モデルベース開発を活用して質感を作り込んだマツダ3《写真撮影 吉田瑶子》

マツダ社内にある様々な開発部門の中で、人間の感覚を研究し、車の質感や操作性を作り込んでいくのが「車両実研部クラフトマンシップ開発グループ」だ。2001年に発足した同グループは、内外装の見映えや質感などの感性領域、 ドライビングポジションなどの人間工学領域などを担当している。

その中で、先行開発や性能評価のプロセスをバーチャルシミュレーションで行う「モデルベース開発(MBD)」が活用されているという。MBDというと、エンジン開発やコントロールユニットなどの制御開発などに用いられるのが主流だが、どのように取り入れているのだろうか。同グループの久保賢太 主幹エンジニアに話を聞いた。

◆「人間の感覚を邪魔しない、けれども美しい」を両立
デザイナーの描いたものが、高いユーザビリティを実現しているかどうか、実際の使用シーンに耐えうるかどうかをチェックする部門は、他メーカーにもある。大抵はデザイン部に統合されているが、マツダではあえて分けているという。デザイン部は、色や形などの見た目、スタイリングなどを担当する。クラフトマンシップ開発グループが担当するのは、感触や物の素材の質、そしてユーザビリティの部分だ。

「デザイン部の作ってくれる美しくて格好いいものを、実際のシーンに落とし込んで本当に使いやすいものであるかどうかを検証していきます。格好いいものというのは、色んな意味で尖っているんですね(笑)。そして大体光っている。光っているということは、眩しいということです。だから、人間の特性を考えて、触っても痛くないように、光を受けても眩しくないようにしなければならない。我々の作っているものは“移動体”という道具なので、人間の感覚を邪魔しない、けれども美しいという部分を両立するために、人間中心で考えるところと、デザイン感性で作るところは別々にしています」

部門を分けることで、それぞれが交互にチェックしながら開発を進めていくことができる。ただ人を心地よくするのではなく、「元気な心地よさを提供する」というのが共通概念、マツダブランドとして両者の目指すゴールだ。以前はこれを「上質」と表現していたそうだが、上質とは何なのか、上質を通して人をどうしたいか、を考えた時に「やはりマツダとしては、挑戦する人を応援したい、自ら“移動”に対して関心を持って行動する人をサポートしたい、ということで“元気な”というところを今メインにやっている」のだそうだ。

◆試作レスで効率化を図る
内装に関しては6つの質感が挙げられる。太陽の光を反射して質感を与える「反射質感」。ディスプレイや照明などに関わる「発光質感」。室内における触り心地に代表されるような「触質感」。スイッチ類の動作に関わる「操作質感」。パワーウィンドウやミラーなど電動で動く部分に関わる「作動質感」。そして車内に良い香りを提供する「香り質感」だ。これらを総合して空間質感を作り上げている。

今回詳しく話を聞いたのが「反射質感」、いわゆる視覚領域の開発についてだ。「これは当然デザイン部もやってきています。美しい加飾や表皮を使いたい。それによって元気で心地よいキャビンを作っていきたいと。我々も、もちろんです! という気持ちなのですが、気をつけないといけないことの一つが“眩しい”という点です。光が入ってきて加飾に反射する、内装も白レザーにすると反射が強くなる。試作車を作ってみて、例えば(アメリカの)アリゾナの方まで持って行ったら、『わ、眩しい!』というようなことも結構あったんです。それでも太陽の光と合わせた相互的なものなので、当時は作ってみないとわからなかった」。

こういった苦労やロスを解決するために、現在活用されているのがMBDだ。データをモデルに落とし込み、データ上でシミュレーションをすれば試作レスで車両の状態を理解することができる。

しかし実際はそう簡単な話ではない。不快な反射をなくすのはもちろんだが、あらゆるシチュエーションも含めて網羅的に評価しなければならないからだ。

◆条件を揃えて防眩性をシミュレーション
同グループでは、反射を2種類に分けて定義している。一つは「直接反射」。加飾に反射した太陽光や、照明からの強い光が直接目に入ってきて、眩しくて煩わしいと感じる現象だ。

