パニガーレV2などに搭載されていたスーパークワドロエンジンより9.4kgも軽く仕上がった「V2」エンジン。デスモドローミック機構を廃し、軽さと扱いやすさを追求。120psを発揮する。EICMA 2024でこのエンジンを搭載したパニガーレV2とストリートファイターV2が発表された。《photo by Ducati》

◆発明から生まれる高いオリジナリティ
「バイクとは関係のない話をしましょう」とドゥカティのCEOであるクラウディオ・ドメニカーリさんは話を始めた。僕はこの日、イタリアのボローニャにあるドゥカティ本社で開催されたテックトークというイベントに参加。これは昨年からスタートした企画で、今年は世界中から9人のジャーナリストが集められ、ドゥカティ本社の開発や実験の細部を見学できるというもの。

「私たちはレオナルド・ダヴィンチを開発のインスピレーションの源にしています。彼の人生はドゥカティととても似ているのです。たくさんの著名人の中から、なぜレオナルド・ダヴィンチを選んだかというと、彼は彫刻などの美術品を生み出すだけでなく、様々な機械を発明していたのです。エモーショナルで感情を掻き立てるモノをたくさん作ったのです。ドゥカティもカスタマーやサーキットに来る人たちの感情を掻き立てなければなりません」

「また、理論を基に試験を行い、それを実現するというメソッドを大切にしています。全てを計測し、科学的なアプローチをするのです。たくさんの試験を行い、失敗をし、それをどう解決するか。失敗した原因を追求することも大切です。この科学的アプローチには深い知識が必要になります。レオナルド・ダヴィンチのような科学的なアプローチが、いまドゥカティが追求すべきことなのです」とクラウディオさん。

確かにドゥカティには、他メーカーにないオリジナリティがある。バルブ開閉機構のデスモドローミックやエンジンをフレームのメイン剛体とするフロントフレーム思想。さらにMotoGPマシンを見てもドゥカティのアイデアを他メーカーが引用しているケースが多く見られる。こうした背景には、ドゥカティを牽引するクラウディオさんが描くレオナルド・ダヴィンチ的な思想がとても大きいのだ。

◆様々な原因を素早く追求するための研究室も用意
今回のテックトークのプレゼンは、エンジンデパートメント(エンジン設計室)というドゥカティの社内でも最も機密事項が多い部屋で行われた。この部屋には9機のエンジンベンチがあり、フル稼働。この日は、終日V4サウンドが轟いていた。

エンジン設計室は、テスト(46人)、設計(25人)、シミュレーション(6名)の3つの部門に分かれ、計75名のスタッフが常駐。社員でも特殊なバッジを持っていないと入れない部屋だという。新しいエンジンのプロジェクトがスタートしたらそのバイクの目的、コストやボリューム、必要とされるパワーやトルクを元に燃費なども分析。そこからはシミュレーションを繰り返し、エンジンのサイズや軸配置を決めていく。キックオフからここまでで1年〜1年半ほどかかるという。

この後、エンジンを制作し試験を繰り返しながら大量生産できるようデザインを変えていく。そして実際にシミュレーションしていた数値と実際の数値を比較。もちろんこういったテストの過程で部品が壊れることもあるが、大切なのは部品が壊れた原因を追求すること。エンジンが完成するまでには約3年を要するという。

その後、マテリアルラボラトリー(素材の研究室)の中にも入り、いろいろと見せてもらったが、そこにはクラックの入ったピストンやバルブ、粉々になったコンロッドなどがあり、その全ての壊れた原因をこの研究室で追求しているという。特殊な蛍光溶剤に部品を漬け特殊なライトを当ててクラックを発見したり、倍率の異なる特殊な顕微鏡で「金属の巣」を確認しているところを見せてもらった。破損の原因はほぼ48時間以内に突き留め、次に進むのだという。

また近年は金属に変わる素材としてポリマーやエラストマーが増えているが、そういった素材も分子レベルで理解してデータ化している。

ドゥカティは軍事施設や大学の研究室、化学物質研究所や警察レベルの機器と人材を揃え開発をスピーディに行っているのである。

◆NEWエンジンを次々と投入するドゥカティ
こうしたドゥカティの開発プロセスは、2012年にアウディの傘下になったことで劇的に進化。エンジンラボラトリーには市販されなかったエンジンがたくさん並んでいたが、この10年間は開発を進めて前に進まなかったエンジンはないという。

