グループPSAジャパン 木村隆之 代表取締役社長《写真撮影 平原克彦》

◆初代ヤリスに土をつけたプジョーの思い出

2020年末よりグループPSAジャパンの新社長に就任した木村隆之氏は、ご存知の方も多い通り、ボルボ・カー・ジャパン前社長として在任中にその年間販売台数を約4割も伸ばした人。スウェーデン車からフランス車へと、文化も戦略も、あるいは価格帯も異なるプジョー、シトロエン、DSを束ねるにあたりどのような戦略を掲げるのか。

「ボルボの木村さん」のイメージが強かったため、グループPSAジャパンを率いることになった経緯を、まずは訊ねてみた。

「私は元々、異業種でも通用するプロ経営者になりたいとトヨタを飛び出して、ユニクロで柳井さんの下で勉強させてもらってMBAを取った後、日産が呼んでくれてクルマの世界に戻ったんですね。今回も自動車以外の業種で色々と考えたんですが、ボルボ以前の伝手といいますか、PSAの周りは日産やルノーOBも多く、それで旧知の方々から複数、お声をかけてもらったんです。知っている者同士ですので話も速く進んだと思います」

PSAグループおよびボルボは、高く評価されている大小ふたつのプラットフォームを主軸に据えている点は似ているが、Cセグ・プレミアムを境に、日本での市場展開はかなり異なる。その点についてはどう思うのか?

「ちょっと話は前後しますが、私はトヨタ時代にベルギーに5年間駐在して初代ヤリスの商品企画をやっていたので、ボルボ以前はむしろBセグ、欧州の小型車の専門だったんですよ(笑)。今、ヤリスという車名と初代から不変のロゴ、当時の欧州のデザイン拠点だったEPOC(Toyota Europe Office of Creation)が最初期に手がけたものですが、日本の路上で目にするようになったのは感慨深いものがあります。余談ですが商品企画の助っ人としてアメリカから来た同僚がフォード現CEOのジム・ファーレイで、ローンチ・リーダーだったのが今のルノー会長のルカ・デ・メオ。欧州で机を一緒に並べていた二人に、ちょっと差をつけられちゃったかな(笑)」


そう冗談めかしていう木村氏だが、ヤリスを手がけていた時代、競合としてプジョーは強烈な印象を残していた。

「あの頃、初代ヤリスのプロトタイプを欧州にもち込んで、独仏伊など主要市場となる各国で現地メーカーの競合車種何台かと並べて、ユーザー・クリニックにかけたんです。ヤリスも強かったけど、デザインから内装その他、すべての国で全敗を喫した相手がプジョー『205』でした。しかも『206』はまだ出ていなくて、モデル末期の。競合車種でも走り込みますから、プジョーって脚がいいじゃないですか。“猫足”かは分からなかったけど、乗り心地もいいし、ロールもするけど狙った通りに曲がる。気持ちのいいクルマだなと」

「当時の欧州トヨタの技術開発拠点がベルギー国境近くのドイツ、ケルペンにあって、ウチでもこういうクルマ造れない?っていってみたら、ケルペンの担当者が開き直るんですよ。あんな高いダンパーを使わせてもらってないから、ああは仕上がらないって(笑)。プジョーって凄い車なんだなと、ヨーロッパで現地現物で体感しましたね」

◆狙いは従来の国産車ユーザーたち


ヤリスの立ち上げを通じて、生活車でもブランドが根ざしている欧州のクルマ造りとマーケティングを、木村氏は肌感覚で教えてもらったと述べる。今後は逆に、日本で欧州の生活観を反映したクルマを展開する側へ回った訳だが、フランス本社からはどのような使命や戦略を伝えられているのだろうか?

「ビジネスをさらに伸ばしていく以外に、とくに細かなことはいわれていません。今、日本市場ではプジョーが5年連続、シトロエンが4年連続、DSが2年連続で順調に販売台数を伸ばしています。欧州以外の成熟市場で質の高い販売マーケティングができていることで、日本(法人)は本社からポジティブに評価されています。ですから経営者の立場からすれば建て直すどころか、駅伝でいえば絶好のポジションでタスキを受け取ったようなもの。販売台数の好調を維持するのは無論ですが、量だけでなく質で伸びるという成功事例を欧州の外で作って欲しい、そんなメッセージは感じましたね」

それでは今後、日本でのプジョーをはじめPSAグループはどのようなポジションを目指していくのだろう?

「一般のお客様に各自動車メーカー&ブランドに当てはまるイメージ・ワードを挙げてもらうという、客観的調査をしてもらったんです。プジョーのケースだけ挙げますが、座標軸にした時、『ドライビング・プレジャー/エモーショナル』と『ラグジュアリー/ハイステータス』という領域で、他ブランドと近接しないユニークなところにいます。とても差別化されていていいポジションです。例えば、私の手元にはスマートフォンがありますが、多様化の時代といわれながらデザインや機能は、じつはどんどん中心化してきていますよね? 情報が溢れていますから。その中で、これだけ差別化されているブランドは、大きな財産だと思いますし、ここをテコにして伸ばしていきます」


「欧州勢が中心のラグジュアリーカー市場の中にいつつ、日本車のユーザーにも十分ふり向いてもらえる位置にありますし。やはり成熟市場ですから、日本車からどんどん乗り換えてもらって、もっとカッコよく、もっと楽しみがある、もっといいクルマ…って、たぶん豊田章夫さん(トヨタ自動車社長)も同じ意図で仰っていると思います。でもPSAには今すぐいいクルマありますから、ふり向いて下さい、買って下さいというメッセージですね(笑)。そこを具体的にやりたい」

