定に貢献する。《写真撮影 宮崎壮人》 オプションを装着したヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》 ヤマハ トレーサー9 GT+《写真撮影 宮崎壮人》