GMC ハマーEV《photo by GMC》

わずか2年半での開発を実現した「アルティウム」とは
『ハマーEV』の概要が発表されたのは2020年秋のこと。翌年の春にはピックアップのみならずSUVの存在も明かされた。当初予定から若干遅れてピックアップのデリバリーが始まった現時点でも既に8万台近くの受注を抱えており、納期は米国内でも2年を超えるという。

いきなり大人気となったこのモデルの開発期間はわずか2年余という。このスピードを実現した最大の理由はアルティウムバッテリーを核としたモジュール構造の実現だ。

逆算すればハマーEVは、アルティウムの概要が決定しただろう2018年頃から開発が始まったことになる。その18年に遡ると6月に、GMはホンダと「次世代バッテリーコンポーネンツに関する協業」を発表していることが興味深い。技術的にも規模的にも、GMがアルティウムに費やしてきたリソースの大きさが感じられる。

ハマーEVのバリエーションは駆動モーターの搭載数やバッテリー容量により3グレードが設定されるが、それとは別に初期限定グレードとしてフルスペックを売りとする「エディション1」が用意された。が、こちらは受付開始から10分で完売。現在はこの受注分の生産に追われており、3グレードの生産には至っていないようだ。

スーパーカーも真っ青、冗談のような総合トルク1万5600Nm
というわけで今回、短時間ながらラフロードを中心に試乗が叶ったハマーEVのグレードもこのエディション1となる。そのプラットフォームは同じく生産が始まったばかりのキャデラック『リリック』と同じ、アルティウムバッテリーを軸にしたアーキテクチャーとなり、リリックがフロア面に12のバッテリーモジュールを並べていたのに対して、ハマーEVはそのモジュールを2段重ねとして24のバッテリーモジュールでフロア面を構成、バッテリー容量はリリックの2倍、200kWhとなる。

モーターはアルティウムアーキテクチャーを用いて大小幅広いサイズのクルマをカバーすべく、GMが専用開発した3つのうち、最も出力が高い255kWのユニットを使用している。前1、後ろ2の3モーター構成で、その総合出力は1000ps、総合トルクに至っては1万5600Nmと冗談のような数値をマークするという。

モーターの特性がゆえの側面も大きいため、数字は額面通りに内燃機と比べられるものではないが、オンロードで最もハイパフォーマンス状態となるWatts to Freedomモードでは、0-100km/hで3.2秒とスーパーカーも真っ青の動力性能を放つことも可能だ。命名の洒落っぷりはテスラを意識したという感じだろうか。ちなみにこれほどのバッテリーとモーターを抱え込むとあらば重量は4tを超えることもあり、それを支える車軸のハブは8穴となる。BEVをして、存在自体が圧倒的。いかにもアメリカらしい知らしめ方だと思う。

規格外こそがハマーの核心といわんがばかりに、その佇まいは独特だ。彼の地のメジャーサイズであるエクステンドキャブのピックアップに比べると、全長は短いが全幅は広く、ハマーらしく低めに構えたキャビンながら、BEVがゆえ駆動系の臓物が車内に居座ることもないため、その名からすれば居住性は至極こなれている。遠目にもそのプロポーションはちょっと異質で、彼の地の広大なフリーウェイでも目を引くことは間違いなさそうだ。

4tの車体でも脱兎の如き加速、カニ歩きも
試乗はGMのプルービンググラウンド内にある凹凸を織り交ぜたダートコースで行われた。ダートからのゼロスタートや低速からのフル加速では、破滅的なパワー&トルクの数値を感じさせず、路面を綺麗に捉えながら脱兎の如き加速をみせてくれる。言わずもがな、BEVならではの緻密なトラクションコントロールによって低ミュー路でもグリップが最適化されるがゆえの振る舞いだ。

コーナリング時は舵角や駆動状況に応じて後輪側の2つのモーターが差動状態に入るが、その制御も想像以上にこなれていて、ダートのコーナーでも強烈なパワーを持て余すことなく扱える。重心の低さもあって旋回時の車体の安定度もかなりのものだが、調子に乗ってグリップの限界を超えると、4t超えの車体がズパッとのしかかってくる。悪環境でBEVを走らせる際には、高度な電子制御の域を超えて挙動の掌返しを食らわないよう、物理的限界を見極める自制心が求められることを実感する。

ハマーEVのエディション1には最大10度の後輪操舵が備わるが、この機能を活用した「クラブウォーク」というドライブモードが設定されている。前輪の操舵角と同相側に10度の後輪舵角を組み合わせ、後輪の2つのモーターを同調させることで、低速時に斜め方向への平行移動的な挙動を実現したものだ。カニ歩きとはよく言ったもので、傍目でみても乗ってみても、その動きはにわかにクルマのそれとは思えない。エンジニアは効能としては狭い曲がり角での脱出やキャンバー走行時の姿勢安定などを挙げている。

日本導入の可能性は限りなく低いが…
ともあれハマーEVは、スペック、デザイン、パフォーマンスとあらゆる方向から、BEVでなければ出来ないことを示すことが大義だったのだと思う。もちろんその向こうには、肝煎りのアルティウムの猛烈な発展性を世に知らしめるというGMの狙いも見えてくる。従来の内燃機のアーキテクチャーであれば、キャデラック・リリックとハマーEVのような兄弟関係は考えられない。

なにせ吹っ切れた企画がゆえ、ハマーEVが日本にやってくるにはタイヤの露出に始まり様々な法規的課題がある。破格の重量ゆえ多くの整備リフトにも載せようがないだろう。インポーターも現状は導入の予定はないという。常識的には手に余るそれを我が物とする歓びを、BEVの時代になっても提供し続ける。いかにもアメリカらしい宣言だと思う。

■5つ星評価
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★★★
パワーソース:★★★★
フットワーク:★★★★
オススメ度:★★★

渡辺敏史|自動車ジャーナリスト
1967年福岡生まれ。自動車雑誌やバイク雑誌の編集に携わった後、フリーランスとして独立。専門誌、ウェブを問わず、様々な視点からクルマの魅力を発信し続ける。著書に『カーなべ』(CG BOOK・上下巻)

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