BMWが「レザーワーキンググループ」に加盟。『iX』のシートには同グループの認証を得たレザーが使用されている。《photo by BMW》

革シートは高級車だけのもの、なんて今や昔の話。ホンダ『フィット』や日産『ノート』といったコンパクトカーにも革シートが設定されるなど、革ならではの高級感がぐっと身近な存在になってきた。

しかし一方、ボルボの新しい電気自動車『C40』には革シートの設定がない。ボルボは昨年9月、今後のバッテリーEVに革を一切使わないと宣言。C40はその第一弾というわけだ。ボルボ以外にも欧州では、革を使わない「レザーフリー・インテリア」を選択肢として用意する例が増えている。

いつのまにか革シートに逆風が吹き始めている? 革シートを巡るトレンドの現状と今後を考えてみよう。

サステイナブルな革の認証制度
BMWは今年1月27日、サステイナブルな皮革生産の国際的認証機関である「レザーワーキンググループ」に加盟したと発表した。

レザーワーキンググループは2005年に設立された非営利団体。原皮から製品まで革のサプライチェーン全体の環境インパクトを最小化するため、業界でベストな手法を常にモニターし、それを基準に監査する認証制度を運営している。

設立メンバーは皮革メーカー大手に加えて、シューズブランドのナイキやアディダス、ニューバランス、そして家具のイケアや小売りのマークス&スペンサーなど。今では1300社以上が加盟するが、自動車メーカーではBMWがようやく2社目だ。これまでは昨年8月に加盟したベントレーあるのみだった。

シートや内装部材は多くの場合、自動車メーカーの内製ではなく、サプライヤー(部品メーカー)から自動車メーカーに供給されたもの。そこに使われる革はもちろん自動車メーカーが選ぶのだが、サプライチェーンに遡って責任を持つためには、自らその革の素性を知らなくてはいけない。それを保証してくれるのがレザーワーキンググループだ。

「サプライチェーンのサステイナビリティをリードする立場として、私たちにとってレザーワーキンググループに加盟するのは必然的なステップでした」と語るのは、BMWグループでサプライチェーンとエネルギー問題を統括するナディーン・フィリップ氏。

「車種や地域にもよりますが、革にはお客様からの需要があり、プレミアムセグメントにおいて非常に重要なものです。だからこそサプライヤーが革をサステイナブルにつくれるようにサポートすることが、私たちの優先事項になりました」

BMWはすでに電気自動車『iX』の革シートに、レザーワーキンググループの認証を得た革を使っている。他方、より早く加盟したベントレーは今年以降、すべての車種に認証された革だけを使っていく計画だという。

牛革は牛肉の副産物だが…
クルマに使われる革は牛革だ。革を得るためだけに動物を飼育することは国際的に禁じられているので、牛革の原料は食肉として処理された牛の皮(=原皮と呼ぶ)ということになる。“皮”を“革”にするのが皮革メーカーで、塩漬けになった原皮を仕入れ、“なめし”など20ほどの工程を経て革へと変えていく。

牛革は牛肉の副産物。人々が牛肉を食べる限りは、皮革メーカーはその製造プロセスをサステイナブルなものにすることで社会的責任を果たせる。レザーワーキンググループの認証制度の意義は、まさにそこにあるわけだ。

牛の命をいただいて、牛肉を食べる。そこに疑いを持たないなら、副産物の牛革を有効利用し、革シートを愛でるのも当然のこと。しかしそうは考えない人もいる。

“ヴィーガン”と呼ばれる人たちの存在はご存じだろう。肉や魚を食べないベジタリアン=菜食主義者に対して、ヴィーガンは卵や乳製品、蜂蜜も含めて動物性の食品を食べない。

健康やダイエットのために動物性食品を避けるヴィーガンもいるようだが、ヴィーガン団体が強調するのは、人間の都合で動物を苦しめてはいけない、動物から搾取してはいけないという道徳観だ。だからヴィーガンの多くは食事に限らず、持ち物など生活のすべてにおいて動物由来の製品を忌避する。自動車の革シートはもちろんNGだ。

ヴィーガン人口の正確な統計はわからないが、増加が著しい国のひとつがイギリス。なにしろ世界で初めてビーガンの協会が設立された国だ。筆者がコロナ・パンデミック直前の2020年2月末、久しぶりにイギリスに出かけたとき、レストランでは当たり前のようにヴィーガン・メニューが用意されていた。英国名物のフィッシュ&チップスは、豆腐を白身魚に見立てて揚げるのだとか。あえてトライはしなかったけれど…、閑話休題。

