ミラトコット「G"SA III"」。鹿児島・阿久根にて。《撮影 井元康一郎》

ダイハツの軽ベーシックモデル『ミラトコット(以下、トコット)』で東京〜鹿児島間を4000kmほど周遊する機会があったので、インプレッションをお届けする。

トコットは同社の『ミライース』をベースとしたシティコミューター。エンジン、変速機は最高出力52psの0.66リットル直列3気筒自然吸気+CVT(無段変速機)の1種。シャシーもFWD(前輪駆動)とAWD(4輪駆動)の2種があるがチューニングはグレード間で変わらず。グレードの違いは装備だけというシンプル構成だ。価格もFWDの場合、最も高い「G」でも8%消費税込み129万6000円と、ミライースよりは高いもののきわめてお財布に優しい1台だ。

試乗車は上級グレード「G “SA III”」で、オプションの「アナザースタイルパッケージ スイートスタイル」、ラッピングでルーフやバンパーを2トーンカラーにする「デザインフィルムトップ」が装着されていた。ドライブルートは東京〜鹿児島周遊で、西日本では往路、復路とも山陰道経由。九州内では先般インプレッションをお届けした日産『ノートe-POWER』と同様に九州山地奥部を巡り、その他のエリアも積極的にサブルートを走ったため距離が伸びた。おおまかな道路比率は市街地2、郊外路5、高速2、山岳路1。長距離移動時は1名乗車、九州内では最大4名まで乗った。エアコンAUTO。

では、トコットの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1.ミライースベースとは思えないフラット感が生むロングドライブ耐性の高さ。
2.女子カーにしておくのはもったいない、気持ちよいミニマリズム。
3.風景と喧嘩せず、かつ汚れが大して気にならない気さくなエクステリアデザイン。
4.リアドア開口部の上端が高く、かつ水平に作られており、後席の乗降性が良好。
5.簡素ながら長時間・長距離運転に結構耐えるシート。

■短所
1.軽い、重いを超えて中立付近の手応えがあまりに希薄なステアリングフィール。
2.大柄なドライバーにはちょっと短すぎるであろう前席のシートスライド量。
3.車内の収納スペースが不足気味。飾りの化粧板より小物入れを。
4.もちろん手動タイプでいいのでルームミラーに防眩プリズムくらいはつけよう。
5.後席シートバックが分割でなく一体可倒式のため、3人+大荷物という乗り方はできない。

◆「女子カー」と限定してしまうのはもったいない


報道陣向け新商品発表会におけるダイハツのプレゼンを聞くかぎり、トコットは“女子の、女子による、女子のためのクルマ”としか思えなかった。ところが実際に乗ってみると、トコットは女子カーなどと顧客層を限定するのはもったいないくらいに素晴らしいミニマリズムを体現した、出色の軽自動車だった。

チョイ乗りの段階では、別に目立って良いようには感じられなかった。ノイズ・振動、動力性能、ステアフィール等々、すべてにおいてFWD(前輪駆動)の最高グレードでも120万円台という廉価な軽ベーシックの域を出るものではなかった。

ところが、距離を500km、1000km…と伸ばしていくと、トコットのまったく別の顔が見えてきた。気疲れ、身体疲れともきわめて小さいのである。もちろんどんなクルマでもやせ我慢すれば5000kmだろうが日本一周だろうができる。もともとトコットでロングドライブをしてみたのも、それを実践するというのが動機であったのだが、あにはからんや、そんなやせ我慢なしに4000kmを楽しく走りおおせることができてしまったのだ。

思いもかけないロングラン耐性の源泉として考えられるのは、ひとえに乗り心地の滑らかさとは別の、フラット感の高さだった。トコットはクルマの水平を保とうとする特性に優れていて、突き上げや前後方向の揺すられ感の小ささは特筆モノだった。片輪だけがワダチやアンジュレーションを踏んだときの横方向の揺すられ感も小さく、身体にかかるGが弱いことから常にリラックスして運転できた。車両重量の大きなクルマであればまだしも、わずか720kgでそれを成し遂げたのがすごいと思ったポイントだ。2倍の重量のモデルでもトコットにフラット感で負けるクルマはたくさんある。

ハードウェアで優れていたのはその1点だけなのだが、たったそれだけでトコットはベースモデルのミライースとは別モノの、素晴らしいロングランナーになった。不満を招きそうな欠点も数多い。ステアリングフィールが軽い、重いといった問題ではなくあいまいにすぎ、まるで昭和の軽自動車のようであること。客室を広くしようとするあまり荷室が極小であること。もちろん前述のように乗り味全般も安グルマの域を出るものではない。

が、衝突軽減ブレーキやオートハイビームまでついて120万円台という低価格でこれだけのロングラン性能を持っているとなると、不満が不満でなくなってくる。車両価格250万円のコンパクトとの車両価格差120万円として、その120万円をガソリン代や有料道路代、宿泊費などに回せば、どれだけ豊かなカーライフを過ごすことができるか考えてみてほしい。