ドゥカティのエンジンにはエモーショナルなテイストが求められるが、それもシミュレーションで正確にできるようになってきたとのこと。コンピュータの性能が上がり時間は短縮されているものの、コンピューターに数値を入れるのはエンジニアであり、エンジニアの手腕はとても重要だという。

ドゥカティは2023年にハイパフォーマンスシングルエンジンであるスーパークワドロモノを搭載した『ハイパーモタード698モノ』を投入。2025年は乗りやすさを追求し、徹底的に軽量化したV2エンジンを搭載した『パニガーレV2』や『ストリートファイターV2』を投入する。このペースでニューエンジンを投入するメーカーはなかなかない。

しかし、ドゥカティはエンジンを益々進化させる気だし、そのためにもレース部門のドゥカティコルセとの連携をさらに強めていくそうだ。ちなみにエンジンデパートメントはドゥカティコルセとも隣接。9機あるエンジンベンチの1号機と2号機はドゥカティコルセが使用している。

ドゥカティは社員1200人のとても小さな会社だ。特徴的なのは、その内の400人がエンジニアであることと、利益の10%を開発に投入し技術を磨き続けていることだろう。「利益の10%を開発に使っているメーカーはありません。ただ、その割合は今後さらに増やしていくつもりです」とクラウディオさん。ドゥカティはさらにスピード感を持って開発を進め、より深化していくのである。

エンジニアでもあるクラウディオ・ドメニカーリCEO。V2のエンジン開発においても毎月のミーティングに必ず参加してきたという。《photo by Ducati》 続々とエンジンを登場させるドゥカティ。右から「V2」、モトクロッサーの「デスモ450MX」、ハイパーモタードに搭載される「スーパークワドロモノ」、パニガーレやストリートファイターに搭載されるV4の「デスモセディチストラダーレ」。《photo by Ducati》 「V2」エンジンは、すでに生産ラインが完成していた。今後、このエンジンがいかに多くのバイクに投入されるかを物語っている。《photo by Ducati》 「V2」エンジンの生産ライン《photo by Ducati》 エンジンのキャラクターによってエンジン内部のパーツの作り込み具合を変えるドゥカティ。全てに共通していることは、どのパーツもとても合理的なこと。扱いやすさを追求するエンジンにもMotoGPテクノロジーの入ったピストンや中空チタンバルブを採用するのがドゥカティらしい。《photo by Ducati》 生産ラインにあるクランクケースをシリコンで圧着させる機械。エンジンをフレームのメイン剛体と考えるドゥカティは、エンジンの精度や剛性がとても大切になる。《photo by Ducati》 エンジン設計室には9機のエンジンベンチがあり、この日もフル稼働。1&2号機はドゥカティコルセが使用している。《photo by Ducati》 Engine Department(エンジンの設計室)は、社内でも最も機密事項の多い部屋。ジャーナリストが入るのは稀とのこと。《photo by Ducati》 歴代エンジンが並ぶエンジン設計室。2階にも同様にたくさんのエンジンが並んでいた。レース部門のドゥカティコルセとも隣接しているため情報共有もスピーディだ。《photo by Ducati》 並べられた多くのエンジン《photo by Ducati》 テックトークと同時に行われたV2エンジンの発表会。《photo by Ducati》 新型V2エンジン《photo by Ducati》 「V2」エンジンと記念撮影をする筆者(小川勤)。ドゥカティ本社には何度も訪れているが、本社内部をこんなに細部まで見せてもらうのは初めてのこと。《photo by Ducati》 ディナーはなんとクラウディオさんの隣。いろいろと話を伺って、クラウディオさんの牽引力や思想がドゥカティの強さにつながっていることを実感。《photo by Ducati》 ディナー会場の様子《photo by Ducati》 特殊な蛍光溶剤に30分ほどパーツを漬け、その後特殊なライトを当てて溶剤が入り込んだ場所を確認。写真はバルブのクラックを確認しているところ。《photo by Ducati》 クラックの確認の様子《photo by Ducati》 こういった検証をすることで、鍛造する際の温度や時間などが細かくわかっていくのだという。目に見えない不具合を導き出していく。写真はピストンのクラックを確認しているところ。《photo by Ducati》 2500倍まで確認できるデジタル光学顕微鏡で金属の表面を確認。そこで確認できなかった場合は1万倍まで確認できる電子顕微鏡(写真)で検証する。コーティングなのか、素材なのか、製造方法なのか、原因を探っていく。《photo by Ducati》