コペン GR SPORTのフロントビュー(オープン)《撮影 井元康一郎》

ダイハツの軽オープン2シーター『コペンGRスポーツ』で600kmほどツーリングする機会があったので、インプレッションをお届けする。

2002年に登場した第1世代、2014年に登場した第2世代と、2代にわたってオープン2シーター、電動バリオルーフというパッケージを特徴としてきた『コペン』。2019年秋に追加された「GRスポーツ(以下GR)」はダイハツの親会社であるトヨタ自動車のレーシング&コンプリートスポーツ部門であるGAZOO RACING(ガズーレーシング)がチューニングに関わったコラボレーション商品で、トヨタブランドでも同名で販売される。


エクステリア、インテリア、シャシー、ボディと幅広く手が入れられているという点はトヨタ車ベースのガズーレーシングモデルと同じだが、コペンGRは開発プロセスが異なり、ガズーレーシング側はチューニングに関してオピニオンを出すだけで、開発作業はダイハツ側が行うという形で作られたという。お値段はCVT車が238万円、5速MT車が243万5000円と、ビルシュタインショック&レカロシート装着の「ローブS」に対してCVTで29万円、MTで32万3000円高。

試乗車はCVTで、オプション装備はカーナビのみ。ドライブルートは東京を起点とした北関東周遊で、総走行距離は604.2km。道路比率は市街地2、郊外路5、高速1、山岳路2。1〜2名乗車(それ以上は乗れないが)、エアコンAUTO。

ではコペンGRの長所と短所を5つずつ挙げてみよう。

■長所
1. 驚異的な路面追従性の足。他のGRスポーツの良さともまた方向性が異なる。
2. ノーマルコペンと異なり、クローズドでの走行が味わい深いスポーティキャラ。
3. ノーマルと同じだが照射能力十分、照射範囲もそこそこ広いヘッドランプ。
4. ノーマルと同様、バリオルーフを畳んでも短期旅行荷物なら積めるラゲッジ。
5. ノーマルに比べてしなやかな乗り心地。

■短所
1. 乗り味が生真面目にすぎてノーマルのハチャメチャな楽しさが薄まった。
2. レカロシートのヒップポイントがノーマルシートよりちょっと高い。
3. タイヤのせいか燃費はノーマルより全般的に落ちた。絶対的には優秀だが。
4. 先進安全システムを欠き、このままでは義務化のあかつきに販売継続が困難に。
5. メーカーチューンとしての仕事は素晴らしいが、50万円安いノーマルに惹かれる。

◆ノーマルコペンの楽しさとはおよそ異なる顔


少し前のことになるが、筆者は2018年にコペンの丸目ルック「セロ」で700kmほどドライブしてみて、コペンでの遠乗りのあまりの楽しさに衝撃を覚えたことがある。電動バリオルーフを開け、さんさんと降りそそぐ太陽の光を浴び、風の巻き込みに頬を打たれながら走るだけでこのクルマにのる価値を語るのに十分という感じであった。

オープンカーは昔も今もいろいろある。が、フロントウインドシールドがかき分けた空気の流れと体が近いのは断然コペン。これより近いのはもはやケータハム『スーパー7』みたいなクルマだけだろう。ドタドタした乗り心地、うるささもむしろチャームポイント。そのくらいの欠点があったほうがむしろ可愛げが増すというもの…なんて人間臭さを感じたりもした。言うなれば、デタラメ含みのハチャメチャな楽しさだ。

コペンGRはそんなノーマルのキャラとはおよそ異なる顔を持っていた。何といっても足まわりのチューニングがすごい。これが軽の足かと驚愕するレベルだ。前振りで述べたようにテスト走行してチューニングの方向性を出すのはトヨタのガズーレーシングだが、それを聞いて実際に作り込むのはダイハツ、そしてショックアブゾーバーメーカーのKYB。このコラボレーションは想像よりもずっと素晴らしく機能した。

◆路面追従性は一級のスポーツカーのよう


この足のすごさに舌を巻いたのは、茨城の筑波山の山稜を走る表筑波スカイラインでのこと。この路線には走り屋がスピードを出しすぎないよう、至るところに路面に大きなうねりが付けられている。ちょっと足が良いという程度のクルマなら、十分減速しないと上下にゆっさゆっさと揺すられて不快な思いをすることになる。