お金が有り余っている人は好きなだけ高いクルマを買えばいいと思うし、可処分所得が限られている場合でも上質なクルマを保有すること自体に意義を見出す人はそういうクルマを買えばいい。可処分所得をどう配分するかはライフのクリエイティビティの問題だ。1人、2人でのドライブが主で、クルマにかけるお金を極小にし、そのぶんエクスペリエンスを最大化したいという顧客にとって、距離がバリアにならないトコットは最高の回答のひとつだと自信を持って言える。気遣い不要で、いくらでも旅を楽しむ気にさせられるという点では、さしずめ往年のフィアット『パンダ』のようなクルマである。

◆何がトコットをミライースとはまるで別物にしたのか


では、ツーリングのシーンを交えながらの具体的なインプレッションに入っていこう。まずはシャシー性能から。

トコットのストラットタワーにはコーナリング時に内輪の浮き上がりを抑えるリバウンドスプリングが仕込まれているという。ベースのミライースとの大きな違いはここくらいなのだが、これがトコットをミライースとはまるで別物にした。サスペンションはどちらかというとぐにゃぐにゃに近いくらい柔らかく、ショックアブゾーバーの減衰も強くはないのに安定性が高いのである。

ダイハツの開発陣の説明によれば、リバウンドスプリングを使ったのはアンチロールバー(スタビライザー)を装備するより低コストでロールを抑えられるためとのことだったが、長距離を走ってみたかぎり、これは走りのチューニング面でも大正解だと思った。そもそも車重の軽いクルマにはスタビライザー装備の必然性は薄い。内輪の浮き上がりを防止してフラット感を出すほうが、よっぽどクルマの動きの質を良くするということがあらためて実感された。

惜しまれるのは、クルマの動きの質がこれだけ素晴らしいのに、ステアリングフィールが異様にダルという点。中立付近はとくに路面情報のフィードバックが皆無に近く、タイヤの転舵がどのあたりから始まるかすら明瞭ではなかった。どのくらいハンドルを回せばどのくらい前輪が転舵するかということを覚えておいて、体感とは関係なしにドライブするような感じであった。

女性にとってはこのくらいハンドルが軽いほうが運転しやすいということでこういう味付けになったとエンジニアは説明していたが、どれだけ軽くてもいいからちゃんとステアリングを介してインフォメーションが伝わるようにチューニングしてほしいところ。ここが良くなればトコットは旅グルマとしてさらに魅力的になるだろう。

◆中高速域で意外な実力を見せたトコット


トコットが最も得意としたのは、流れの速い郊外国道やバイパス、高速道路のクルージングだ。タウンスピードではゴロゴロ感が強い乗り心地も郊外路ではほどほどに落ち着いてくるため、老朽化路線でも結構快適だ。傷みの激しい道路では片輪が大型車のワダチにはまったり、きついアンジュレーション(路面のうねり)を拾うというシーンが頻繁にある。そういうところでクルマが横方向に傾いても反対側が浮かないので、ボディの上部がぐらつかず、路面をなめるような動きになる。揺すられ感も非常に小さかった。

スピードレンジが高い高速道路でもパワーのゆとりが小さくなること以外はバイパス走行と同じく好印象。新東名の制限速度緩和区間で最も速い流れに乗っても問題は感じられなかった。弱点は空力的洗練性がちょっと不足しているのか、横風を受けたときの針路の乱れがちょっと大きめに感じられたこと。

ポジティブに感じられたのは中高速クルーズだけではない。路面の荒れた九州山地のワインディングロードでもトコットは十分以上に軽快だった。そこではフラット感の高さがロードホールディングの安定性という形で表れた。昨年、NHK大河ドラマ「西郷どん」が放映されていた。トコットでのツーリングは物語も終盤に差し掛かっていた時期であったため、九州山地の最深部、飯干峠を通ってみた。宮崎北部の日向長井で軍を解散した後、西郷隆盛および、西郷隆盛と行動を共にすると決めた数百名の薩摩の兵が政府軍の包囲網を突破した後、九州山地縦貫ルートで鹿児島に帰るさいに通った峠のひとつである。

その峠がある国道503号線は今日でも険路に属する。もちろん道路は舗装されてはいるが、道幅は狭く、路面も損壊場所だらけ。とくに峠から五ヶ瀬のほうへ下る道は路面のうねりがすごく、足の悪いクルマだったら跳ねてすぐにグリップが失われてしまうところだ。が、トコットはその道をびっくりするくらいスルスルと走り抜けた。コーナリング中に深いアンジュレーションや穴、クラックがあってもボディが揺すられないためタイヤに安定して重みがかかり、グリップがすっぽ抜けないのだ。

往路にも福岡の英彦山エリアのワインディングを走ったため、九州内だけで山岳路の走行距離は険路区間を含め延べ300kmにも達した。面白かったのは、荒れ道でも安定して走れたため、絶対性能は低いにもかかわらず、走破時間をトータルで見ると全然遅くなかったことだ。もちろんこのような細い道では軽ゆえの車幅の狭さも目いっぱいプラスに作用した。

