ホンダ インサイト EXのフロントビュー《撮影 井元康一郎》

ホンダが2018年末に発売したハイブリッドセダン『インサイト』で4100kmあまりツーリングする機会があったので、インプレッションをリポートする。

インサイトはホンダが1999年に第1世代モデルを投入したハイブリッド専用モデル。だが、洞察力を意味する車名とは裏腹に実車は迷走。第1世代は到底量販を見込めないオールアルミの超小型2シータークーペでトヨタ『プリウス』のライバルたり得ず、しばらくの断絶の後に2009年、サブコンパクト『フィット』をベースに低価格を狙った第2世代を投入したものの、プリウスとの圧倒的な性能差の前に再び屈した。

現行型は第2世代が断絶してから4年あまりのブランクを経て登場した第3世代で、セダンモデル『シビック』をベースに2モーター式ストロングハイブリッドシステムをセットアップするなど、クラスアップが図られた。第1世代がAセグメント、第2世代がBセグメント、そして現行がCセグメントと、あたかも出世魚のような成長ぶりだが、実態は迷走の歴史。技術力は高いのにさまざまな理由でその技術を商品戦略にちっとも生かすことができない期間が長く続いたホンダとしては、ここらあたりで何とかその流れを食い止めたいところであろう。

試乗車は上位グレードの「EX」。17インチホイール、8インチカーナビ、運転支援システム等々、充実した装備を持つが、価格も10%税込み356万4000円となかなかご立派。試乗ルートは東京〜鹿児島周遊で、往路は山陽から大分、宮崎の九州東海岸ルート、復路は九州西海岸の佐賀・唐津方面、山陰道を経て東京に帰着するというもので、総走行距離は4150.1km。おおまかな道路比率は市街地2、郊外路5、高速2、山岳路1。本州内は1名乗車、九州内は1〜4名乗車。エアコンAUTO。

では、インサイトの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1. 電気モーター駆動がもたらす素晴らしい加速力。
2. シーンを選ばず優秀至極な燃費。
3. 長距離走行をリラックスしたものにする前席の居住感。
4. 抜群の採光性が生む室内のルーミーさ。
5. 何があったか精度が上がった運転支援システム。

■短所
1. シビックセダンに比べてなぜか落ちる乗り心地の滑らかさ。
2. ハイブリッドシステム冷却の導風音が室内に響くなど商品性の煮詰めが甘い。
3. 350万円級のモデルとしては内装の質感が不足気味。
4. 高負荷運転時には1.5リットルエンジンの咆哮がけたたましい。
5. ブランドマネジメントの稚拙さ。

◆三度目の正直


“三度目の正直”とばかりにホンダが再投入した第3世代インサイトだったが、発売当初から販売は苦戦の連続で、最近は乗用車販売のベスト50からも姿を消す有様。今どき難しいジャンルとなっているセダンであることを差っぴいても、これはいただけない。いったいどんな作りをしているのか…。

と、並々ならぬ関心を持って長距離試乗に望んだのだが、結論から言えばインサイトはCセグメントクラスのハイブリッドカーとしては非常に良く出来たクルマだった。加速タイムは2リットル級スポーツエンジン搭載車並み。それでいて燃費はハイペースでも非常に良い。CO2削減技術としてはターボディーゼルも存在するが、軽油とガソリンの炭素量も勘案すると、飛び道具なしでディーゼルがハイブリッドと互角に張り合うのはもはや難しいという感があった。

ロングツーリング耐性も十分。基本的なドライブフィールはユルい系で、ステアリングの操作にビシッと車体が反応するような感じではないが、直進性が良く、動きに神経質さがない。良い意味でおおらかだ。シートはスポーツ性狙いではないが、運動性能の高い『シビックハッチバック』よりホールドはいいくらい。連続運転時の疲労防止もクラス標準は十分に上回っているように感じられた。荷室は広く、長期旅行にも十分使える。

スタイリングはベースとなった『シビックセダン』に一見似ているが、実車を見るとイメージはかなり異なる。一時の「エキサイティングHデザイン」のエッジを効かせまくったテイストが弱まり、伸びやかで情感的な印象。全長は25mm、全幅は左右10mmずつシビックセダンより拡大されているが、たったこれだけでずいぶん変わるものなのだなと思った。



