【マツダ×パイオニアの挑戦 】第2話:固定概念からの脱却を謀るオーディオメーカーからの提案〜短期集中連載全5話〜《写真撮影 土屋勇人》

新しい純正オーディオの開発を立ち上げたマツダ。その開発は既成概念にとらわれること無い斬新でチャレンジングなものとなり、具体的にはMAZDA3に向けてスピーカーの取り付け位置から見直す、“新しい純正オーディオ”の姿を模索することになった。

第1回ではマツダの開発陣が既存の純正オーディオでは飽き足らず、さらに高音質なオーディオの開発をスタートする経緯をお伝えした。今回の第2回はMAZDA3のオーディオ開発でオーディオメーカーの立場から重要な役割を果たしたパイオニアにスポットを当てることになる。マツダからの新しいオーディオ開発の試作に参画することになるパイオニア、その開発の過程と共に問題を解決しながら昇華させるメーカーの技術力を強く知ることとなった。

◆制約の多いOEMでのスピーカー開発
厳しく難しい条件をクリアした手法とは
マツダの開発陣がMAZDA3に向けて新しい純正オーディオを模索していた時にオーディオメーカーとの協力がスタートする。パイオニアが担当することになったのはスピーカー。1回目でもお伝えした通り従来のドアへの取り付けでは無く、音質面でより有利になると判断したカウルサイドへのスピーカー取り付けを前提に開発は進んでいき、それを受けてパイオニアの開発陣は試作を開始する。

当時のスピーカー開発を担当した一人だったパイオニアのOEMサウンド部 藤本健太さんに開発の経緯や難しさなどをうかがった。

「純正スピーカーは音質だけではなくクルマ作りにも影響する開発になります。重量や形状、耐久性なども加味した開発が求められるのが難しい点です。それらと音質を両立させるのがOEMの開発では非常に大切になるのです」

新車開発時にはさまざまな試作のオーダーがあるのだが、要求される内容に沿ってオーディオメーカーからの提案として投げかけることになる。今回MAZDA3の開発時に届いたテーマは“カウルサイドにスピーカーを取り付けること”だった。しかも省スペースにエンクロージャーを組み込むという難しいテーマが与えられている。

「カウルサイドに設置するとエンクロージャーの容積に使えるのは3L程度でした。かなり厳しい条件なのですが、パイオニアではスピーカー開発のノウハウが多数あるのでさまざまな手法を試みてクリアする方法を探ったんです。今回の開発ではエンクロージャー容量が決まっているのでそれに合わせたスピーカー設計をイチからスタートさせました」

◆設計上の制約と求められる音質のバランス
オーディオメーカーの技術を惜しみなく投入する
スピーカーには口径、磁気回路、振動板素材などさまざまな要素がある。それを組み合わせて設計し、マツダの要求に見合ういくつかのテスト機が完成する。実際にどんな傾向の音が出るのかはマツダの開発陣と一緒になって試作機を試聴し少しずつ方向性を決めていったのだという。

こうして試聴を重ねるごとに複数の試作の中からいくつかのパターンに絞り込まれていった。具体的には「コスト特化型」「性能特化型」「バランス型」といった試作スピーカーがマツダ側に選択肢として提案される。従来のクルマ開発ならばコストはいの一番に重視されるのだが、今回の開発では“高音質なオーディオ”に開発陣みんなが強い思い入れを持っていたため「コストも重視したいがそれだけでは本来の開発からズレてしまう」と高音質化のためにコストを掛ける選択をするのだった。

こうしてパイオニアでは3Lの小容量エンクロージャーをバスレフ化し、それに見合うスピーカーユニットを新たに設計して組み合わせる。こうして満足いく特性を引き出すことに成功するのだった。

「サイズの小さなエンクロージャーは位相コントロールも難しく、経験値も少ないので難しい開発でした。しかしマツダからの要求があったからこそ出来たスピーカーだと思います」

スピーカー開発の基本となるのは“大きなユニットをしっかり動かす”こと。オーディオメーカーが高音質を目指す際には基本となる思想だ。しかしクルマメーカーにとっては車内のスペースや重量ありき、その両者の思いがあったからこそできたのがMAZDA3のスピーカーシステムだった。

さらにカウルサイドへの取り付けという難題もパイオニアの開発陣は見事にクリアすることになる。

「開発当初はスピーカー単体だけを見ると良い特性が出ていたんです。しかしカウルサイドに実際に取り付けてみると満足いかない部分が出てきました。しかし当然クルマに設置した状態で最良の音にする必要があるので試行錯誤を続けました」

ここから先はひとつひとつの設計過程をマツダとパイオニアで密接に協議して進めたという。この音を出すためには何かを犠牲にすることになる、この音を出すためにはコストの掛かる素材が必要になるなど、ひとつひとつを密に意思疎通しながら進めていく。高音質化のために割り切らなければいけない部分も出てくるので、マツダ側の了承が常に必要になるためだ。最後の詰めの部分はかなり繊細な作業になったという。

ある程度の完成形を見たスピーカー設計だったがMAZDA3の開発最終段階になってからマツダ開発陣の高音質へのこだわりが更に湧き上がる。しかもそれが直前の仕様変更だった。もっと良い音にしたいという強い思いがあったマツダの開発陣がギリギリの段階までブラッシュアップを続けていたのだ。そのためいったんの完成形となったのだが、“最初の『聴いて感動した』試作車の音に近づけたい”そんな思いが拭いきれず、コストを掛けてでも高音質化を図る方向に舵を切る。

◆試作機の結果が良かったからこその要望
更なる高音質化を求めて蓄積された技術力を発揮
パイオニアはすぐさまツイーターの振動板やミッドレンジのエッジ素材、ウーファーの仕様などを変更し高音質化を実現する。スピーディに対応ができるのも、それまでの開発を共に進めてきた経緯があったから。無茶とも言える仕様変更に応えたパイオニアの開発陣は当時を振り返る。

「リクエストを出してもらえると自分たちの技術力を試せるんです。それも開発の醍醐味として楽しい時間になりました」

と困難だった仕様変更さえも自分たちの経験にしてしまう力強さを感じた。

こうしてMAZDA3にはカウルサイドへバスレフ・エンクロージャーを組み込んでスピーカーを取り付けるという、まったく新しいスピーカーシステムが完成する。高音質化を求めたマツダ側と、それに応えて開発を手がけたパイオニアの思いが結実した瞬間だった。

東北パイオニア OEMサウンド部 藤本健太氏《写真撮影 土屋勇人》 異形でありながら同じ特性のエンクロージャーを開発《写真撮影 土屋勇人》 土壇場でブラッシュアップされたスピーカー《写真撮影 土屋勇人》