ヤマハ XSR900と、デザインに携わったヤマハ発動機 安田将啓氏(左)、GKダイナミックス 木下省吾氏(右)《写真撮影 雪岡直樹》

ヤマハのスポーツヘリテイジ『XSR900』が6月30日、いよいよ国内発売となる。その開発者の声をお届けするインタビュー前編では、5名のエンジニアに話を伺ったわけだが、後編となる今回は、ヤマハのデザインプランナー、そして同社のモーターサイクルデザインを広く手掛けるGKダイナミックスのデザイナーにスタイリングに込めた思いを語ってもらった。

【インタビュー参加メンバー】
ヤマハ発動機
クリエイティブ本部 プランニングデザイン部
プランニングデザイン1グループ 主事
安田将啓

GKダイナミックス
プロダクト動態デザイン部 執行役員
清水芳朗

GKダイナミックス
プロダクト動態デザイン部 ユニットリーダー
木下省吾

「過去の形や様式をなぞるのではなく、思想から入りたいと考えた」
----:新型XSR900の国内導入が正式に発表されました。それに先駆けて少しまたがらせて頂いたのですが、従来モデルよりも全体的に低く、スリムになっていることが印象的でした。

木下:最新のパフォーマンスとタイムレスなボディを組み合わせた上で、ライダーが余裕を感じられることを重視しました。重心を下げ、わずかに前下がりになった水平基調によってスポーティさを表現しているのですが、乗っている時も止まっている時もライダーが自然に馴染む位置を模索し、このフォルムに辿り着きました。

----:ベースになった『MT-09』は、どちらかと言えば、高い位置で積極的に身体を動かして楽しむキャラクターだと思います。そういう意味では、かなりの変化ですね。

安田:MT系が、立ち乗りで前後によく動くイメージだとすると、R系はカウルに潜り込んだ時のプロテクションを重視したスタイルです。それらに対して、今回の新型XSR900はとっつきやすさと操る楽しさをバランスさせています。そのためにヒップポイントをMT-09より後退させ、バイクを抱きかかえるようフォルムを作りつつ、気負わずに乗れるカドの取れた形に仕上げていきました。

----:初見では、かつてのレーシングマシンのカウルが取り払われたかのような、どこか懐かしいシルエットに感じられました。80年代のGP500やTT-F1マシンは、まさにこうした水平基調のラインを持っていたように思います。

安田:XSR900は、スポーツヘリテイジに位置づけられるモデルです。とはいえ、単に過去の形や様式をなぞるのではなく、思想から入りたいと考えました。クラシカルな路線は、ニーズの高いトレンドのひとつですが、当時はファッションではなく走行するための機能の表れだったはず。まずはそういう本質に立ち返ることがプロジェクトの出発点でした。

デザインコンセプトは「Ironic Heritage」
----:エンジニアの方々に話を伺った時、ヤマハが手掛けた歴代のレーシングマシンに全員でまたがり、ポジションやフィッティングに活かしたと聞きました。それはデザイナーの皆さんも同じでしょうか?

木下:70年代のマシンにまでさかのぼり、再確認していきました。時代は違っていても、しっくりくるものは誰にとっても共通で、そのおかげで「この感じでやっていこう」という方向性が明確になりました。

安田:バイクにまたがった時、車体との一体感を高めようすると、お尻をシート後方にぶつけたくなります。そのためにはストッパーのように盛り上がっていて欲しくて、必然的に台形状に行き着くのですが、『YZR500』を筆頭とするマシンはきちんとそうなっています。デザインと機能が一体になっているところにヤマハ車の本質があり、レーシングマシンはそういう要素の塊。それをあらためて認識できたことの意味は大きかったですね。

----:ヤマハには「人機一体」や「人機官能」といった概念がありますね。

安田:「ヤマハらしさ」がまさにその部分です。例えば『TZ250』を下敷きにして送り出された『RZ250』などはその最たる例です。人機一体という考え方は40年以上も前にすでに存在していて、今回のXSR900でも再現したかったことに他なりません。脈々と受け継がれている伝統こそがヤマハの強みだと思います。

