シトロエン ベルランゴXL《写真撮影 南陽一浩》

新型ルノー『カングー』の日本仕様も発表され、日本でもすっかりフツーの選択肢として定着してきたフレンチMPV。カングーが西の横綱とすれば、対を成す東の横綱は当然シトロエン『ベルランゴ』だ。

昨今では国産のハイブリッド・ミニバンにパクリ疑惑がもちあがるほど、まだ日本ではお洒落案件として話題になりがちでデザインの類似性にも注目された訳だが、国産の「それっぽい」トリミングを見てフランス的と思える人が大多数という時点で、元ネタのフランス車のこともフランスのことも、まだまだ知られていないのだな、と思う。

人気のベルランゴに設定された7人乗りの「XL」
フレンチMPVのフランス的な面白さは、むしろトリミングとは真逆で、フレームアウトしていく自由にある。かなりの程度、想像の埒外の用法にも耐えられるが、いわゆるミルスペック的な高規格とかヘビーデューティじゃなくて、いなして受け止めるような柔らかさと優しさ。でも裏で「フフフ、それは計算済みですよ」と、開発陣が隠微な笑いを浮かべていそうな確信犯の茶目っ気とでもいうか。

今回、フランスで試乗してきたのはベルランゴはベルランゴでも『ベルランゴXL』。7名乗車の3列シートをロングボディに収めた「シャイン」ベースのXTR仕様で、1.5リットルターボのBlueHDi 130psディーゼルを積む。じつは本国ではショートボディの方を「サイズM」呼ばわりしていたりする。これまで並行輸入のみだったが、ついに正規輸入も展開する見込みが立ったようだ。

ロングぶりが分かりやすい真横から眺めると、前端からリアドアまでのパートはエアバンプ含めて5人乗りショートボディと同じだが、リアフェンダー前後とCピラーが明らかに厚くなっている。それもそのはず、ホイールベースは2975mmと5人乗り仕様の2785mmに対して+19cmも延びており、全長はさらに4405mm(日本発表値)に対して4753mm(欧州発表値)と、約35cmものストレッチ。日本発表値の寸法は概して本国より1〜2mmほど大きい数値になっているが、ほぼ正方形プロポーションの全幅×1850×全高1850mm(欧州値は1848×1849mm)は変わりない。

シートだけじゃなく荷室も25%増し!
横から見て気づくのは、17インチの後輪とフェンダーアーチの隙間が5人乗りモデル以上に空いている点。リアサスのプリロードがより強められているということか。無論、走行安定性のためもあるだろうが、ペイロードを増すのと、伸びたホイールベースに対してデフォルトの前傾姿勢で前輪の初期応答性を高めるのと、どちらの狙いもあるだろう。

実際、日本の乗用車登録なら問われない最大積載量は、5人乗りベルランゴの2270kgに対してXLでは2320kgと、+50kg。ただし3列目シートは取り外し可で、乗車定員に食われていた分を積み荷に回すことも当然可能。ようは乗員のアタマ数やスペースの広さだけでなく、積み荷の重さという質量にも対応するからこその「XL」なのだ。

ちなみに荷室容量はトノカバー下のスペースだけで、5人乗り597リットルに対しXLは850リットル。しかもこれは3列目シートを畳んだ状態で、取り外せば容量は1050リットルにまで増える。2列目を畳んだ状態での最大値は、従来モデルが2126リットルだったところを、XLなら2693リットルにまで達する。+567リットル=25%以上増しなので、容積の上ではもう一台分の荷室が加わったようなものだ。まさしくXLなサイズ感。

そもそも現行世代のフレンチMPVは、欧州Cセグベースで、ベルランゴXLも当然ステランティスのEMP2プラットフォームに基づいている。皮肉にもそれは、欧州でトヨタが『プロエース』として買い入れているプラットフォームなので、Bセグ相当のミニバンと比べるべくもない規格に準拠しているといえる。

シートアレンジの使い勝手に感心
コクピットに収まった印象は、ショートボディのベルランゴと差はない。むしろ『C4カクタス』以来の助手席側ダッシュボード上のストラップとか、商用車と少し差をつける工夫もぬかりない。ショートボディのベルランゴにあったオーバーヘッドコンソールのような収納はないが、スペース優先がXLらしさなのだろう。むしろそこは広い空間を利して、2列目の頭上の両サイドに設けられたフック受けなどを使ってカスタムしたくなるところだ。

