ヤマハ XSR900の開発メンバー《写真撮影 雪岡直樹》

2021年11月のEICMA(イタリア・ミラノ)で発表され、欧米ではすでに発売が始まっているヤマハの新しいスポーツヘリテイジが『XSR900』だ。日本においても、今春開催された「大阪モーターサイクルショー」と「東京モーターサイクルショー」にて初披露。よりスタイリッシュになったネオレトロデザインが話題となった。正式なリリースはまだ発表されていないものの、国内へ投入される日はそれほど遠くない。

今回は、主要な開発メンバーに話を聞くことができたため、その模様を2回に渡ってお届けする。第1回は、プロジェクトリーダーを含めた5名のエンジニアに集まってもらった。

【インタビュー参加メンバー】
大石貴之
PF車両ユニット PF車両開発統括部
機能モジュール開発部 WBSグループ主査
XSR900のプロジェクトリーダー。『YBR125』や『FZ15/25』といった小型モーターサイクルを経て、3年程前から大型を担当。現在の愛車は『XSR700』。

野原貴裕
PF車両ユニット PF車両開発統括部
SV開発部 SP設計グループ主事
『トレーサー』、『MT-09』などの車体設計を経て、XSR900ではプロジェクトチーフとして新作部品などのとりまとめを担当。愛車は『YZF-R1』、『MT-07』、『SR400』、『セロー250』、『YB-1』、『YA-1』と多数。

瀬戸正毅
PF車両ユニット PF車両開発部
車両実験部 プロジェクトグループ主務
現行XSR900やMT-09の車体実験プロジェクトチーフとして実走テストを担当。欧州での経験も長く、イタリア赴任時代に乗っていた『MT-10』を国内へ持ち帰り、愛車にしている。

寺島佳希
パワートレインユニット プロダクト開発部
第2PT設計部 MC-PT設計グループ主事
MT-09のエンジン部品担当を経て、今回からエンジン全般のプロジェクトチーフに就任。現在は『XJR1300』を愛用している。

村田真章
PF車両ユニット 電子技術統括部
電子システム開発部 プロジェクトグループ主事
電装系全般のプロジェクトチーフ。灯火類やメーターといった外部パーツからIMU、ECU、レギュレーターといった内部パーツまで担当。扱うカテゴリーも排気量の大小問わず広範囲に及ぶ。

MT-09はロデオマスター、XSR900は「馬術のエキスパート」
----:完全に刷新された新型XSR900が欧米市場に投入され、国内デビューも近づいてきたのではないかと思います。大阪と東京のモーターサイクルショーでも、そのスポーティさに注目が集まっていましたが、今作に込めた思いをお聞かせください。

大石:現行のXSR900は、2017年型のMT-09から派生したモデルです。今回の新型もその関係性は変わらず、2021年に刷新されたMT-09をベースに開発しています。「The Rodeo Master」をコンセプトに掲げるMT-09に対し、XSR900のそれは「The Expert of Equestrian」となります。

----:Equestrian(エクエストリアン)というのは聴き慣れない言葉ですが…。

大石:エクエストリアンとは伝統的な馬術のことを指します。MT-09が暴れ馬を乗りこなすロデオなら、こちらは愛馬と一体になって駆ける優雅な振る舞いをイメージしていて、それに相応しいキャラクターになるように、作り上げてきました。

----:MT-09と共有する部分が多い中、どのように違いを出されたのでしょう。

大石:仰る通り、メインフレームとエンジン、そして各種制御系はMT-09と共通なわけですが、リアアーム(スイングアーム)とリアフレームが新しくなり、サスペンションをリセッティングしています。また、それらに伴うライディングポジションの最適化によって、MT-09とは異なるハンドリングを実現しました。

ホイールベースが長い理由
----:欧州仕様同士のスペックを比較すると、XSR900のホイールベースはMT-09より65mm長くなっているようですね。

大石:ディメンションに関する最も大きな変更点がそこです。『トレーサー9 GT』用のリアアームを採用しており、パーツ単体だとMT-09より55mm長く、動的なスタビリティが向上しました。静的には横から見た時の台形シルエットが強調され、より落ち着いた雰囲気を感じられるはずです。