----:とはいえ、XSR900にはモチーフになるマシンが存在しません。

安田:単に姿形をレーシングマシンに寄せていくのならモチーフがあった方がいいですし、あれば楽です。ただし、本当に参照すべきはデザインではなく、もっと奥底に根ざしている開発思想です。それをMT-09のプラットフォームを用いて、どう未来に引き継ぐかを考えました。僕らがやりたかったことは、過去のスタイルをコピペ(コピー&ペースト)することではなく、ヤマハ車がどうあるべきかという提案です。最終的に「ヤマハのヘリテイジとはなにか?」というところまで立ち返ることができ、これはとても意味のあることでした。

清水:ヤマハはプロダクトを通してライフスタイルを作っているメーカーです。初代XSRがデビューした時の「FASTER SONS(ファスター・サンズ:「ヤマハモーターサイクルの熱き魂を継ぐ者」と位置付ける、ヤマハのコンセプト)」のような取り組みがまさにそうで、あれは原型がないからこそ、新しい世界を提案することができました。そのため、当初は初代のコンセプトを継承するか、ゼロからやり直すかという点も徹底的に議論しました。結果的に初代と、今回の新型ではテイストががらりと変わった印象をお持ちかもしれませんが、それによってXSR900にはスタイルにもスポーツにも振れる幅の広さを感じて頂けるとありがたいですね。シルバーがイメージカラーの初代に対して、今回それを「ソノートブルー」とし、また、レースを想起させるビジュアルを散りばめているのもその一環です。初代が新しい価値を切り開いてくれたからこそ、次のチャレンジを再構築できたわけです。連綿と続きながらも目に見えない雰囲気やオーラというものをどうやって形にするか。そこが難しかった一方、やりがいのあるプロジェクトでした。

安田:ヤマハが引き継ぐべき財産ってなんだろう、と考えた時、お洒落に見えることやスタイリッシュな雰囲気ももちろん大切ですけど、そこがゴールじゃない。そういう意味を込めて、最初に「Ironic Heritage」というデザインコンセプトを掲げました。それによって(Ironic=“皮肉な”)、イメージだけの手軽なヘリテイジを揶揄することになります。欧州からは「ずいぶん攻めるな」という声もあった一方、僕らの姿勢を的確に表してもいて、明確なメッセージになっているのではないでしょうか。

エルゴノミクスありきで機能を優先したフォルム
----:皆さんは少なからず初代にも関わっていて、思い入れも深いはず。そのうえで新しいチャレンジを盛り込まれたわけですが、開発過程において、以前と違う進め方もあったのでしょうか。

木下:普通はまずスケッチを描いて、クレイで具体化し、ライダーにまたがってもらいながらフィッティングを進めていきます。ですが、今回はベースモデルの素性のよさを分かっていましたから、最初からそこに発砲スチロールを載せて、まずライディングに不要な部分を削っていくという手法を取り入れました。もちろん、闇雲にそうしたわけではなく、先ほど話に出た通り、かつてのレーシングマシンのイメージを全員が共有できていたことが大きな要因でした。

安田:エルゴノミクスありきで進められましたから、特に機能を優先したフォルムになっています。軽く前傾姿勢をとった時に、シートや燃料タンク、ステップを気持ちよくホールドでき、ライディングを存分に楽しんで頂けるフィッティングを出せているはずです。

----:エルゴノミクス重視だと、デザイナーの理想よりもエンジニアの声が優先されませんか?

安田:このモデルに関しては、自由度が高かったですね。もちろん、エンジニアやテストライダーからのフィードバックを受けてデザインを変更する部分もありましたが、「もう少し前傾姿勢で乗ってみて欲しい」とか「ステップを後ろに下げたい」という僕らの声もかなり取り入れてもらっています。ロングタイプのスイングアームに関しても、より低重心に見えて、ライダーが乗った時に台形状に収まっている感じにしたい、というリクエストに対して、試行錯誤を繰り返してもらった結果です。

