ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》

7月21日にヴェールを脱いだホンダの新型『シビックタイプR』。開発責任者の柿沼秀樹氏へのインタビュー前編では、開発時に掲げたコンセプト、そして2世代続けて開発を指揮したシビックタイプRへの思いについて聞いた。後編では、未来へ向かうシビックタイプRの姿に迫る。

タイプRを「サステナブル」にしたかった
開発責任者の柿沼秀樹氏の話を触りから聞いただけでも、新型『シビックタイプR』は決して予定調和のように最適化された商品企画や開発環境の中から、生まれてきた一台ではないことは、明らかだった。

「今日も第2世代と言い表していますが、ぼくは先代を預かった時から意識していたんですけど、タイプRをいわばサステナブルなものにしたかったんですよ」(柿沼氏)

搭載されるパワーユニットが最新の排ガス規制や求められる環境性能を満たすこと、というだけではない。タイプRを名のる以上、初めての市販タイプRだった『NSX』がスーパースポーツをその伝統から解き放ち、広く万人に解き放ったことと軌を同じくして、シビックタイプRは速さと同時に日常でも快適に使えることを先代から目指してきた、というのだ。

「もちろん速さやドライビングプレジャーで究極を目指すのが、タイプR。とりわけ第1世代タイプRというのは、速さ・プレジャーを磨くことに特化して、あとは全部捨てる潔さで、尖らせるという手法でした。でも今、この時代は、それをやるとガラパゴスというか、一部のお客さんにしか届かないし、企業としても成り立たない。そうやって狭めていくと、整理対象になってタイプRが無くなっちゃうんです。だからまず、タイプRを持続性のあるものにするには? 私自身、ずっとスポーツモデルの開発を色々と手掛けさせてもらって、ホンダというチャレンジングスピリットそのものとして、開発者にも必要でお客さんにも求められている車だと。性能でも販売台数の上でも、ホンダにとってタイプRは大切で、社内でもその存在を否定する人は皆無でしたね」

見た目から「タイプRの世界観」に入りやすくするために
先代と同様、専用の2ドア・ボディではなく4ドア・ボディを今次のモデルも標準採用している。それもこれも、タイプRのために専用ボディを用意するという負担をやりだすと、首を絞めることに繋がるからだという。

「実際、ボディ剛性という点では、ベースモデルのボディから、スポット増しや接着面を増やすこともしていません。それだけベースモデルの剛性が高いということです。先代からそうですが、ホットハッチが大人になった感覚というか、4ドアのファストバックの使い勝手のよさがタイプRにはむしろ必要です。それでもじつは、ベースモデルとタイプRの両者が、目に見える外観で共有しているのは、ルーフとフロントドアだけなんですよ。あとは全部、バンパーもボンネットもテールゲートも別仕立てです。テールゲートも同じように見えて、タイプRの方は鉄でなく樹脂ですけど、リアウイングが荷重を受けるためにゲート内部に専用の補強も入れています。だから結局、専用設計です。やはり最新のタイプRの価値を昇華させるには、そういう専用仕上げをやりつつ、でも事業として成り立つようバランスをとったというとこです」

だからこそ、新型シビックタイプRで、先代に比べて伸びしろがあったのは、デザインとボディワークの面が大きかったとか。

「乗り心地や日常性を犠牲にしない、という方向性は先代から乗り味として、グランドツアラー的なところを打ち出していたんですが、『乗るといいんだけど乗るまでに行かない』という、(デザイン上の)ハードルの高いところがありました。『乗るのに勇気のいる車だ』というフィードバックも寄せられていましたから」

先代の2017年モデルはグローバル販売台数で約4万7200台という歴代1位、2015年モデルのじつに6.3倍も売れた車だった。が、以前のような「カミソリスポーツ・ルック」を脱し切れていなかった外観の分、多少なりとも損をしている部分があったというのだ。

「乗っていただくと、こんなにフツーにも走れるんだ、乗り心地がいいんだ、絶対的な安心感の上で楽しめるといった印象が、意外性として後からついて来ていたんです。ですから今回は、見た目と乗り味を一体化させたかった。見た感じ・乗った感じの親しみやすさをデザイン上で一体にして、ギャップを飛び越えさせるのではなく、タイプRの世界観に見た目から入って行っていただく。そのためにリアスポイラーや空力デバイスはブラックアウトして、クルマ全体のプロポーション、シルエットとしてスリークに、広い部分だけすっと目に入ってくるような工夫をしています」

より良いものを生み出すための「モータースポーツ的なアプローチ」
柿沼氏のいう「Ultimate SPORT 2.0」そして「本質と官能」というキーワードを受け止めて、タイプRのエクステリアデザインを担当した原大氏は、その方向性をこう説明する。

