ヒョンデ ネッソ《写真撮影 吉澤憲治》

18年のCESで発表されたヒョンデ初の燃料電池車=FCEV、『ネッソ』が日本に上陸した。コンシューマー向けにリースではなく売り切りとして扱われるFCEVとしては、トヨタ『ミライ』以来の二台目となる。

ネッソは日本市場での販売に向けて、2年近く前からカーシェアリングサービスのエニカを介して日本でも車両を稼働させながら、ローカライズに向けての作業を重ねてきた。『アイオニック5』も然りだが、ウインカーレバーの配置も含めて右ハンドル環境をきちんと作り込んできていることには感心させられる。但し車載OSの新旧の関係もあってか、アイオニック5に採用されていた日本向けのナビゲーションシステムは搭載されない。AppleCarPlayやAndroid Autoを使いながら、走行距離残や水素ステーションへの行程を自分でマネージする必要がある。

ネッソはワゴン的な使い勝手も備える
ここ4〜5年のヒョンデのクルマが纏うデザインテーマのひとつは連なる小滝をイメージしたのだろう、その名もカスケーティンググリルだ。ネッソもそれを纏い個性を打ち出している。灯火類の配置はシトロエンや三菱を思わせるが、ネッソのヘッドランプは上側の細長いランプの中にDRSと一体で組み込まれる。バンパー両端やDピラーはエアフローにも関わるフローティングタイプを採用、ドアノブやリアワイパーをコンシール化するするなど、そのデザインはアイオニック5ほどの明快さはないが、気遣いはきめ細かい。

欧米の一部地域とはいえ、ネッソがコンシューマー向けFCEVとしては好調なセールスを記録している最大の要因は、SUV的なスタイルを採っていることだろう。スルー機能のない独立したトランクを持つミライに対して、6:4の分割可倒リアシートを持つなど、ネッソはワゴン的な使い勝手も備えている。

更に高い室内高を利してアップライトに座らせる後席は、前席下部の足入れ性もよく、ミライより快適にも思えなくもない。もっとも、そのぶんミライは後輪駆動や理想的重量配分による想像外のスポーティネスを備えている。それと法人需要や要人送迎などで要される様式との相性からセダンスタイルを選んでいるといえるだろう。

内装は意匠そのものは直線的でシンプルだが、センターブリッジにボタンが多く並ぶなど、ちょっと煩わしさを感じるところもある。但し過度にタッチパネルに頼らないぶん、階層を掘り出すこともなく機能へのリーチは短い。ちなみにオーディオはホンダレジェンドも採用していた米Krell社のプレミアムシステムが標準となり、各種音源はもとより、雨や波など自然の音も再生できるギミックデータが内蔵されている。また、植物由来の人工皮革やプラスティックなど、バイオ系の素材を台あたり約34kgに渡って採用しているという点も、環境意識の高いユーザーには訴求点となるだろう。

乗り味は期待値を大きく上回った
自社計測ながらWLTCモードで820kmという航続距離は、実用面でも充分に満足できるものだ。それでもミライ同様、水素の入手にまつわるハードルがかなり高いネッソは、売り切りとはいえその主たる顧客は当面は法人、つまりBtoBが大勢を占めるのではないだろうか。が、それが勿体ないと思わせるほど驚かされたのはその乗り味だ。アイオニック5が概ね想定内だったのに対して、ネッソはこちらの期待値を大きく上回ってみせた。

まず驚くのが起動時のレスポンスの良さ、そして走り出しからのメカ音がしっかり抑えられていることだ。直接的に比べたわけではないが、印象的にはポンプやインバーター、モーターなどの作動音の小ささはミライを上回っているかもしれない。更にいえばロードノイズの封じ込めも見事なものだ。装着タイヤは日本のハンコックのサイトには掲載されていないVentus S1 evo2 SUVだが、そのノイズレベルの低さや適切なダンピング感はネッソの長所を上手に引き出していた。

クルマの性格上、そもそも高負荷域で扱われることは少ないクルマだと思いつつも、高速巡航やコーナリング時の動的質感の高さも驚かされたポイントのひとつだ。操舵フィールが若干希薄なのが勿体ない…とはアイオニック5でも感じたところだが、タイヤの接地感自体は相当きっちり出ていて、コーナリング時も挙動に不安がない。上屋の伸び側の動きがきちんと抑えられたそのフラットライドぶりは、欧州のCセグメントハッチバックとガチで比較できるレベルだ。水素タンクを抱えるリア周りの構築が強固だとはいえ、BEVほど重心が低いわけではないFCEVでこれほどのボディコントロールが出来ているところに、ヒョンデの底力が透けて見える。

この調子であれば、現在の『ソナタ』や『i30』といったコンベンショナルなモデルも相当なダイナミクスを得ているのだろう。日本の自動車メーカーのエンジニアが知らぬ話とは思えないが、ともあれ静的にも動的にも好敵手であることはよくわかった。

■5つ星評価
パッケージング:★★★★
インテリア/居住性:★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
オススメ度:★★★★

渡辺敏史|自動車ジャーナリスト
1967年福岡生まれ。自動車雑誌やバイク雑誌の編集に携わった後、フリーランスとして独立。専門誌、ウェブを問わず、様々な視点からクルマの魅力を発信し続ける。著書に『カーなべ』(CG BOOK・上下巻)。

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