◆機械的な性能は一級品だが…

そんなインサイトにも弱点はいろいろあるが、個別の弱点がどうのこうのというよりは、カーナビ標準装備とはいえ350万円級という立派な価格のクルマを顧客にきっちり売り込もうという作り込みの情熱があまり感じられないのが一番のネガだと感じられた。

ホンダは多数の顧客を抱える巨大メーカーだが、車両価格300万円台以上になると引きがめっきり弱い。インサイトはがっつりそのクラスに入るクルマだが、それを売るには新規顧客を丸々引っ張ってくるようなパワーが求められる。

乗り心地やハンドリングはこのクラスに求められるボーダーラインは越えているが、それ以上の感動がない。コスト制約はきついことだろうが、タイヤやショックアブゾーバー、サスペンションのアッパーマウントなどにできるだけ上等なモノを使い、走り込んで煮詰め、「これがホンダの作る350万円のクルマなのか!!」と、ちょっとテストドライブしただけで運転者を内心驚嘆させるくらいの仕上げを見せなければ、新しい客は取れない。

思うに、インサイトはもともと長期的視野に立って計画された商品ではなく、社内ではどちらかと言うとエコ商品を補完するというくらいのポジションだったのであろう。いわば、必要に迫られて手っ取り早く作る戦時急造艦のようなものだ。そのわりにはクルマのまとまりは悪くないし、とくに機械的な性能は一級品だ。これでエモーショナルな部分がしっかり仕上がっていればもう少し違った戦いになったのではないかと、もったいなく思われた次第であった。



◆「ホンダの350万円車はすごい」と思わせることができるか

では、具体的なインプレッションに入って行こう。まずはツーリングを支えるシャシー、ボディ、コクピットなどについて。前振りでも述べたように、シャシーの基本的な性能は悪くない…というか、かなり優秀な部類に属する。高速道路での直進性は非常に優秀だし、山岳路でもウェット路面を含めて全然遅くない。もともとのシビックセダンのシャシーが十分低重心設計となっているため、このあたりは苦労なく性能を仕立てることができたものと推察される。

ただし、実際のドライブフィールはベースのシビックセダンとは結構異なる。シビックセダンはサスペンションの伸び側を引き締め、車重で路面への圧着感、フラット感を確保するようなセッティングだったが、インサイトはアンジュレーション(路面のうねり)が続くようなところでもサスペンションの伸びのレスポンスで路面を離さないようにしようという感じであった。


クルマを宙吊りにし、サスペンションがその下で自由運動をしているような動きを目指したものと推察されるが、これは功罪相半ばという感じであった。アンジュレーションや段差が大きくなるとふわついた動きになってしまうのである。緩いサスペンションでフラット感を出すのはチューニングが難しく、コストもかかる。車検証を見ると車両重量1390kgとかなり軽く仕上がっているので、シビックセダンと同じポリシーで作り込んでも構わなかったんじゃないかななどと思った。

柔らかくても、ショックアブゾーバーやサスペンションのマウントラバーのチューニングでねっとりとした油圧感のある減衰があれば、それはそれで上質なフィールになるのだが、惜しいことにインサイトはそこの煮詰めが甘い。柔らかいのに舗装の荒れや段差などの振動吸収は大衆車レベルなのだ。

と言っても、別にあげつらうような悪さではない。ステアリングやシートから伝わる微振動の質が低いといった微妙なものだし、同クラスで比較してもインサイトより質感の低いクルマはいくらでもある。要は、ホンダの350万円車はすごい、他ブランドを買うのがバカらしいと思わせるような仕上がりでないのが問題なのだ。



◆味の平凡さは残念だが、長距離ドライブ性能は高い

制振フィールについてはタイヤを変えるだけでも幾分改善されるかもしれない。試乗車のタイヤは215/50R17サイズのブリヂストン「トランザER33」。この銘柄はウェット、ドライグリップ、燃費などのトータルバランス狙いのモデルで性能自体は悪くないのだが、NVHの点は凡庸で、ガサガサしたテイストになりやすい。もう一歩しなやかなタイヤを試したくなるところだ。