こうしたヴィーガンの増加に、いち早く対応したのがランドローバーだった。2017年発表のレンジローバー『ヴェラール』は最上級グレードで、革シートとファブリックシートを選べるようにした。それ以後、ジャガー・ランドローバーはレザーフリー・インテリアの採用車種を拡大している。

もうひとつ牛革への逆風になっているのが、地球温暖化に対する人々の意識の高まりだ。世界の温室効果ガスの排出量のうち、畜産業は14%を占める。なかでも牛肉は豚肉の4倍。牛は反芻にともなうゲップで、CO2より温室効果がはるかに高いメタンガスを大量に排出してしまう。

しかも牛の飼育には大量の餌が必要だ。牛肉1kgを生産するのに必要な飼料は、とうもろこし換算で11kgと、豚肉の2倍近い。そうした穀物を育てるために森林が伐採され、温暖化に拍車をかけているとの指摘もある。

大手ハンバーガー・チェーンが“大豆ミート”のバーガーをメニューに加えているのは、ベジタリアンやヴィーガンの増加に加え、温暖化問題があるからだ。こうした身近な変化をきっかけに「牛肉離れ」が広まれば、「牛革は牛肉の副産物」という言い訳も通じにくくなるだろう。革シートへの逆風は強くなるばかりだ。

合成皮革/人工皮革の台頭
インテリアに高級感・上質感をもたらすのは、もちろん本革だけではない。革に代わる合成皮革や人工皮革は、すでにさまざまなものが量産化されている。

最も一般的な合成皮革は織物または編物のベース(基布)にPVC=塩化ビニールを塗布した塩ビ・レザーだ。しかしこれは本革の質感や触感を再現するには限度があるので、PVCの代わりにウレタンを使ったり、基布を不織布にするなどの改良が積み重ねられてきた。

ちなみに基布に超極細繊維の不織布を使い、動物の皮下組織のような柔軟性を再現したものを日本では「人工皮革」と定義している。合成皮革と人工皮革を区別するのは日本だけ。英語ではどちらもsynthetic leatherとかleatherette(レザレット)と呼ばれる。

お馴染みのアルカンターラ/ウルトラスエードは、ポリエステルの超極細繊維を立体的に絡み合わせてスエード(牛革の裏面を毛羽立たせたもの)の質感を再現した人工皮革だ。レザーワーキンググループに加盟したBMWも革だけでなく、車種やグレードによりアルカンターラやレザレットのSensaTecを選べるようにしている。さらに、サボテンの繊維を原料とするDeserttexという新たなレザレットを開発中だ。

従来の合成皮革/人工皮革は基本的に石油由来の原料を使っている。温暖化対策で石油依存を減らすとなれば、Deserttexのように植物由来の原料を使うか、PETボトルなどからリサイクルしたポリエステルを再利用することになるだろう。

DNAとサステイナビリティの狭間で
人類は何万年も前から動物の皮を、衣服として暮らしに活かしてきた。それがDNAに刷り込まれているから、人々は革の風合いを尊ぶ。

その風合いは今や本革だけのものではなく、技術進化のおかげで、本革と見分けのつかない質感を持つ人工皮革も増えつつある。しかし“本物”が欲しい人は常に原点に立ち返るはずで、本革にこだわる需要は今後もなくならないだろう。

そうしたユーザーがいる限り、レザーワーキンググループのような国際機関に加盟し、サステイナビリティのお墨付きを得るのは自動車メーカーにとって当然の策だ。

その一方、ヴィーガンの増大や温暖化に対する意識で「牛肉離れ」が広がるとすれば、自動車メーカーは本革を減らさざるをえない。合成皮革/人工皮革を進化させ、原料段階から石油依存を脱してサステイナビリティをさらに高めていかなくてはいけない。

DNAの刷り込みは確かにあるはずだが、人々の意識の変化はそれを覆す勢いを見せているようにも思える。この狭間で自動車メーカーはユーザーニーズに応えようと模索しているわけだが、「100年に一度の改革」が問われる自動車業界だ。内燃機関車がクルマの主役でなくなるにつれ、私たちのDNAに刷り込まれていた価値観が薄れて、クルマのインテリアから革が消えていくことになるのかもしれない。

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