----:確かに新型は、全体的に低くて伸びやかですね。なぜ、このような方向性で開発されたのでしょうか。

大石:私どもが描いたライダー像のひとつが、40〜50代のベテランであること。そして、タイトなワインディングをキビキビと走るよりも、セカンダリーロードと呼ばれる中高速コーナーが続くステージを軽やかに流すシーンを想定しました。それを踏まえるとロングリアアームがふさわしく、狙ったラインをスムーズにトレースできるハンドリングに注力しました。

野原:もちろん、リアアームは長いものと短いものを両方用意してテストを繰り返しながら、スタイリングとハンドリングのいずれも犠牲にならないようにバランスを取っていきました。クレイ状態でも試作車でも、かなりの時間を割いた部分です。

エンジニアやデザイナーの想いを「走り」に落とし込んだ
----:そのあたり、テストライダーの立場からもお聞かせください。

瀬戸:スポーツネイキッドという枠組みの中で考えると、ホイールベースはより短く、よりシャープなハンドリングに仕立てたくなるものですが、エンジニアの狙いやデザイナーが思い描くカタチを考えると、ロングホイールベース化がもたらすメリットも確かにあります。バイク単体のたたずまいはもちろん、ライダーが乗った状態でのかっこよさも重要な要素ですから、それらも含めてコンセプトに見合ったハンドリングを実現できました。新型はライダーの入力に対して落ち着いたレスポンスをみせ、フロントの接地感が向上しています。

----:足まわりや操作系はいかがでしょう。

瀬戸:MT-09よりもシート高が15mm低いだけでなく(現行XSR900比では、−20mm)、幅もスリムなため、またがった瞬間から高い一体感を感じて頂けるのではないでしょうか。サスペンションは、MT-09比でバネレートを少し上げ、ストローク感を出しつつ、余計な動きは抑える方向でダンピングを調整。ギャップの吸収性が高まり、安心してスロットルを開けていけるハンドリングになっています。また、ブレンボのラジアルポンプマスターシリンダーの採用によって、レバーを握り込んでいった時のコントロール性も向上しています。

----:MT-09よりもハンドルは低く前方へ、シッティングポイントは後方へ引かれているようですね。

瀬戸:MT-09というベースがあり、そこからトレーサー9 GT、そしてこのXSR900が登場したわけですが、バリエーション展開だからこそ、ライディングポジションを手軽に変えただけで成り立つようなものではなく、意外と難しいんです。そんな中でもXSR900がみせる人馬一体感はテストライダーとして胸を張れるものですし、ヤマハならではのコーナリングを楽しんで頂けることを重視した結果、この位置に落ち着きました。

大石:プロジェクトの立ち上げ当初、開発メンバーのみんなで弊社のレーサーを手掛けている豊岡工場に行ったんです。そこにある歴代のマシンにまたがりながら、バイクとライダーのフィッティングを追求し、なおかつ自由度の高いポジションを探っていきました。ヤマハが培ってきたレーシングDNAをどう注入するかについては幾度もの喧々囂々があり、決定までは様々な紆余曲折がありました。

エンジニア自身が「欲しい!」と思えるバイク
----:水平基調のボディラインは、かつてのグランプリマシンをストリップにした時の雰囲気がありますね。

野原:80年代の雰囲気に寄せるのか、それを匂わせるくらいに留めるのかは難航したのですが、あの頃をリアルタイムで知る世代にも、若い世代にも受け入れて頂けるバランスになっているかと。私はその狭間の世代ですが、自分でも実際に買うつもりで設計していますし、買った後のカスタムのことも考えて、「ここはこうあって欲しい」という理想を込めました。

