トヨタ・センチュリー新型発表《写真撮影 高木啓》

トヨタ自動車が9月6日に公開、受注を開始したSUV版『センチュリー』。デザイン統括部長のサイモン・ハンフリーズ氏はプレゼンで日本というファクターを強調しつつ、このSUV版こそ「次の100年を見据えたセンチュリーである」とアピールした。


◆少数のブランドが顧客を分け合う特殊な世界へ
このSUV版センチュリーは単に2つ目のボディということばかりでなく、トヨタの新しい挑戦というタスクも担っている。1967年に第1世代が登場してから今日に至るまで、センチュリーは4ドアセダン一筋、そして基本的に日本国内用モデルだった。が、このSUV版センチュリーは世界のエンドユーザーに向けて広く販売するというのだ。

2500万円という日本での販売価格からわかるように、狙いはプレステージクラス。トヨタはプレミアムブランドのレクサスを擁しているが、さらにその上のクラスだ。ロールスロイス、ベントレー、アストンマーティン、フェラーリ、ランボルギーニなど少数のブランドが顧客を分け合う特殊な世界である。

かつてダイムラーベンツ(現メルセデスベンツ)が往年の高級ブランドであるマイバッハを復活させる形で挑んだものの一敗地にまみれ、ポルシェも格下扱いされている。技術力やクラフトマンシップがあれば認められるというわけではない難しいカテゴリーだ。

◆変化が起こっているプレステージ市場
が、近年はSUVが登場したことでそのプレステージ市場に変化が起こっている。セダンモデルの販売先は貴族階級や歴史的富裕層、一般人ではハリウッドスターや有名スポーツ選手など私生活も注目されるような顧客が中心だが、「SUVは顧客層がセダンと異なっており、潤沢な資産を持っていさえすれば格式に怯まずわりと気軽に購入する傾向がある。それがプレステージクラスの新しい市場を形成している」(イギリス人ジャーナリスト)という。

トヨタはあくまでノンプレミアムブランドだが、レクサスに比べると歴史の長さ、知名度の高さとも桁違い。また2006年には日産自動車『プリンスロイヤル』に置き換わる形で『センチュリーロイヤル』を皇室向けに納入していることから、センチュリーという車名を取ることで日本のインペリアルというイメージをかぶせることもできる。センチュリーという名のSUVモデルを作ることはトヨタがプレステージ市場に食い込む唯一の突破口であり、実際にワンチャンを期待できる方策でもあるのだ。

ただ、漫然と超高級車を作って認められるほど甘い市場ではない。そこでの成功を目指してトヨタがセンチュリーに込めた仕掛けは大きく分けて3点ある。1番目は冒頭で述べた「日本ならではの感性」、2番目はトヨタの得意分野である「細部の作り込み」、3番目は量産車メーカーが苦手とする「自在なカスタマイズ」だ。

◆これ見よがしでなく、それでいて凛とした
1番目の日本ならではの感性について、チーフデザイナーの園田達也氏は、「アクティビティの高いお客様に向けてスペース、乗降性、ダイナミクスのバランスを取っていったらSUVショーファーという結論にたどり着きました。それをこれ見よがしでなく、それでいて凛とした姿勢という日本人の品格をたたえるデザインにすることを目指しました」と説明する。

「ボディパネルに踊ったような線を入れず、極力シンプルに仕立てました。そのうえでセダンのセンチュリーとの共通性を表現するため、歴代センチュリーのデザイン上の特色である几帳面(日本の古建築技法のひとつで角を面取りし、その両側に刻みを入れるというもの。ハッキリと几帳面をうたったのは第3世代)でボディのサイドラインを作り、屋根は後席に向かって高く、プレスラインは後ろ下がりにという独自のフォルムを作れたと思います」

降車時に座った姿勢から立ち上がるのではなく、立ち姿で降りることができるのはSUV車型全般に共通する特徴だが、単に座面の高さを適切に設定するだけでなく、ドア開口部のデザイン、把手の位置などを煮詰めることで、降りる姿の美しさも追求したという。

◆細部の作り込みは車の外側も内側も
2番目の細部の作り込みには特段の配慮が払われている。発表会場はクルマの陰影を強調するためか照明が暗かったが、塗装表面の凹凸を除去する水研磨の徹底ぶりはその環境下でも十分わかるレベルで、ボディの光沢は同様の技術を使ったトヨタの他のモデルと比較しても桁違いだった。自然光の下ではツルツルに見えるだろう。

乗車定員4名のインテリアの作り込みにも力が入れられている。「インパネを極限まで薄く作り、リアドアガラスは調光タイプ。さらにルーフをグラスとすることで開放感を高めましたが、それらを生かすためにこだわったのは居住感の素質を決定づける室内空間のバスタブ形状。これをシームレスな形にするのに腐心しました。お乗りいただければ空中を走っているような開放感を味わっていただけると思います」(インテリアを担当したMSデザイン部・沼本伸氏)