サスペンションストロークが小さい軽のコペンならなおのこと、そこはさすがに絶望的だろうなーと思っていたのだが、走っていてふと気づく。「え、もしかして今の箇所、減速ハンプ帯だった!?」。サスペンションの応答性がすさまじく良く、路面追従性が一級のスポーツカーのように高いので、路面のうねりとサスペンションのボヨンボヨンとした動きが喧嘩しない。まるでクルマがうねりを綺麗にトレースするかのように動くので、揺すられ感がないし、グリップ力も一定に保たれるのだ。


そんな大ストロークの発生をモノともしない足である。ワインディングロードでの動きが悪かろうはずがない。表筑波スカイラインに行く前は日光の山道などをドライブしていたのだが、その時点でノーマルに比べてサスペンションの動きがずいぶんいいなあと感じてはいた。

コーナリングの入り口、ステアリングを切りはじめるあたりまでブレーキをかけてやるだけでフロント外側のサスペンションが実に滑らかに沈み込み、そこでぐっと安定して曲がる感じなのだ。そして、乗り心地も固いのに突き上げ感が少なくノーマルより快適というおまけつきだ。低フリクションな足特有の、まごうことなきコンプリートカーの味だった。フロアが補強されていることも効いているのだろう。

◆「これってコペン本来の楽しさなのか!?」


普通はこれでめでたしめでたし、素晴らしかったですとなるところなのだが、クルマという商品はわからないもので、シャシーが素晴らしくなったからといって親愛度が増すとは限らない。コペンGRの場合、足が素晴らしく良くなったせいで注意力が操縦性や乗り味のほうに行くため、ノーマルコペンの一番のお楽しみであるはずのオープンエアがわき役に回っている感があった。

ノーマルモデルの場合、オープンとクローズの落差が激しく、開けて走らないと大損しているような気分になったものだった。ところが、足の良いコペンGRは閉めていても楽しい。というか、閉めて走っていると妙に気分が上がる。視界は目の前の小さく、かつ強く湾曲したウインドシールドに限定されるが、それと精密な足回りのフィールのコンボがレーシングカーに乗っているかのような感覚を誘発するのだ。大げさに言うとナローポルシェ『911』、あるいはアバルト『レコルトモンツァ』みたいなイメージだ。

が、ふと我に返ると「これってコペン本来の楽しさなのか!?」という思いが頭をもたげてくる。もちろん開けて走ればノーマルと同じオープンエアなのだが、そうすることによって「うわー、やっぱりオープンにしなきゃ嘘だよね」という気分にはあまりならない。原型はオープンにならないクローズド2シーターで、それにバリオルーフを後から付加したクルマのような感じだった。クルマってすべての機能を良くしていけば一方的に素晴らしさが増すわけじゃないんだなと、商品性というものの複雑さをあらためて実感したような気分だった。

◆やはりCVTよりも5MTで乗りたい


0.66リットル3気筒ターボエンジンはノーマルと変わらず。ホンダエンジンのように低回転から過給がグワッと立ち上がるような力感はないが、800kg台のボディを軽やかに走らせるには十分な性能を持っている。パドルシフト付きCVTはレスポンスは悪くないが、コペンGRの性格を考えると5速MTで乗りたい気もした。5速MTは日産『マーチ NISMO S』と同様、6速からトップギアを取り除いたような感じのクロスレシオなので、燃費では不利だが楽しさは結構あるはずだ。

遠乗り区間553.5kmの満タン法による実測燃費は19.8km/リットル。軽とはいえスポーティカーであることを考えれば十分に経済的と言えるが、ノーマルが25km/リットルを超えていたのに比べると悪い。ノーマルとタイヤが違うことに加え、ちょっとのスピードでもビュンビュン走っているように感じられるノーマルより自然と平均車速が上がったことが大きく影響したものと考えられる。

車内はインパネデザイン以外はノーマルの上位グレード「S」に準じる。シートはウェブサイトの説明ではオリジナルのレカロ製とあったが、デザイン的にはSのレカロと見分けがつかず、表皮が違うだけなのか設計も異なるのかは定かではなかった。


そのレカロシートだが、ノーマルの標準シートに比べるとヒップポイントがやや高い。身長170cmの筆者が座った場合、ノーマルだとオープン時の頭上の気流の壁と頭頂の間に少しクリアランスがあるが、GRの場合は頭を風が撫でる感じであった。目線の高さも含め、どちらかというとノーマルのヒップポイントのほうが好ましいように感じられたが、ショルダーのホールド性は見た目どおりレカロのほうがはるかに上だった。