クルマのハードウェア部分だけでなく、スタイルや快適性、車内でどのようないい時間を過ごしたいか、従来国産車ユーザーを含めそうした点に興味ある人に、積極的に提案したいという木村氏は、輸入車マーケット全体の地合いについても、次のように指摘する。

◆輸入車市場にもフランス文化の中にも追い風


「JAIA(日本自動車輸入組合)のデータにも表れている通り、スウェーデンのボルボやアメリカのジープ、そしてフランスのPSAが伸びているのは、ドイツ車一辺倒だった頃から市場が成熟に向かっている証左で、自分の嗜好をはっきりさせる方が増えてきたということ。ここにも我々が伸びるチャンスはあると考えます」

日本車からもっといいクルマを求める流れと、輸入車の中でも非ドイツ車へのうねり、加えてフランス車としてもうひとつ、重要な要素があるともいう。

「フランスの食文化やブランドが好きという固定ファンは沢山いらっしゃいます。しかし、フランス車好きは増えたとはいえ、まだまだ。フランスの食がお好きなら、車もいいのがありますよ、というアピールです(笑)」

フランス車といえば、昔から信頼性というクオリティ面で心配される嫌いはまだ根強くあるが、木村氏はPSAグループに入って驚いたことがあるという。

「内部の数字なので具体的には申し上げませんが、フランス車の方が日本車より品質管理は徹底しているぐらいで、保証期間内に入庫で戻ってきた数値でも、PSAの車が日本車と同等かそれ以上の信頼性、という数字が出ています。2014年にカルロス・タヴァレスが会長に就いてから劇的な改善をした部分です。この点についても、お客さんの認識を変えてもらうべく頑張らなきゃいけない。要はフランスの文化は好きだけど、車は大丈夫?どうなんだろう?と思われている方がいたら、そのギャップを埋めていく作業です」


日本市場でプジョー以外、シトロエンやDSのポジションや戦略については、どう考えているのだろう?

「シトロエンは『C3』以降、コンフォートをキーワードに据え、創業100周年を一昨年に迎え、新世代モデルがこれから続々登場していくところ。移動の自由と快適さへと、多くの人にアクセスしてもらうこと。DSは…盛り上げたいですね。例えばですが、時計はカルティエ、服はエルメスやシャネル、鞄はルイ・ヴィトンさん…でもクルマはドイツ車でいいんですか?というところです。もちろんレクサスもありますしボルボも食い込みましたが、もっと広く選択肢を拡げる意味でも、フランスの高級車を、数を追う訳じゃないけど、定着させたいな、と。高級車で走る・曲がる・止まるがキチンとしているのは当たり前ですから、嗜好で選ぶ時代は来ていますし、その時にフランスの高級車が選べなかったら寂しいじゃないですか」

◆電動化と同じぐらい大事なものとは


意外にも「寂しい」という情緒的な言葉が飛び出したが、木村氏はデータだけでなく感覚で市場に向き合うマーケッターでもある。

「日本車から欧州車にジワジワとふり向いてくれる方が増える傾向は、コロナ禍でも変わっていません。よく私は口にするのですが、色々な国の色々なブランドをお客さんが見ている流れは、一方通行で変わらないと。データがないので感覚ですが、日本車から欧州車に入ってくる方はいても、一度この川を渡ってしまうと逆に戻る方はほとんどいないでしょう。だから一方通行。PSAグループが仕掛けるべきは川を一度、思い切って渡ってもらうことですね。日本車の主流メーカーから我々は遠いポジショニングなので、マーケティングとしても工夫しがいのあるところ。今、日本車に乗っている方で、PSAの価値観が響く方を、いかに探り当てて、提案できるか。いわゆるマスではないデジタル時代のマーケティングを強化していきます」

PSAグループも足元の欧州ではラインナップの電動化を進めているが、日本におけるPSAグループのラインナップも電動化を積極的に進めるのだろうか?

「電動化という言葉が先走りしているのはあるでしょうね。MHEV(マイルドハイブリッド)辺りは、声を大きくして電動化というようなものかどうか。ゼロ・カーボンに向けてCO2排出量を減らして…という大きな流れが市場だけでなく、政治や経済の上でもコンセンサスができたのが2020年だったと思います。DXにしろ環境問題にしろ、コロナ禍で立ち止まらされて、これまで先送りにしていたものを、やはりやらなければいけないと、一気に堰を切ったように溢れ出たような。ところが、それらと電動化は別々に考えるべきだと思っています」


「日本のエネルギーミックスを鑑みれば、車がすべてEVになればそれで解決、ではないですから。自動車業界にとって難しい本質的な問題を突きつけられていることは確かで、考えるべき・実行すべきは環境や社会への負荷を小さくすること。ですからフランス車の電動化元年というより、環境問題に一層コミットしていくことを明確に示す・発信するフェイズであると捉えています」

すでに『e208』や『e2008』、『DS 3クロスバックE-テンス』など、PSAグループは3車種もの日本に積極投入している。だが、ガソリンやディーゼルというICEの選択肢を維持して配分バランスを必要に応じて変えていく姿勢は、このインタビューの数日後、フィアット・クライスラーとPSAグループが法的に統合して、1月に誕生したステランティス・グループ発足時の会見で、カルロス・タヴァレスCEOも述べていたこと。性急でこそないが確実に大きく変わりつつあるPSAグループの各ブランドを、木村新社長がどう展開させていくか、要注目といえる。

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