太陽光は基本的に直進してくるが、車内環境と組み合わせるとその後の動きは特殊なものになる。屈折、減衰、拡散などが起こり、複雑な反射が生まれる。金属は光が熱に変換されるが、金属塗装は変換されないためより反射を強く感じる、といったように素材によって異なる状況も発生する。これらを全て自力で計算、検証していくとキリがない。

そこでシミュレーションに必要な条件を揃える。まずは「太陽光の入射データ」。地域によって太陽光の強さが異なるというのは、太陽の角度(太陽がどの位置でその地域を照らしているか)に起因するのだという。そのため、角度をコントロールして、その角度ごとに太陽の光のデータを算出できれば、全世界の太陽光を再現することが可能になる。

次に、「物の形状が持つ光反射データ」。例えば、出っ張っているところは反射が強く、へこんでいるところは拡散が強いなど、反射しやすい形としにくい形を把握する。そして「表面素材が持つ光反射データ」。金属や金属塗装、金属の中でも素材によって異なる部分など、透過するものであれば透過率も含めた素材ごとのデータだ。

最後に、「人間にとって眩しいと感じる物差データ」。その光が本当に人にとって眩しいのか、どれくらい目に入ったら苦しいと感じるかを算出したもの。これらのデータをモデル化して防眩性をシミュレーションしている。

「シミュレーションでは、(車内の)3D図面の中に、色々なところから太陽を存在させて、光を当てることができます。光の強さとそれぞれの形状や素材などは全て指定してあって、そこに光を当てると、どのような結果になるかが線になって明示化される。反射の強さや直接人の目に入ってくるなどといった動きがわかるというわけです」

◆人間の目の特性も含めて計算できる
対象となる部分は、センタールーバー加飾、ドアグリップ加飾、シフトパネルリング、ドアトリムのカラーパネルなどが挙げられる。

「社内には人工太陽という巨大な設備があるので、それで光を当てて再現するということもやっていました。しかし何人ものエキスパートが時間をかけて見る試みになりますし、人によって違いが出てくることもある。なので、定量的に判断できる仕組みを作らねばならないということになったのです」

人間の体型や体格、目の位置などのデータもモデルの中に当て込んである。あらゆる人が運転(乗車)することを想定し、どんな人でも眩しくないポイントを見極めることができる。

具体的な事例を見てみよう。下記(CG画像)のセンタールーバーは、シミュレーションしてみたところ、太陽の光が強い時間帯に合わせると非常に眩しいということがわかった。では、どこまで形状を変更するか。あまりやりすぎると、デザイナーの求める美しさが出なくなるかもしれない。そこで、光の強さを数字化する。「カンデラという光を定量化する測定値にしたところ、今だと48万カンデラ出ていると。そして、センタールーバーの下の部分を削ると、一気に3分の1くらいまでその数値が落ちるということがわかったんです。そのような形状変更を取り入れることで、デザインを痛めることなく眩しさを解消することができました」

この数字をどこまで落とせば良いのか、というところが重要な部分。「機械的な物理特性のデータは、言ってしまえばもう世の中にあります。けれども、それを全部集めて人がどう感じるかというところで指標に落としたのが、マツダのMBDの珍しいところ。人間の目の特性まで入れて、計算できるというのが特徴です」

◆外界データも組み込み高い再現率を実現
続いて、もう一つの「間接反射」について。これは1回バウンドしたもの、物に当たった光がフロントガラスに当たって目に飛び込んでくるような現象を指す。

例えば、『アクセラ』(先代マツダ3)と現行『マツダ3』を比較してみると、インパネ上部に多くの変更点が見られる。左図の赤い部分、スピーカーやデフグリル、センターディスプレイ周りやコラムカバーなどは、パーティングや色、艶の違いが視覚的ノイズを発生させていた。そのため、スピーカーやデフグリルは機能を落とさずレイアウトを変更し、関連部品の小型化や一体化を行うことで視覚的ノイズを削減。フロントガラスへの映り込みによる間接反射をなくしている。