「外観の上でベースモデルと共通のボディパネルは、フロントドアとルーフしかないんですね。というのも、トレッドを拡大して動的性能を向上させる開発の方向性と、オーバーフェンダーで4輪を包んでロー&ワイドのフォルムにすることは、機能とスタイリングを美しく一体化させること、つまり本質と官能を、デザイン的に一体感をもたせることに、まるで矛盾しませんでした。だからこそ先代以上のものを求めた時に、リアドアも専用でおこしてリアフェンダーとの繋ぎ・一体感を高めるという流れも、自然に生まれたんだと思います」

機能美と質感に、こだわりつつもやり過ぎないため、気をつけるために、スーパーGTのレースエンジニアに意見を聞きにいったこともあったとか。

「スーパーGTあるいはスーパー耐久といったモータースポーツ車両になった時のことを、強く意識しました。ノーマルモデルには付いていた空力デバイスや要素が、レース用に“エボって”最適化された別モノになるのは仕方ないですけど、取り払われてまったく無くなっていたりすると機能の無いものだった、機能的にゼロ、ということになりますから、それは避けたかった。リアフェンダーの手前、サイドシルスポイラーなどは実際、風切り音の低減にも貢献していますし、フロントフェンダーダクトも同じく機能パーツです。あとリアディフューザーを、フロアのかなり前方まで伸びる長い形状にできたので、高速域でのスタビリティにも機能的にかなり効いています」

他にも、グリル開口部からボンネット上のスクープにエアを抜きつつ、ヘッドライトから左右に分けるフロントフェイスの処理も、無駄なく見事。リアに目を移しても、ルーフ高より低い位置でありつつも前端を上方にベントさせることでエアの取り込み量を稼いだリアスポイラー、あるいはアルミダイキャストを採用し、前面投影面積も重量も削ぎ落としたそのステーも、際立った空力デバイス、つまり機能ディティールだ。

「乾いた雑巾をさらに絞るように進化させていかないと、シーズン当初は勝てても段々と勝てなくなるのがモータースポーツじゃないですか。だからより良いものを作ろうと、何がより良いものかと想像しながら作っていくのは、モータースポーツ的なアプローチでもあるんです」

と、柿沼氏は当たり前のように述べる。

効率だけの追求ではなく、マインドとしての遊びゴコロ
では、かくして本質を美しく突き詰めたデザインの中で、シャシーやジオメトリーといった機能面で、新しいシビックタイプRは、どのような進化を遂げているのか?

「元々、先代からロングホイールベースだったのですが、新しいシビックのベースモデルは+35mm、さらに伸びています。当然、タイプRもそのまま引き継ぎますから、ホイールベースだけ伸びていると、回頭性に影響しますよね。ですから、トレッドでまずは少し稼ぎたいところ。じゃあどうやったら広げられるんだ? という話ですね。そこでフロントタイヤは20mm太くして、外側に出しています。するとセンターオフセットが、転舵軸というかキングピンに対して外に動いてしまうので、トルクステアなど悪影響が出てきます。だからセンターオフセット値だけは、大きくするなよ、と(笑)。きみたち、ぐうの音も出ないほど先代のタイプRでやり切ったのか? 掘れるところはないのか? そういう風に要求して、あと何ミリ、ここが掘れるといったポイントを見つけ出して、結果的にセンターオフセットはキープ。でもボディ全幅は、フェンダーの折り返しなどを使って、タイヤは外に出ているけどボディはほとんど大きくなっていません。細かなせめぎ合いでしたね(笑)」

ツライチは目指すものでなく、結果論という話なのだ。重心高については、今回のシビック・シリーズは先代より全体的に下げられており、リアねじり剛性をはじめ、ボディ剛性自体が進化している。そこへさらに、タイプRはロアアームやナックル、ダンパーフォークの肉抜きや構造を見直すことで、フロントのキャンバー剛性を16%向上、つまり前車軸の横方向剛性を先代よりも、さらに高めているという。

そしてもうひとつ、新型シビックタイプRにはトピックがある。

「『Honda LogR』というデータロガーアプリを充実させたことです。パフォーマンスモニター機能として、4輪の荷重と接地の変化、つまりタイヤの摩擦円を見られるんです。これはリアルタイムでどのぐらい攻め切れているか確認できるので、まったくもって個人的な趣味で実現させた機能でもあります(笑)。他にもドライビングを採点化したり、他のオーナーと連携する機能も搭載されていますので、タイプRでとにかく楽しんで遊んでいただければ」

効率だけの追求ではなく、洒落でいう遊びゴコロですらない、マインドやスピリットとしての遊びゴコロ。それが新たに進化したシビックタイプRで核心となる部分のようだ。

ホンダ シビックタイプR 新型と開発責任者の柿沼秀樹氏《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型の開発責任者、柿沼秀樹氏《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR のエクステリアデザインを担当した原大氏《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 2017年モデルのシビックタイプRは歴代最高の販売数を記録《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 ホンダ シビックタイプR 新型《写真撮影 中野英幸》 データロガーアプリ、「Honda LogR」《写真撮影 中野英幸》 先代ホンダ シビックタイプR(リミテッドエディション)《写真撮影 山内潤也》