それにしても、シートとそのアレンジの使い勝手よさには感心させられる。2列目をシート肩口のレバーで倒すのはお馴染みだが、3列目の2脚は蛍光イエローのレバーを引けばシートバックが前倒する。さらにハッチゲート側に回って後脚の支持部、2本バーを握ると、後脚側の支点2か所がロック解除され、前方に回転チルトして2列目に寄せられる。このポジションで走行中に倒した3列目シートが動かないよう、固定も効く。

またこの状態では、前脚列に凸のあるレバーが現れるので、それを引けば前脚2点のロックも外れて、3列目シートがまるっと取り外せる。戻す時は逆に前脚>後脚の順にガチッと嵌め込むだけ。恐ろしく直観的かつイージーな使い勝手で、操作方法を忘れてもその都度、思い出せそうだし、よほどガサツに扱って金具を曲げたり壊したりしない限り、問題なさそうな点もいい。しかも3列目シートは前後スライドするので、大人も座れるほど足元の広い、しかも頭上スペースにも恵まれた、他ではちょっとお目にかかれない3列目といえる。

ダックスフント化でもなぜ扱いやすいのか
そして走りについてだが、ドライバーズシートから眺める前方視界は5人乗りバージョンと変わらず、開放感ある視界が広がる。するとヘッドアップディスプレイはやはり、情報を求めて視線を移動させなくていい分、走行中にラクだと感じた。ピッチングは明らかに抑えられ、よりゆったりした乗り心地なのに、ボディの軋みやドタバタした剛性不足の感はない。

ホイールベースが長くて回転半径も増えたのは確かだが、ショートボディでも回転半径5.5mはあるので、それが5.75mになってもヘンな話、誤差でしかない。内輪差には多少なりと気を使うが、ボクシーなボディと商用車譲りのドアミラーゆえ、さらにカメラによるアシストで、取り回しに苦労した記憶はない。むしろ重い上モノを少なからず背負っているはずなのに、低重心シャシーのハンドリングの鋭さに面食らったほどだ。

そう、笑ってしまうのは、ダックスフント化したプロポーションは明らかなのに、なぜこうもステアリングの微舵領域が落ち着いていて、いざ曲がりくねったセクションに入っても、ビシッと狙ったラインをトレースできるのか? 指2本分ぐらいの微舵をあてただけで、ハラリと枯葉が落ちるようなリズム感で車体がヨーを食ってロールしては、なぜか怖くない程度のところでキチンと速やかに、サスペンションが踏ん張り始める。もちろん手元の動きは止まるか、追い舵を探すところ。どちらを選んでも姿勢変化はスローで安定したまま、高速道路のコーナーでも街中の大きくないランナバウトでも、それなりに柔らかい足のはずなのに、扱いやすく望んだ姿勢がすぐに作りやすいのだ。

もちろん5人乗りショートボディより、7人乗りロング仕様は動的質感として、さすがにキビキビとはしておらず、ややゆったり動く印象。だがディーゼルのトルクによる加速パンチはどの回転域でも呼び出せるし、110km/h巡航で1800rpmという静けさも、特筆モノだろう。300Nmを絞り出すディーゼルの低中速トルクのピックアップよさも、鋭過ぎずすこぶるいい。鋭敏過ぎないからリラックスできる範囲と応答性で、操れる。

既存のミニバン・ドライバーにこそ乗ってみて欲しい
新たなる規格外フレンチMPVの走りを誰に勧めたいかといえば、アウトドア好きで多かれ少なかれキャンプのベテランみたいなお父さんはもちろん、自分では運転が苦手だと思っているクチの女性を含む、既存のミニバン・ドライバーにこそ乗ってみて欲しい。燃費さえ良ければミニバンでもMPVでも、運動性能なんてどの車もドングリの背比べと考えているような人こそ、その差に驚くはずだ。

高速道路の山岳セクションや山道の下り辺りで、自分は運転が苦手とかヘタだったのではなく、これまでの車のせいだったことが、ベルランゴXLに乗るとはっきり実感できるだろう。室内の広さや居住性は無論、近しい人や多くの荷物を積んで走る時まで、その差は歴然どころか、強烈な安心感となって返って来るのだ。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア居住性:★★★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
おすすめ度:★★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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