間接反射のモデルは、ガラスの透過情報を見つつ、減衰なども鑑みながら映り込みを計算して作る、という高度な作業が必要だ。反射データだけでなく、窓ガラスの反射と透過率、さらに外界(周囲の景色)と重なり合った際の煩わしさやコントラストがどのくらい生じるかのデータもモデル化しなくてはならない。

もう一例は、北米市場などで販売されている中型SUVの『CX-9』。「外界とのコントラストが大きければ多いほど、映り込みも激しくなる。逆に言うと、コントラストがあまりないのであれば、それほど意識しなくて良いということです。なので、例えば林道などで日向と日陰が交互に現れるといったような、一番条件として厳しいシーンのデータを設定して作り込みます。そして、フロントガラスに映り込んでいる像をどの程度薄くすれば、外の像が見やすくなるか、というしきい値を見つける。画像のように『A-A'』『B-B'』といった断面図を切って各部分の輝度分布を見ていきます」

実機のデータとモデルのシミュレーションデータを比較してみるとほぼ同じような再現率を実現している。画像解像度の粗さや分解能の違い(モデルの方が分解能が高いが、実際人間の目はそこまで細かいことは気にしていない)については、今後データを増やし改善していく部分だという。

「難しいのはやはりデータの集め方ですね。シミュレーションに用いるようなアルゴリズムというのは、基本的には存在します。高額ではありますが、それを購入すれば何とかなる部分もある。ただ、実際どのようなデータを持っているか、どのようなデータを教師データにして判定式を作るかというのが、これからのMBDのカギですし、結果的に導き出したデータをどれだけ人間に近づけられるかが重要です。MBDを取り入れたことで、車両の開発スピードはぐっと上がりました。でももっと精度を上げてより開発期間を短くすることが目標です」

久保賢太 主幹エンジニアは心理学者でもある。以前は大学で教鞭をとっていた《写真撮影 吉田瑶子》 直接反射《画像提供 マツダ》 直接反射の例《画像提供 マツダ》 あらゆる人のモデルが組み込まれている《画像提供 マツダ》 形状変更の効果をモデルを通して定量的に評価(右上の小さい図は断面=横から見た図)。「眩しさの感じ方には、輝度、面積、背景の明るさなどが関係する」という仮説をもとに判断指標を確立し、開発の目標ポイントを定めている《画像提供 マツダ》 左がアクセラ(先代マツダ3)、右が現行マツダ3《画像提供 マツダ》 実機(左)とシミュレーション(右)の比較。撮影カメラの解像度による背景のぼけ以外はほぼ同等の見え方(輝度比、像の見え方)で再現できている《画像提供 マツダ》 実機との差を数値で検証。面輝度分布についてもほぼ同等レベル《画像提供 マツダ》 実機とシミュレーションの比較《画像提供 マツダ》 マツダ3《写真撮影 吉田瑶子》 マツダ3《写真撮影 吉田瑶子》 「マツダ車のステアリングは人の手に吸い付くような感じじゃないんです。ちょっと張力があるフィーリングを重視していて、しっとりした触り心地だけれども、目の覚めるような硬さを持っている状態にしています」と久保氏。“元気な心地よさを提供する”ことを目指し、開発が進められている《写真撮影 吉田瑶子》 マツダ3《写真撮影 吉田瑶子》 マツダ3《写真撮影 吉田瑶子》 マツダ3《写真撮影 吉田瑶子》 7世代商品群のスイッチ類は重めにセッティングしているという。クリック感が強めのソリッドな感触で、押した時に目が覚めるような仕組みを入れてあるそうだ《写真撮影 吉田瑶子》 マツダ 車両開発本部 車両実研部 クラフトマンシップ開発グループの久保賢太 主幹エンジニア《写真撮影 吉田瑶子》