トコットの特色が最も希薄だったのは市街地走行。乗り心地が大して優れているわけでもなければ、ロードノイズが静かなわけでもない。ごく普通の軽ベーシックという感じだ。ただし、その中でも突き上げ感の弱さとフラット感は好印象で、過荷重に近い大柄な大人4名乗車をこなしたときもシャシーは音を上げなかった。なかなかどうして大した実用性である。

後編ではパワートレイン、ユーティリティ、デザインなどについて触れようと思う。

ミラトコット「G"SA III"」フロント。鳥取・北栄町の海岸にて。アナザースタイルパッケージ装着のためローエンドやミラーが2トーンに。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」リア。宮崎・諸塚村にて。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」サイド。静岡・神奈川県境の箱根峠にて。リアエンドまでルーフが伸ばされており、後席乗降性は上々だった。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」正面。鹿児島・出水のツル渡来地にて。《撮影 井元康一郎》 タイヤは155/65R14サイズのダンロップ「エナセーブ EC300+」。720kgの軽量ボディにはこれで十分だが、遠乗り派の場合は交換のさい、ヨコハマ「ブルーアースGT」、ブリヂストン「レグノGTレッジェーラ」あたりに格上げしても面白いかもしれない。《撮影 井元康一郎》 前ドアの足元開口部が広く、サイドシルも薄いため、乗り込みは非常に楽。サンダル感覚だ。《撮影 井元康一郎》 前席は左右ウォークスルー。《撮影 井元康一郎》 簡素なコックピット。メーターは速度計の単眼+モノクロのインフォメーションディスプレイと、至って簡素。《撮影 井元康一郎》 後席もスペースは十分以上。Bセグメントでもこれより前後方向のゆとりが小さいモデルはたくさんある。《撮影 井元康一郎》 運転席の右手にはカップホルダーが。長時間ドライブ時、手元にホルダーがあるのは便利である。《撮影 井元康一郎》 後席にスペースを食われ、荷室はミニマム。しかし大型ボストンバッグやりんごを詰め込んだ小型段ボールを乗せる程度の余裕はある。大型トランクは後席に積んだ。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。岐阜・養老付近にて。《撮影 井元康一郎》 運転席からボンネット上面がちょっと見えるのがトコットの素晴らしいポイント。何も考えなくてもフロントエンドの位置をパーフェクトにつかめる。《撮影 井元康一郎》 不整路面でも跳ねにくいサスペンションのおかげで山道ドライブは予想を裏切る軽快さだった。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。奥出雲にて。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。島根の中国山地奥部を走る木次線のトロッコ列車「奥出雲おろち号」と出会ったので記念写真を撮った。引っ張るディーゼル機関車はボンネットタイプのDE10型。やっぱりかっこいい。《撮影 井元康一郎》 島根の山奥の隘路を走る。車幅の狭い軽自動車はこういうルートを走るには最高だ。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。島根・太田にて。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。島根・温泉津にて。この脱力系デザインは非常に印象が良かった。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。鹿児島・出水にて。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。鹿児島・阿久根にて。《撮影 井元康一郎》 ミラトコット「G"SA III"」。近年鹿児島に作られたクルーズ船発着埠頭「マリンポートかごしま」にて。《撮影 井元康一郎》 桜島とコラボで記念写真を撮った。《撮影 井元康一郎》 鹿児島市郊外の平川にある「ひらかわ海の駅」にて。地魚中心のメニューが安価に提供される穴場である。《撮影 井元康一郎》 宮崎・高岡町にて。《撮影 井元康一郎》 九州山地を走る。幹線は昔に比べるとずいぶん走りやすくなった。《撮影 井元康一郎》 道路整備が進む九州山地だが、サブルートに入ると途端に隘路だらけ。だが、そういうルートに限って景色が素敵だったりするから悩ましい。意外なほど荒れ道に強かったトコットなら恐るるに足らずである。《撮影 井元康一郎》 離合注意の看板。すれ違いを表す離合は九州方言という都市伝説があるが、れっきとした国交省用語だ。《撮影 井元康一郎》 西郷どんが延岡から鹿児島に退却するときに通った飯干峠にて。《撮影 井元康一郎》 果てしなく山が続く九州山地。経路によってはワインディングロードが100km、200kmと続くのがこのエリアのドライブの特徴だ。足のいいクルマならストレスも少ない。《撮影 井元康一郎》 飯干峠の西郷隆盛退軍之路碑とコラボで記念写真を撮った。《撮影 井元康一郎》 熊本〜大分にまたがる全国屈指のビューティフルな高原道路、やまなみハイウェイにて。《撮影 井元康一郎》 熊本〜大分にまたがる全国屈指のビューティフルな高原道路、やまなみハイウェイにて。《撮影 井元康一郎》 熊本〜大分にまたがる全国屈指のビューティフルな高原道路、やまなみハイウェイにて。《撮影 井元康一郎》 熊本地震で今も一部不通区間が残る豊肥本線(熊本と大分を結ぶローカル線)の波野駅にて。九州で最も標高が高い駅である。《撮影 井元康一郎》 夜の関門トンネルにて。《撮影 井元康一郎》