VW ゴルフR 新型《写真撮影 中野英幸》

ふり返ってみれば電動化・EV化に彩られた2022年だった。とはいえ視界をワイドに見渡してみると、欧州メーカーの中でも急速に電動化へ舵を切ったように思われがちなフォルクスワーゲン(以下VW)は、『ティグアンR』にマイナーチェンジした『ポロGTI』、そして『ゴルフR』を、ハッチバックとヴァリアントそれぞれに投入するという、じつはスポーツモデル強化の一年でもあった。

EV第1弾たる『ID.4』がローンチ直後から反響も上々で、かつEUのエネルギー政策に現実的な修正圧力が働いている情勢を鑑みると、VWが今後のラインナップを「2軸展開」と言い表わしていたことは強く印象に残った。電動化モデルとICE、どちらか一方だけに肩入れするでなく、それぞれが並行した相互補完的な選択肢としてユーザーの前に居並ぶイメージだ。

今回試乗した「ゴルフR」のハッチバック版は、TSIにTDIそしてGTIが先に導入されていたゴルフ8シリーズの、画竜点睛といえるモデルだ。GTIとRの違いを一層、強く意識させるものだった。ゴルフ8世代の「R」も、確かゴルフ7の時と同じく「史上もっともパワフルなゴルフ」という触れ込みで登場してきた。

◆エンジンが主役ではなくなった新世代の「R」
エンジンは先代と同じく直噴2リットルターボの「EA888」がベースだが、7世代目のRが「エボ3」だったのに対し、インジェクションやフリクション低減などを見直した「エボ4」世代。ゴルフGTIにも同じくEA888エボ4世代が搭載されているが、あちらの240ps・370Nmに対し、ゴルフRでは320ps・420Nmにまで引き上げられている。

それにしても「32」という数字の並びには、ゴルフRの系譜に先立つゴルフ4〜5世代の「R32」を連想しないではいられない。無論、最初の6気筒搭載ゴルフとなったゴルフ3のVR6も存在したし、ゴルフ6の時代から「ゴルフR」に改められると同時に、挟角15度の6気筒エンジンは直列4気筒ターボに置き換えられたが、当時の2リットル直4ターボは256ps。ひとつのシリンダーブロックに垂直ではなく斜めに3気筒づつ互い違いに挿し込んだような、あの特殊な3.2リットルのV型6気筒よりもハイパワーだったのだ。何が言いたいかといえば、先代Rの時代から、エンジンが主役のゴルフR、ではなくなっているのだ。

ブルーをテーマカラーとするシート&内装は、さすがゴルフ8世代だけあって静的質感は高い。起毛素材をサポート部に用いたR専用ファブリック&マイクロフリースシートは適度にスポーティだが、乗り降りの快適さを損ねるものではない。とはいえコクピットにRらしい特別仕立てとしては、最新のポロGTIとインサートやバッジのあしらいが異なるだけであろう3本スポークステアリングと、10.25インチのデジタルメータークラスター内の中央に表示されるRのロゴのみ。

あとは外観で、ブルーとLEDの二重ラインのアクセントがボンネット寄りに入るフロントマスクやR専用のアンダーグリル&バンパー、19インチの専用ホイールとブルーのブレーキキャリパー、そしてデュアルツインで4本出しとなるエキゾーストパイプといったところだ。

◆「汗をかかせない」余裕の走りの理由
じつは同日で直前に試乗していたポロGTIが「スポーツの汗をかかせる」方向とすれば、ゴルフRは真逆で、「汗をかかせないこと」に重きがある。加速にしろ減速にしろ、低速での操舵フィールから高速道路での巡航、コーナリングまで、何をするにも造作なく遂行され完了してしまう、そんな印象が強い。グランドツアラー志向の動的質感だが、徹底して冷静沈着なキャラクターといえる。

コーナーひとつ曲がるにしても徹底してニュートラル。操舵に対するドライバーの負担が元より軽減されている上に、前輪のステアリングフィールにクセがなく、しかも後輪がすぐさま追従してくる。とはいえワインディングでは切れ味よさより安楽さが先に立つし、巡航時の静粛性や追越のための中間加速の力強さといった辺りでも、GTらしい余裕が際立つ。

何がそう感じさせるかといえば、それなりにドスの効いたエキゾースト音を発しはするが、ブリッピング音はドライビングプロファイル機能を「レースモード」にした時のみで、普段はむしろ大人しいエンジンのせいもある。ただし、それがすべてではない。底なしに限界の高いオンザレールのハンドリング感覚の理由は、3要素ほどある。

まず100:0〜50:50の範囲で前後トルク配分を行う4モーション、つまりフルタイムAWDのスタビリティに帰せられる。ふたつ目は、後車軸に配された2つのマルチプレートクラッチによるRパフォーマンストルクベクタリングが、左右後輪のトルク配分を最適化コントロールするため。三つ目は、元よりプログレッシブステアリングの操舵に対する入力具合の変化が自然で、いかにも効いている風でないところも、秀逸だ。

◆コンシェルジュ的存在の強くなった感覚
ゆえにゴルフRで究極的に、主役といえるメカニズムというか機能は、逆説的だが機械的なものではなく、「ビークルダイナミクスマネージャー」と呼ばれる統合制御システムであると感じる。最適化プログラムといえばそれまでだが、車速やエンジン出力、操舵角や横G、ヨーレート等々の多岐にわたるセンシング情報を、多様なパラメーターで、いわばアダプティブシャシーコントロールDCCでドライバーが選んだモードに応じて、スポーツ走行から快適性重視の走りまで、最適解を導き出す。

喩えていうなら、もう操作入力に対してギタンバコンと機械や電気や油圧を介して動き出すカラクリ仕掛けの問題ではなく、それをどう運用するか?を司るインテリジェンスの介入、いいかえればダイナミクス領域で大概の面倒をみてくれるコンシェルジュ的存在の強くなった感覚が、ゴルフ8のRにはある。その先にはもちろん、VWが開発を進める新しいメカトロニクス・プラットフォームであるSSP(スケーラブル・システム・プラットフォーム)や、「CARIAD」の名で立ち上げたソフトウェア開発に繋がっているだろう。

これらは無論BEVが前提の開発とはいえ、ICEでありながら統合制御の粋を集めたようなカッティング・エッジ感を漂わせるのが、ゴルフRなのだ。一方で、ブレーキディスクの径を先代より1インチ大きくして、絶対的な制動力キャパシティを上げている辺りも、シブいというか抜け目ない。運用領域を拡大しつつ、外観のスポーティさを一層引き立てる部位だ。

◆パワートレインと相性が良いのはヴァリアント?
今回はハッチバックのみの試乗だったが、感触からいってゴルフRヴァリアントRの方がこのパワートレインや動的質感とおそらく相性がよく、その魅力を引き出して走れるのではないか? ちなみにゴルフRの車両価格はハッチバック639万8000円に対し、ヴァリアントは652万5000円。絶妙に悩ましい、価格差といえる。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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