原宿駅に到着した『mobi』サービス車両《写真撮影 坂本貴史》

今回の取材は、2021年7月から渋谷エリアで開始した、ウィラー社が提供するAIシェアモビリティサービス『mobi(モビ)』だ。呼べばすぐ来るエリア定額乗り放題サービスとして、6月30日には京丹後エリアでも開始しており、順次ほかの地域でも展開予定だ。

今回は、渋谷エリアで『mobi』サービスを実際に利用したうえで、京丹後と渋谷との違いなど、これから求められるモビリティサービスについて、ウィラー社の村瀬茂高社長に直接お話しを聞くことができた。

◆AIオンデマンドモビリティ『mobi』とは

ウィラー株式会社が渋谷エリアでも展開する『mobi』は、自宅から半径2km圏内の移動において、これまで利用していた自転車やマイカーに代わる新たな「ちょいのり」サービスだ。 月額5000円の定額制で乗り放題という点が、ほかのオンデマンド配車サービスとは異なる。スマホの『mobi』アプリや電話から車両を呼ぶと平均10分で車両が到着し、呼べばすぐ来るエリア定額乗り放題サービスだ。渋谷エリアでは、MKタクシー(エムケイ)と連携し、車両はトヨタの『アルファード』2台で運行する。

また、渋谷エリアでは、博報堂が三井物産と共同で進める市民共創まちづくりサービス『shibuya good pass』のテスト運用もスタートしており、その中の「good mobi」メニューから『mobi』サービスが利用可能になっている。



◆渋谷エリアでの『mobi』乗車体験

渋谷駅西口から出て、横断歩道を渡ったところにある「東急プラザ渋谷」前からアプリ『mobi』で車両を呼び出し松濤方面を目指した。松濤エリアは比較的富裕層が多い。ただ交通の便が悪く、駅までは歩かないといけないしタクシーを拾うにも大通りまで出ないといけないなどの課題があり、今回のちょい乗りサービスはちょうどいいようだ。

松濤から原宿駅まで向かう途中、利用中のお客さんと相乗りすることができたため、少しお話しを聞くことができた。現在、このサービスをお試し中というそのお客さんは「定額制」が一番のポイントだと言う。「渋谷駅前で食品を買ってタクシーで帰ると、一回500円〜600円くらいかかる。それに加えて、子どもの習い事で代々木上原のほうまでタクシーを使うと、一回1200〜1300円くらいかかるので、毎回タクシーを利用するとそれなりの額になる。片道でもこの定額制サービスを活用することで、ちょっと節約につながれば」と話す。



一方で、「タクシーだと最短ルートで行くところも、相乗りなので自分が思っているルートではないときがある。なので、時間的に余裕があるときは使えるけど、そうじゃないときは使わない」と話し、習い事など開始時刻が決まっている場合にはタクシーで行き、帰りは『mobi』を利用して余裕を持って移動するといった活用をしているそうだ。

また、外出前に『mobi』アプリで車両を呼び出し、すぐにマッチングできなければ、タクシーに切り替えるというように、タクシーを普段使いしている中でこの定額制を活用していることがわかる。タクシーを普段使っていない人だと、時間どおりに着かないことに不安を感じるのでは、とも漏らす。

実際に『mobi』アプリを使い、乗車場所と目的地を決め、マッチングして車両を確定してから乗車場所に車両が到着するまで時間がかかることがある。その間の待ち時間をどのように過ごすのか、目の前でタクシーが走っていたらやはり乗ってしまうというのも、交通量の多いこのエリアならではの問題のように感じた。



◆都市部ならではの課題

渋谷エリアでのサービス開始には、2020年に開催されたイベント『SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA』で体験乗車を3日間だけ実施した背景があるとウィラーの成島千絵氏は話す。その際のアンケートから子育てファミリーなど地元住民のニーズも多くあることがわかり、地元のママ友コミュニティなどにも説明をしていき、今回のサービス開始につながった。実際に、交通に課題を持っている子育てママさんたちからは、普段自転車で送迎をしていると雨の日が辛いといった声もあり、そういう場面で『mobi』を使うことで楽になるという評価もされている。月額5000円でもお得だという声まであると言う。

MKタクシーのドライバーからは「昼間や夕方の利用が多く、保育園などの施設までお送りすることもあり、30代女性でお子さん連れのお客さんが多い。乗り合いで時間が読めないこともあり、ビジネスマンの朝の通勤利用などは少ない。利用者はリピーターが多く、1日に4、5回も利用する場合もある」と言う。また、京丹後エリアとは違い、ひと組複数人での相乗り乗車が多く、そうした予約がつづくと残席数はあるが人数により予約ができない問題もあると話す。そうした場合には現場の判断で、アプリのメッセージから乗車をお断りする場合もあるそうで、プライベート空間としての需要よりも相乗りが多いという実態が浮き彫りになった。