インテリアデザインが豪華であることは言うまでもないが、セダンから変更しなければならない要素も多く、そのチューニングもまた細心の注意が払われたという。

「セダンと異なりシートスライド、フルリクライニング、格納式オットマンなどを実装するには、スプリング式ではなくウレタンシートにする必要がありました。それをセダンと同じようなタッチに仕立てるのは簡単ではありませんでしたが、ご満足いただけるだけのものを作り上げることができたと思っています」(沼本氏)

車内は操作系を除くと樹脂の固さを感じさせる部分がほとんどないのも特徴で、ほぼ全面がソフトパッドや加飾材で覆われていた。ダッシュボードには柾目の木材とアルミ材をレーザー加工で1枚に仕上げたパネルが張られていたが、その色調や配置も「後席から見たときに心地良く感じられるようにデザインした」(沼本氏)という。

◆柔軟なカスタマイズ、コンバーチブルも?
3番目の柔軟なカスタマイズはプレステージカーには必須の項目だが、量産車メーカーであるトヨタにとってそれを一般に販売するモデルでやるのは新しいチャレンジである。最も分かりやすいのは発表会でデモンストレーションが行われたスイングドアから電動スライドドアへの変更。海外のプレステージクラスの顧客はドアは開けてもらうものという観念が強いためかスイングドアからの改変は意外に少なく、よく見るのはガルウィングへの変更だ。このパフォーマンスは海外でもわりと面白がられたようで、もしかすると流行るかもしれない。

が、これはほんの一例。トヨタの技能五輪出場者が製作する1台70万円の手作りスカッフプレートなど装飾系のものについてはいろいろ用意しているが、世界の顧客がどのような注文を出してくるかは事前にどれだけ想定しても実際のところはリリースしてみなければわからない。それに対して開発関係者は一様に「どんな要望も聞いていきたい」と未知の領域に向けて意欲を示した。プレゼンテーションのムービーで一瞬だけ映し出されたコンバーチブルはその意気込みの証しだろう。

◆トップオブトヨタはトヨタ
このようにトヨタが並々ならぬ意気込みをもって世界に送り出すSUV型センチュリー。成功するか否かはもちろんまだわからないが、もし成功を収められれば、それはトヨタを世界に飛躍するメーカーとしての礎を築いた名経営者でトヨタがまだ製造と販売に分かれていた時代のトヨタ自動車工業5代目社長、豊田英二氏の遺志をロングパスで実現することになる。

自身が優れた技術者だった豊田英二氏はトヨタがまだ極東の小メーカーだった時代に必ず世界の頂点に立てるようになるという信念でクルマ作りの革新を追求した人物で、第1世代センチュリー、トヨペット『クラウン』、トヨペット『コロナ』などの開発を手がけた中村健也氏の資質を見抜き、生産技術から開発に抜擢するなど、人を見る目のある経営者でもあった。

その豊田英二氏がこだわったのは、トヨタとして世界の頂点に立つことだった。創立40周年に向けて「これまでトヨタができなかったクルマ作りにチャレンジしよう」と発案したのを起点に第1世代レクサス『LS400』(日本名:トヨタ『セルシオ』)が誕生したことは有名な話だが、日米自動車摩擦やトヨタブランドのパワー不足からレクサスブランドを作らざるをえなかった時、「トップオブトヨタはトヨタであるべき」と不本意ぶりを側近に示していた。セルシオが日本で発売される前、そのエンジンを搭載した『クラウンV8』を作ったり、セルシオと同じサイズ感の『クラウンマジェスタ』を作ったりしたのはトヨタブランドへのこだわりの一端である。

SUV型センチュリーが世界でプレステージカーとして受け入れられれば、そんな豊田英二氏の思いが時を超えて果たされることになるが、気になるのはその後の展開。トヨタはこれまでセンチュリーを除き、トヨタの上にレクサスモデルを作ってきた。『ランドクルーザー』の上に『LX』、『アルファード』の上に『LM』といった具合である。

もしSUV型センチュリーが成功を果たした後に、それよりさらに上にレクサスモデルを作るとすれば、トップオブトヨタはトヨタにはならないということ。まさかそんなことはしないだろうと思う半面、今回のプレゼンで豊田佐吉、豊田喜一郎、豊田章一郎、豊田章男の名は紹介されど、戦後のトヨタ自動車の歴史の中で最大のキーマンだった豊田英二氏の名が一度たりとも出てこなかったのは気がかり。もちろんそれが問題になるのはSUV型センチュリーが成功してからのことだが、それでもトヨタの今後の戦略から目が離せないと思うところである。

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