シートベルトのバックルが高く、お腹との間に隙間ができることがあるという。その要因は…(資料画像)

◆シートベルトと“ふくよかな人”

本当は、怒りを込めて直球でそのまま書きたいところだが、差別用語にあたるので、“ふくよかな人”と表現させていただこう。

2019年2月。福岡市の国道でタクシーと乗用車の正面衝突事故が起きた。双方のドライバーは軽傷。しかし、タクシーの後部座席にいた男性は頭部損傷で亡くなっている。

この事故で明白なのは、シートベルト着用が生死を分けたということだ。後部座席での着用は高速道路だけでなく一般道でも義務である。罰則がないため、しなくてもいいぬるーい雰囲気が浸透しているけれど、危険なのはどこを走行中でもおなじこと。今後はぜひ、タクシーでもマイクロバスでも、シートベルトを着用して身を守っていただきたい。

◆基本は、「かたいところで体を支える」

さて、本題である。

シートベルトは命綱。ただ、着用していればいいってものではない。正しく使わなければ宝の持ち腐れどころか、衝突したときにシートベルトが腹に食い込んで、内臓損傷>出血多量>血圧低下>手遅れと、安全装置のくせに凶器になるひどい装置なのである。

シートベルトの基本は、「かたいところで体を支える」。つまり、鎖骨と腰骨ぐりぐりのあたりにかける。間違っても首にかかる位置や、やわらかい腹の上にかけたりしてはいけない。

ところが、運転席でドラポジをあわせ、シートベルトをかけたときに、バックルの位置が高すぎてシートベルトが腰骨ぐりぐりに当たらないどころか、腹の上空で浮いた状態になり、腹ベルトと腹部のあいだにすきまができるクルマがある。

どういうことよ、これ?

このまま正面からぶつかったら私、サブマリン現象で膝からシート下に滑り落ち、シートベルトが腹に食い込んで内臓損傷>出血多量>血圧低下>手遅れ……になりかねないじゃん?(救命救急センターで何度もこういうケースを見てきたので、怖くて仕方がない)

◆バックルの位置がどんどん高くなった理由

実は、2000年の中頃、この傾向が高まった時期がある。バックルの位置がどんどん高くなったのだ。理由は、“ふくよかな人”にあわせるためだ。“ふくよかな人”は(ああ、もう、面倒くさい、はっきり書きたい!)運転席に座ると、そのふくよかさゆえに、バックルが見えない。探す&装着するのが大変なのだ。ゆえに、バックルは、にょきにょきと伸びてこうした事態にいたったのである。

しかし、“ふくよかな人”に合わせて作られたバックルは、私のように長身でやせ型だと、前述のように、腰骨にかからず、腹部上空で浮いているのである。

「なーんで、体型維持に無頓着で太りまくっている一部の “ふくよかな人”のために、我々が怪我の恐怖におびえなきゃならんのだ!」

その当時、あちこちで騒ぎまくっていたら、いつの間にか、バックルはするすると短くなっていった。おなじころ、バックルはクルマの床から生えていたものも見かけたけれど、そのあたりからほぼすべて、シートの根元あたり(?)にビス止めされるようになり、シート位置を前後に動かしても、変わりなく装着できるようになってきた。

◆世界戦略車に苦労する日本人

ほっと一安心……したのもつかの間、どうも最近また、少しずつバックルが成長してきたのである。そしてそれはどうも、“世界戦略車”として、北米市場などに向けたクルマに強い傾向があるのだ。

ぐぬぬ。日本で日本車買って、どうして世界標準の体型に合わせたクルマに我々日本人が苦労せねばならんのだ。

たしかに、開発者に話をきくと、衝突アセスメントではちゃんとクリアしていますって言うさ。だけど使っているダミー人形は、大きな欧米仕様だよね?

社内基準で、体格の小さなダミー人形でのテストもクリアしていますって言うさ。だけど座らせたときは、ミリ単位でドラポジ調整しているよね?

普段使いで乗るのに、多くの日本人がミリ単位でドラポジ調整しなくちゃならないってどうなんだろう。私たちが欲しいのは、私たち日本人が安心して使える、ストライクゾーンがもっと広い安全装置だ。少なくとも、“ふくよかな人”にあわせた安全装置なんて、ごめんなのである。

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。