◆地域交通と街づくり3ステップ

渋谷エリアでサービスを実施してわかったこととして、想定以上に相乗りされる方が多かったとウィラーの村瀬社長は話す。そのため、相乗り乗車を前提とした設定も日々チューニングをし、無理なく乗車できるようにしていると言う。また、渋谷で半径2kmの生活圏で移動する人がいるのかといった当初の疑問に対しては、2カ月を経過した実績からポテンシャルがあることがわかった。移動の内容もワンウェイの移動というよりも、自宅から保育園、保育園からお買い物といった具合に、回遊しているケースが多くあり、自転車などのちょい乗りするエリアに対してサービスが提供できていると話す。



「オンデマンド交通」と言うとどうしても高齢者向けというイメージが強いが、マイカーに乗っている高齢者は免許返納まではやはりマイカーを継続して利用するため、すぐにはこうしたサービスに移行することは難しい。本当に困っているのは、主婦などの送迎に対してのニーズで、我が家のお抱え運転手になっていることだと言う。そうした主婦が使い始めることで保育園のママ友たちにどっと広がっていくという具合に、利用者数についても想定どおり増えていっている。

サブスクにしたことでのメリットも大きい。通常、路線バスより高くてタクシーより安い価格設定にすることが一般的だが、それでも「一回300円」などでは積極的に外出しようとは思わないらしい。サブスクにしたことで、ちょっとした移動が増え、先に払っている分「元を取ろう」という心理的な力も働き、結果として移動総量が増えていると話す。

地域交通を考えた場合、今はどこへでも行ける状態ではないので、まずはどこへでも行ける状態をつくることをステップ1とし、3つのステップで地域の活性化を考えていると村瀬社長は話す。

・ステップ1:移動を提供し、便利にどこへでも行けるようにする。
・ステップ2:目的を提供し、その目的があるから外に出るようにする。
・ステップ3:コミュニティが地域にできるようになる。

一番の課題は「街に元気がないこと」だとし、コロナ禍でどんどん出不精になり人と人との接点が欠け、地域の絆が薄れてしまっている。地域を元気にしていく取り組みとしてまずはステップ1を提供し、その次にはお店や施設といっしょに面白いことを考えて出かける目的をつくっていくことが経済の活性化にもつながり、地域の活性化につながっていくと話す。

◆行動変容につながるモビリティサービス

「オンデマンドサービス」と聞くと移動を効率よくしただけと見えがちだが、今回の『mobi』サービスでは、行動変容につながっていると言う。このサービスを利用したことで「週末に妻と朝食を食べるようになった」や「家族で出かける機会が増えた」など、単なる移動の置き換えだけではなく、新たな行動につながっている点は注目に値する。サブスクを使うことによって、利用者の生活に変化が起きはじめ、これまでできなかったことができるようになっている。

一方、どこへでも行けるためには、いろいろな交通手段が共存することも考えなくてはならない。渋谷では鉄道各社やバスも多いし、「LUUP」のような電動キックボードの利用も可能だ。マイクロツーリズムを考えた際には、これらの交通手段をうまく活用していくことが考えられるが、いまの現状だといずれもバラバラのアプリを利用しなくてはならないため、ひとつのアプリでそれらがうまくつながる連携が求められる。ウィラーでは、京都丹後鉄道との連携なども計画され、ラストワンマイルの問題を解決していきたい考えだ。

同じように課題を持つ自治体にとってみれば、こうした取り組みは地域活性化のバロメータとして見ることができる。コロナ禍で出不精になった方々を、今後いかに外出してもらうか、どのように移動機会を創出するかといった点でウィラーの取り組みはひとつの提案になり得る。今後、データ活用という点でも地域と連携をしていき経済活性化を後押しする取り組みになっていくことは間違いない。

この定額乗り放題サービス『mobi』 は、2021年12月より豊島区(池袋)でのサービス開始も予定されている。地方部での経験と都市部での経験をしたウィラーが、今後どのように展開・拡大していくのか地域経済という視点でも注目できるのではないだろうか。

■MaaS 3つ星評価
エリアの大きさ ★☆☆
実証実験の浸透 ★★☆
利用者の評価 ★★★
事業者の関わり ★★☆
将来性 ★★★

坂本貴史(さかもと・たかし)
株式会社ドッツ/スマートモビリティ事業推進室 室長
グラフィックデザイナー出身。2017年までネットイヤーグループ株式会社において、ウェブやアプリにおける戦略立案から制作・開発に携わる。主に、情報アーキテクチャ(IA)を専門領域として多数のデジタルプロダクトの設計に関わる。UXデザインの分野でも講師や執筆などがあり、2017年から日産自動車株式会社に参画。先行開発の電気自動車(EV)におけるデジタルコックピットのHMIデザインおよび車載アプリのPOCやUXリサーチに従事。2019年から株式会社ドッツにてスマートモビリティ事業推進室を開設。鉄道や公共交通機関におけるMaaS事業を推進。

『shibuya good pass』のラッピングもされている『mobi』車両《写真撮影 坂本貴史》 東急プラザ渋谷前でスマホアプリ『mobi』で車両を呼び出す《写真撮影 坂本貴史》 交通量の多いエリアで運行する『mobi』《写真撮影 坂本貴史》 ドライバー用の『mobi』アプリ《写真撮影 坂本貴史》 『mobi』サービスの現状と展望を語るウィラー株式会社村瀬茂高社長《写真撮影 坂本貴史》