ホンダ シビックタイプR 新型と開発責任者の柿沼秀樹氏《写真撮影 中野英幸》

7月21日、ようやくヴェールを脱いだホンダの新型『シビックタイプR』。ご存知の通り、深紅の地をもつHエンブレムは、シビックそしてタイプRという単一車種やモデルにとどまらない。むしろエンブレムの起源をたどればRA272という60年代のF1マシン、さらには1992年の初代『NSXタイプR』、1995年の『インテグラタイプR』に遡る。

シビックにタイプRが設定されるのは、1998年の『アコードタイプR』に1年先立つ1997年のことで、ホンダのラインナップ内ではむしろ後発の側だ。折からのスポーツモデル熱、そしてホットハッチというジャンルに対する人気の高まりもあって、以来、シビックのタイプRは5世代を数え、FL型と呼ばれる今次のシビックのタイプRが6世代目にあたる。

ワールドプレミアに先立って、日本国内で行われた事前説明会で、開発責任者の柿沼秀樹氏に話を聞くことができた。氏が掲げた新型シビックタイプRの開発コンセプトはズバリ、「Ultimate SPORT 2.0」(アルティミット・スポーツ2.0)で、それを支えるキーワードは「本質と官能」だった。そもそも、この「本質と官能」という数値になりづらい部分を開発目標として定めるにあたって、どこがスタート地点だったのだろう? 先代シビックタイプRから続けて開発責任者を務めた柿沼氏は、こう切り出した。

新型タイプRの開発は「修行のような過程でした」
「先代モデルでプラットフォームを一新して、リア燃料タンクにマルチリンク式リアサスペンションへと、大きく舵を切りました。その開発を終えて、次もお前がやれ、といわれたものの、先代モデルとしてはもう当然やり切っている訳ですよね(苦笑)。だから『Ultimate SPORT 2.0』なんですよ。ある程度はキャリーオーバーのプラットフォームと自分自身を見つめ直して、あとまだ、どことどこを進化させていけるか? 自分自身を追い込んでいく、修行のような過程でした」

とはいえ開発は当然、チームで進めていくものである以上、エンジニアたちに開発目標を示すには「禅問答」だけでは伝わらない。今回の説明会ではまだ、具体的な出力は公表されなかったが、先代シビックタイプRの320psに対し、エンジニアのチームに数値化された開発目標として示した数値はあったのだろうか?

「確かに今回は、大幅に新しいハードや新技術をドーンと入れて、飛ばしていくという開発手法ではありませんでした。パワーユニットについてはまず、“どこまでやれるんだ?”と、エンジン屋たちにトスしたんです。そこから色々なフィードバックを返してもらって、バランスとりを考えて。スペック上の数値となる領域も、機能を作る側とのやりとりの中で定めるのですが、そこだけにフォーカスしない。人が乗って意のままに一体となって操れること、足裏についてくるドライバビリティみたいなところを詰めていきました」

「やはりターボエンジンはNAに比べればまだラグがあって、もっとよくできる、しなきゃいけないところが残っている訳です。もっと磨けないのか? そういう提示の仕方ですね。表層的なやりとりですと、パワーを何ps上げられるか?とか、そこで終わってしまう。でもその中に、どうしても数字にならない、隠れてしまいがちな価値が潜んでいる。ホンダといったら、昔からNAのVTECでリッター100ps以上でやってきた伝統・文化がある会社です。これらをベースに今日のターボエンジンに辿り着いている訳ですから、そこはブレてはいけないところですよね」

つまりアウトプットありきでなく、フィールを磨き上げてどうなるか?という開発アプローチだったという。それは走行試験部隊が一緒になってエンジニアにベタ付きして、走り込んではフィードバックをその場で上げていって…という、およそ現場での磨き込みだったとか。

「機械的にできないので、大変でした。数値目標を達成できました!というやり取りでなく、実際に走り込ませて、ここをもうちょっと上がらないかな?というのを、一個一個、積み上げていきました。私自身も乗って、その積み上げようとしているものの価値・目的を理解させて、平たく言えば、“今無いものを創り出せ”と言っている訳です(笑)。今、これが足りないという話から、でももっとよくできた先のフィールが、きっとあるはずだから『きみたち、それを想像して、創り上げてみろ』と」

この世にまだ無いものを生み出す挑戦
まさしくUltimate SPORT 2.0の苦しみが察せられる言葉だが、それを命じられた開発チームに戸惑いはなかったのだろうか?

「もちろん当初は、えーって引かれましたよ(苦笑)。でも、この世にまだ無いもの、他とは違うもの、それがホンダでありタイプRだと思って創ってくれている開発者たちが、運よく私の下にいたものですから。もちろん疑問があれば、援けていきますし」

“創り出されるべき未だ無いもの”が何であったか、それは「ダイナミック(動的)性能ターゲット」という言葉で表現されていた。キーとなる目標は3点、「FF世界最速」であること、「Addicted Feel(癖になるほどの、痛快なドライビングフィール)」と、「Secure Feel(巌のごとくブレない安定性と信頼感))」。それらを構成する性能項目としては、「FF No.1の最大旋回G」、「路面を鷲掴みにするステアリングフィール」「(シフト)チェンジしたくてたまらなくなるフィールとレブマッチシステム」、「高速でもビシッと定まる安定感」「剛性感が高くダイレクトに効くブレーキフィール」など、柿沼氏と開発メンバーの間で具体的にやり取りされたであろう刺激的な項目が、多々リストアップされていた。

「それらは動的性能として狙った目標の一部ですが、数字が無いんですよね。各項目にターゲットの数値が並んでいれば、開発者はそこを満たせばゴールだと思ってしまう。だから今、無いもの、価値、フィール、感覚を生み出せ、と。目標性能として今あるものが7点だとしたら、8点を目指せっていいますけど、誰も知らないじゃないですか。今、8点の見本があれば7点の現状に対して、8点ってこんな感じです、とイメージできるんですけど、『ワンランク上げた先の世界がどんなものか、きみたちだって分かって創っていないだろう? だから生み出すんだよ』という。ある意味、無茶ブリなのも分かっています」

勢いか狂気かパッションか、もはや区別のつかない何かから紡がれた進化ポイントが、吸排気のVTECそして吸気側のVTCや、電動ウェイストゲート、より効率を高めてイナーシャを低減させたターボチャージャー、あるいは2割前後も軽量化されたフライホイール、全段にまで拡大されたレブマッチシステムといった、具体的なところに結実している訳だ。

しかしシビックタイプRの数値化できない凄味は、エンジンやドライビングフィールだけでは終わらない(以下、後編に続く)。

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