ハンドリングはアンダー傾向が顕著。といっても、車重に対するグリップフォース自体は十分以上なので、路面ミューの低いワインディングロードでも困ったりすることはない。アンダーに感じられるのは前サスペンションのロール剛性がかなり高めで、ワインディングを道なりに走っているときに前傾姿勢が弱いことによるものと推察される。


コーナリング中に後サスのほうが沈む感覚があるので、後方に重いハイブリッドバッテリーを積んだことでバランスが崩れ気味だった2代目インサイトよろしく重量配分が後方寄りなのかと思ったが、前後の重量配分は62:38と、FWD(前輪駆動)としては実にいい塩梅だったので、単純に前が固いのだろう。そのぶんブレーキング旋回の時は前荷重がかかったときに良い姿勢となるので、攻めた走りではかなり速い。が、ハイテク上級サルーンというキャラクターで売るのであれば、もう少しツーリング時のナチュラルな走行フィールにリソースを振ってもよかったように感じられた次第である。

そういう味の平凡さは残念なところだが、シャシーの資質の良さに助けられて、長距離ドライブは終始楽なものであった。シビックセダンと同様、200〜300マイル(320km〜480km)という距離の移動が苦にならないようにというアメリカの大衆車市場のニーズにはピタリと合致している。

もっとも、日本で存在感を持つためにはそれだけではすまないので、今後、ちょっとしたテストドライブでもそのへんのクルマとは違うと一発で感じさせるようなフィールを作ってほしいところ。最初からそんなクルマであったなら、ディーラーに来た顧客をここまで逃さずにすんだであろうに。

後編へ続く。

インサイト EXのリアビュー。いかにもカリフォルニアルックなストリームフォルムである。《撮影 井元康一郎》 インサイト EXのサイドビュー。全高1410mmは現代のセダンとしてはかなり低い。《撮影 井元康一郎》 空力向上のためヘッドランプの造形はかなり複雑。《撮影 井元康一郎》 テールまわり。トランクスポイラーが標準で備わる。《撮影 井元康一郎》 前席。リラックス感重視で、ロングツーリングにはなかなか具合が良かった。《撮影 井元康一郎》 助手席からダッシュボードまわりを写す。《撮影 井元康一郎》 後席。ヘッドクリアランスはミニマムだが足元が広く、室内からのビューもひらけていた。《撮影 井元康一郎》 荷室はCセグメントセダンとしてはかなり広い部類に入る。《撮影 井元康一郎》 真夜中の国道10号線大分〜宮崎県境の宗太郎峠にて。1時間の走行で対向車が1台も来ないという交通密度の希薄な区間だ。コンディションの変化にあまり神経を使わず走れるのは最近のホンダ車の美点だ。《撮影 井元康一郎》 湿った外気が窓にボディまわりの気流の紋様を描いた。ドアミラーまわりの乱流がごく小さいことが見て取れる。《撮影 井元康一郎》 インサイト EXのエンジンルーム《撮影 井元康一郎》 ストラットタワーのトップに備えられるアッパーマウントラバーは見た目的にはかなりの大容量。《撮影 井元康一郎》 タイヤはブリヂストン「トランザER33」。性能は十分だが快適性は高くない。アッパーCセグというポジショニングを考えると、もう少し高グレードのタイヤが欲しくなるところ。《撮影 井元康一郎》 三重県・名阪国道の上野忍者ドライブインにて。レストランでは安くて盛りの良いド昭和な定食を楽しむことができる。《撮影 井元康一郎》 早朝の広島・宮島をバックに記念撮影。《撮影 井元康一郎》 宮崎・青島の市街地にて記念撮影。《撮影 井元康一郎》 真夏でも訪れる人の少ない日南海岸だが、美しい海とダイナミックな地形は日本のパシフィックコーストと言っても過言ではない素晴らしさだ。《撮影 井元康一郎》 日南をドライブ中の巻。《撮影 井元康一郎》 宮崎南部、油津にて。商店街再生のモデルケースとして扱われることが多いが、現実は実に厳しい。住環境は最高なのだが・・・。《撮影 井元康一郎》