----:例えばそれはどういった部分でしょう。

野原:挙げればキリがないのですが、リアのフットレスト(タンデムステップ)がそうですね。ひとり乗りの時は可能な限り、リアまわりをスッキリさせたいという思いから、可倒タイプにしています。そのぶん、強度が必要になるため、ステップもブラケットもアルミ鍛造で成形し、カスタムで取り外した際にはボスが目立たないように取り付け位置にもこだわっています。素材も製法も相当数試した部分で、我々のような設計担当だけでなく、デザイナーの意見も随所に散りばめられています。見えないところでは、シート下にペットボトル程度が収まるスペースを確保するなど、実用性にも配慮しています。このあたりも、自分で手に入れて走りに行くことを想定した部分です(笑)

大石:多くのエンジニアが、野原のように当事者意識を持って取り組んでくれたのはいいのですが、それゆえ思い入れが強く、なかなかスムーズに事が運ばない(笑)。もちろんコストとの兼ね合いもあるため、優先すべき新設計パーツの順位をベスト30位くらいまで出し、そこから取捨選択していきました。

足つきがよく、間口の広いモデルに仕上がった
----:燃料タンクやシングル風シートといった大物パーツもさることながら、クイックファスナーで留まっているサイドカバーやバーエンドミラー(いずれもヤマハのストリートモデルとしては初)、ドリル加工が施された倒立フォークのトップキャップ、フェンダー裏のアルミパネルなど、細かい部分にそれが見て取れます。

大石:デザイナーとのコミュニケーションは本当に密に行いました。テールライトが光っていない時は目立たないように配置したり、燃料タンクの取付カラーは専用品を起こすなど、一定の制約がある中でやれることは可能な限りできましたね。

寺島:エンジン内部はMT-09と共通のため、XSR900独自の変更点はないのですが、両サイドのアルミカバーやクラッチの樹脂カバーに専用の塗装を施工するなど、車体とのマッチングを図っています。リアアームの変更によって安定性が増しているため、トルクフルな3気筒エンジンのフィーリングを、より引き出して頂けるのではないでしょうか。

----:電装系はいかがでしょうか。

村田:基本的にMT-09のシステムを踏襲していますが、上位グレードの「MT-09SP」に標準装備されるクルーズコントロールを採用していることと、タコメーターの色を変更しています。また、ガソリン残量の目盛りをひとつ増やし、よりきめ細かく情報が表示されるように最適化しました。あと、直接の担当分野ではありませんが、新型XSR900は私のように小柄なライダーでも足つきがよく、安心して乗れるところがいいですね。このモデルの大きな訴求ポイントだと思います。

----:新型XSR900はどういったライダーにおすすめできるモデルでしょうか。

大石:冒頭にお話した通り、80年代を知るベテランライダーはもちろん、若いライダーにもぜひご体感頂きたいですね。村田の言葉通り、足つきがいいため、またがった状態からの取り回しもしやすく、この排気量のモデルとしてはとても間口の広い仕上がりになっています。意のままに操り、狙ったラインをきれいにトレースできる心地よさをお楽しみください。

ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 新型XSR900のプロジェクトリーダー 大石貴之氏《写真撮影 雪岡直樹》 大石氏のおすすめは、XSRの目玉でもあるタンデムステップ《写真撮影 雪岡直樹》 車体実験プロジェクトチーフの瀬戸正毅氏《写真撮影 雪岡直樹》 テストライダーを担当した瀬戸氏のこだわりはシート《写真撮影 雪岡直樹》 プロジェクトチーフの野原貴裕氏《写真撮影 雪岡直樹》 野原氏は自分でも欲しい要素を可能な限りつめこんだという《写真撮影 雪岡直樹》 筆者が新型XSR900の足つき性をチェック《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 エンジン全般のプロジェクトチーフをつとめた寺島佳希氏《写真撮影 雪岡直樹》 寺島氏のおすすめポイントはやはりエンジンだ《写真撮影 雪岡直樹》 村田氏のおすすめポイントはヘッドライトとメーター《写真撮影 雪岡直樹》 電装系全般のプロジェクトチーフをつとめた村田真章氏《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》 ヤマハ XSR900(海外仕様)《写真撮影 雪岡直樹》