清水:ムードを重視してくれる開発チームでしたね。もちろん、基本的なディメンジョンはエンジニアが決めるものですが、「あまり俊敏なのはこのモデルのストーリーに合わない」とか「お尻でリアタイヤが感じられるイメージが欲しい」という意見をちゃんと織り込んでくれました。テストライダーも速さに寄せるのではなく、モデルのコンセプトをきちんと共有してくれた上で、ハンドリングを作り込んでくれました。

「使っている言語が初代と新型ではまったく異なる」
----:初代XSR900と比較して、デザインする上で難しかった部分や、逆に有利に働いた部分があれば教えてください。

木下:MT-09が新型に切り換わって、重心が下がったことが大きかったですね。特にヘッドパイプの位置が低くなりましたから、静的にも動的にも安定感を表現しやすく、シンプルな構成で形を作ることができました。逆に言えば、少ない要素の中でヘリテイジとしてのたたずまいを表現しなければならず、その加減は苦労しました。

安田:ヘッドパイプに加えて、シートレールが新作になり、スイングアームも伸ばせました。エンジニア側でそこまで叶えてもらえたので、後は外装でいかに余計なことをせずにXSRらしさを表現できるか、という勝負でした。せっかく低重心になったのに、ミラーが上方向に飛び出していると台無しですからバーエンドタイプを採用してもらったり、タイヤとシートのクリアランスひとつでイメージは変わるため、タンデムフットレストを可倒式にしてスペースを確保するなど、今やれることはすべて盛り込んだ格好です。まずは基本骨格で理想を追求し、その純度を保てるようにパーツを配置していきました。

清水:初代は、『SR』や『SRX』といったヤマハの伝統的なスポーツネイキッドとリンクさせていましたが、新型はレーシングフレーバーとのリンクです。例えば、80年代のデルタボックスフレームに対する燃料タンクの造形は、横から見ると逆三角形になっています。その雰囲気を新しいネイキッドで成立させるために丸みを与えたり、足のフィッティングを考慮して初代にはなかったサイドカバーを加え、そこに当時のシングルシートの造形を組み合わせることで一体感を演出。つまり、使っている言語が初代と新型ではまったく異なっているんです。

----:確かにそうですね。シート表皮と燃料タンクの間には、カウルの樹脂部分が覗いています。こうした造形はシートスポンジを貼ったレース用シングルシートを思わせ、しかもクイックファスナーで留めてありますから、僕ら世代には特にグッとくる部分です。

清水:また、初代はウインカーやテールライトといった個々のパーツを独立させて美しさを狙っていましたが、新型は可能な限りミニマムにマウント。要素を減らすことによって、レーシングマシンらしさを表現しています。クイックチャージャー風の給油口やフロントフォークトップキャップのドリリング加工なども含め、開発チームの全員があの頃をよく知っていましたから、かなり色々なことをやらせてもらえました。

「暑苦しさこそがヘリテイジの核になる部分」
----:MT-09とMT-09SPの車体価格は、それぞれ110万円と126万5000円です。それに対する新型XSR900は、121万円。専用パーツをこれだけ散りばめながらも、コストを抑えるのは大変だったのではないですか?

木下:普通は「やめましょう」ってなるのですが、みんな熱かったですね。むしろエンジニア側からも様々なアイデアを出してもらえて、提案を却下するのではなく、どうやったら実現できるのか、という方向で取り組むことができました。

----:熱いと言えば、安田さんの思い入れも相当なものだったようですが。

安田:「開発に込めた思いはこれや!」ということを分かりやすくビジュアル化するために、勝手にかつてのレースシーンを散りばめたカタログを作りました(笑) ずっと挑戦してきたことがヤマハの企業理念だと考えていて、時に時代の流れに逆らいながらも、その信念がプロダクトに宿ったからこそ、ユーザーの皆さんに支持されたのだと信じています。そういう、言わば暑苦しさこそがヘリテイジの核になる部分で、決して形をなぞるだけのものじゃない。「温故知新」というひと言ではとても言い表せないのですが、新型XSR900を通して、ヤマハが培ってきた開発思想の一端に触れて頂きたいですね。

----:ありがとうございます。実際に乗れる日を楽しみにしています。

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