ルネサスが作ったジムニーEV《写真撮影 中尾真二》

「作りたいから作った」 取材した担当者の言葉だが、半導体メーカーのルネサスエレクトロニクスが自社のIGBT(パワー半導体)を評価、売り込むためにインバーターを構成し、モーター制御ユニットまで製造し、実際の車両に組み込んでデモカーを作った。

増えるxEV市場のニーズにこたえるため、同社でパワー半導体、とくにインバーターのかなめとなるIGBT、SiCに注力している。その高性能なIGBT新製品を各国OEM、サプライヤーに使ってもらいやすいように、インバーターのリファレンスモデルをモーター制御ユニットとして筐体から制作した。これにオンボードチャージャー、バッテリ管理システム、モーター本体があればEVパワートレイン、eアクスルになってしまう。

そこまで作ったなら、当然実際の車に乗せてみたくなるのはエンジニアの本能みたいなものだ。ソニーは、似たような理由(自社センサー、半導体製品のアプリケーションの集大成としての車両)で『VISION-S』を開発した。だが、これは「マグナ」との共同開発で、車両製造はマグナが担当した。

ルネサスはのEVは、ベース車はスズキ『ジムニー』。なぜジムニーなのかを尋ねたら「改造やパワートレインの説明展示のために車体を持ち上げるとき、ラダーフレームが便利だったから」という答えが返ってきた。インバーターとモーター制御ユニットはルネサス製。なおルネサスは半導体メーカーでコンシューマ製品を扱っていない(ソニーは市販製品のメーカーでもある)。チップや評価ボードくらいは作っても、筐体に入ったユニットや実際に動くコンポーネントまで作るのは異例である。

ジムニーはガソリン車であるため、当然エンジンとトランスミッションは取り外され、代わりに日産『リーフ』の動力モーターとリーフのバッテリーが換装された。モーターとバッテリーはどうやって調達したのか、と聞いたところはっきりと答えてくれなかったが、おそらく、ジムニーもリーフも中古車で入手したのではないかと思われる。

インバーターの仕様としては、100kW・300Nm、1万回転まで対応するユニットだが、ジムニーの(ファイナル)ギアに合わせるため70kW・100Nmまでパワーダウンさせている。最高速度も70km/h程度に抑えている。バッテリーの電圧は300V。回生ブレーキにも対応し、アクセルオフで減速Gがかかる。充電はAC100Vまたは200Vのみとなり、CHAdeMOなど急速DC充電には対応しない。

システムで特筆したいのは、4WDのトランスファー、プロペラシャフト、前後のデフ、ドライブシャフトなどはジムニーのままだ。つまり1モーターの機械式4WDのEVという(おそらく)市販EVでは考えにくい仕様だが、EVのバリエーションとして非常に興味がわく。

敷地内のグラウンドだが試乗することもできた。驚いたのは、EVとしてのモーター制御が非常に自然だったことだ。インバーターの制御ソフトウェアは発進、加速、回生の効き具合を決める。各自動車メーカーのノウハウの塊のはずなのだが、ルネサスのモデル開発および開発環境のなせる業と言えるだろう。

アクセル操作に対する加速・減速、その調整は市販EVと大きな違いはない。回生の効き方もリーフよりは弱めだが、エンブレのような減速Gが感じられ安心感があった。ただし、プロトタイプなので遮音はまったくないといっていい。モーター音・インバーターの発振音、トランスファーやギアのノイズが盛大に入ってくる。また、後輪は電子的なリンクがなく制御が一切入らない機械式リンクで動いているためか、発進時に少しもたつく(前後の回転が干渉している?)感じがした。また、パワステがないので旋回時のトルクステアを感じる。ブレーキもブースターがなく、非常にスパルタンな運転フィーリングだが、車両がジムニーなのでまったく気にならない(のは自分だけか)。

FRベースの4WDだが、前輪は後輪(※訂正:9月4日:公開時FFベースの4WDとなっていましたが、正しくはFRベースでした)に合わせて勝手に動くという非常に面白いEVだ。コーナリング中にアクセルを開けてやるとなにかとてもリアハッピーな動きをしてくれそうなプロトタイプカーだ。

インバーター・モーター制御などもルネサスで自作《写真撮影 中尾真二》 モーターはリーフのものを流用《写真撮影 中尾真二》 ルネサスが作ったジムニーEV《写真撮影 中尾真二》 ルネサスが作ったジムニーEV《写真撮影 中尾真二》 ルネサスが作ったジムニーEV《写真撮影 中尾真二》 試作インバーターはそのまま車両に組み込むことができる:製品とほぼ同じ《写真撮影 中尾真二》