◆『S660モデューロX』と比肩するベビースポーツだった

スポーティな走りと固い中にもしなやかさを感じさせる乗り心地を手にしたコペンGRは、走りの良いベビークーペが欲しいというカスタマーにはとても良い選択になり得るクルマだった。とてもコントローラブルで、山道を走り抜けるのがいっそう楽しく感じられることだろう。一方、オープンエアを楽しむのが第一というカスタマーにとっては足、ボディ補強はオーバークオリティの感が強く、200万円アンダーのノーマル車を買って差額の40万円はツーリングの費用に投じるほうがよっぽど満足できるのではないかと思われた。

コペンGRと比肩すべき足の良さを持つ軽スポーツに、ホンダ『S660 モデューロX』がある。子会社であるホンダアクセスが手を加えた足や空力パーツがライン装着されたもので、こちらも実に立派な、「軽ばなれ」したコーナリング性能と安定性を見せる。印象としてはサスペンションの大きなストロークではコペンGRが、微小ストロークではS660モデューロXが勝ち、荷重移動のスムーズさで互角という感じである。


S660の場合、元々のモデルがオープンエアは副次的な楽しみで、第一は走りという性格付け。それにモデューロの手が入ったことでミッドシップレイアウトならではの回頭性の良さと低重心パッケージによる安定性、挙動のわかりやすさが純粋に高まり、ノーマルから後退したと感じる部分はないに等しかった。その点、コペンGRのほうはちょっとトレードオフが多い。人間で言えばバカだけどメチャクチャ面白かった奴が利口になり、言うことは正しくてまっとうなのだが持ち味の面白みが薄れてしまったような感じだ。

もちろんそれはノーマルコペンのテイストとの比較であって、純粋にスポーティカーとしてのテイストという観点では良くなったことばかりで悪くなったところはない。ノーマル比40万円、S比30万円高で足とボディにこれだけ手が入るのは、大特売としか言いようがないレベルである。

第2世代コペンは発売されてからかなりの時間が経過しているが、コペンGRはベビースポーツ好きのココロを十分に捉えられるだけの完成度であることは間違いない。ノーマルの場合はモデルの性格が結構異なることからS660とはあまり競合しないようなイメージだったが、コペンGRの場合はS660モデューロXと結構バッティングしそうだ。この2台は制限速度の低い日本の公道に似合うスポーツカーとして、今どきとても貴重な存在と言えよう。

コペン GR SPORTのフロントビュー(クローズ)《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORTのリアビュー(オープン)《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORTのリアビュー(クローズ)《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORTのサイドビュー(オープン)《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORTのサイドビュー(クローズ)《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORTのフロントフェイス。バンパー形状はノーマルと大きく異なり、トヨタのガズーレーシングモデル的なデザイン。《撮影 井元康一郎》 ヘッドランプ&ロードランプ点灯。照度、照射範囲とも結構優れていた。《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORTのテールエンド。《撮影 井元康一郎》 テールランプ点灯。《撮影 井元康一郎》 バリオルーフを収納した状態。《撮影 井元康一郎》 タイヤはブリヂストン「POTENZA RE050A」。足とのマッチングは上々で、非常にコントローラブルだった。《撮影 井元康一郎》 フェンダーとフロントタイヤは結構ツライチに近く、スポーツカー的雰囲気がある。《撮影 井元康一郎》 キャビンは狭い。そこがいい。《撮影 井元康一郎》 ステアリングはMOMO製。GRのロゴが入る。《撮影 井元康一郎》 センターコンソールにはカーボン調の加飾が。《撮影 井元康一郎》 シートはレカロ。ここにもGRのロゴが入る。《撮影 井元康一郎》 ウインドシールドは小さめ。そこがいい。《撮影 井元康一郎》 バリオルーフを開けてもこのくらいの荷物が入るのはコペンの美点。《撮影 井元康一郎》 リアサス。GRのコイルスプリングが入る。《撮影 井元康一郎》 コペン GR SPORT《撮影 井元康一郎》 ターボエンジンは性能的に不満はないが、ホンダエンジンのようなパンチはない。《撮影 井元康一郎》 燃費は実測で20km/リットル弱。平地をおとなしく走ればもちろんもっと伸びるだろうが、タイヤの違いのためかノーマルよりかなり落ちた印象。《撮影 井元康一郎》 表筑波スカイラインに設けられたハンプ。足があまりに良いため大きなうねりをトレースするようにクルマが動き、「え、もしかして今ハンプだった?」と後からびっくりしたほど。《撮影 井元康一郎》 総走行距離604.2km。《撮影 井元康一郎》 ホンダ S660 モデューロX(カーニバルイエローII)《画像:本田技研工業》