ミュンヘン・メッセに開催都市を移した「IAA」《写真撮影 南陽一浩》

今年からミュンヘン・メッセに開催都市を移した「IAA」(旧フランクフルトモーターショー)が、装いも趣向も新たにその扉を開いた。自動車の見本市自体の意義が問われている中、しかもコロナ禍は収束していないが、一般公開初日には、今月に勇退が予定されているアンゲラ・メルケル首相が来場するなど、制御によるリスク減退をも同時に見込んでいるドイツでは、条件付きの通常モードがすっかり戻りつつある。

会場には抗原検査のクイックテスト・センターが設置され、来場者はパスやチケットを携えていても、ワクチン接種証明書かその場で陰性をチェックされるまで、手元のパスやチケットが有効にならない仕組みだった。つまり会場内へのアクセスは対不審者やテロリストといったセキュリティ面だけでなく、衛生面でもコントロールされていた。

◆フランクフルトモーターショーとの違いは


メッセ・ミュンヘンの、番号とアルファベットで仕切られたホールが果てしなく続くサイトは、おそらくフランクフルト・メッセ以上に広く大きい。今回のIAAも、全キャパシティのおそらく30%も使っていないように見えた。埋まり具合に応じて進むべき方向が赤や青の矢印で示される駐車場設備のインテリジェントぶりと同時に、十分なキャパシティ。さらに約10kmほど離れたミュンヘン旧市街に設けられうる別会場と、メッセを繋ぐニュー・モビリティの実証デモなど、地の利を活かした展示は新しい。

ようは自動車見本市というと、巨大なホール内で四角四面に仕切られた各社ブースに、展示されたニューモデルやコンセプトカーといった車両を現物で確認する…という役割から離れて、次世代モビリティとカーボンニュートラルを主要テーマに据え、各社ブースに置かれた新作を逐一チェックするというより、発信している何かに対してどんな経験が得られるか?というエクスペリエンスを重視した仕切りが目立っていた。

お目当てのブースを探すために全体図をスマートフォン上で見ようとすると、IAA専用アプリ含め、フリップやピンチの効かない重厚なインタラクティブマップは出てくるが、さもなければ10棟はあろうかという展示ホールごとのPDFマップを、ダウンロードするしかないのだ。

また「ブルーレーン」と名づけられ、市内とメッセ会場を結ぶ次世代モビリティによるシャトルサービスは、プレスデー時点では動いておらず、実際には地下鉄かタクシー、自分の車で移動するしかなかった。イベントの柱のひとつだけに、最初からプレス用の設定がないのか、イベント自体がベータ版であるかのような印象といわざるを得ない。

◆自動車ショーから脱皮してモビリティ・ショーへ


メイン会場に陣取った、いわゆる自動車メーカーとしては、日本市場に関係のあるところではメルセデスベンツと同AMGやEQ、マイバッハやスマートを擁するダイムラー、BMWとミニに、アルピーヌなど傘下を含まずに単独出展のルノー、ボルボから派生したプレステージな電動ブランドであるポールスターが挙げられる。またアウディとポルシェは市内、ヴィテルスバッハ広場に構えたものの、フォルクスワーゲン(VW)は単独のブース展示があった。とくにVWは今回、グループ内でソフトウェア開発を専門に手がける「CARIAD」という新会社をも発表した。

今回とくに印象的だったのは、自動車ショーから脱皮してモビリティ・ショーへ、カーボン・ニュートラルという目標に対するビジネスはすべて対象という、イベント自体の変化だった。電動自転車は無論、セグウェイや往年のメッサーシュミット風の電動バブル化など、「ラスト数km」を満たすマイクロ・モビリティも多々展示されていた。そして自転車ですらも、すべてのモビリティ・ツールがインターネット端末としてノード化され、スマートに無駄なく人を運ぶ・全体の中で最適化されて機能する、という未来像が、敢えていうなれば、今回のIAAで示された大きなトレンドだろう。


要は「走る乗り物」というハードウェアでなく、電動化された乗り物をどう動かせるか? そこが問われている。ソフトウェアの重要性やBEVもしくはPHEVといった電動車のモジュール化を加速させている。

後者に繋がるトレンドとしては、完成車メーカーのブースの間に、ボッシュやZF、コンチネンタルやフォレーシアやヴァレオといった、いわゆるメガサプライヤーのブースが会場内で従来以上に目立つようになった。パーツ館にまとめられるでなく、元より人通りの多い完成車メーカーの近くにブースを構えているのだ。スタートアップ企業のブースにも同じことがいえ、規模や業種ジャンルの分類でモビリティを捉えること自体が、もはやナンセンスという体だ。

◆レベル4以上の自動運転がインテリジェント化するものは


駐車場では興味深いデモンストレーションがあった。車寄せで降車したら、クルマがひとりでに駐車スペースへ向かい、呼び出せば同じように無人運転で車寄せまで走ってくる、バレー・パーキングのデモだ。筆者が見たのはボッシュのそれだが、デモカーにはメルセデスやBMW、アウディにランドローバーといった高級車に交じって、フォード『フォーカス』のような大衆車の姿もあり、いずれのクルマも同じように、車寄せと駐車スペースの間を、オーナーのスマートフォンを介して、無人の自動運転で行き来していた。

その場にいたボッシュの担当者に話を聞いてみたところ、2017年頃からメルセデスベンツ・ミュージアムの駐車場でヴァレー・パーキングの実証実験を始めた当初の、レーザーに沿って走らせていた頃とは、テクノロジー・パッケージが世代ごと変わっていた。あの頃は、レーザーの正確さゆえ、数mmの隙間で停められて、スペースを有効活用できるのが長所だったが、今回デモされていたシステムは別物。ステレオカメラをパーキング内の天井に一定間隔で配置し、それらステレオカメラで集めた情報を処理する中央制御装置が、同じく天井に備わっている。クルマの進路に障害物が出てきたり歩行者が飛び出さないか、つねにCMOSセンサー上の画像で異変を監視しているそうだ。

ヴァレー・パーキングのデモで用いられたどのメーカーのモデルも、車両側はすべて受信とステアリング/ブレーキ/アクセルの操作系コマンド装置だけを備え、ADAS機能に必須のLIDARやミリ波レーダーやセンサーの類は、一切使っていないという。つまりCar to Xであり、一台一台が状況を認識して考えて判断する無人運転ではない。車に追加すべきモジュールも最小限で収まるため、圧倒的に安い製造&生産コストで、ロバスト性の高いヴァレー・サービスを実現できるという。


ちなみに中央制御装置と各車両間の通信にはWi-Fiが使われていたが、5Gネットワークに置き換えることは当然可能で、駐車場の外に応用することも理論的に可能という。いわばレベル4以上の自動運転機能は、クルマ自体がロボットのようにインテリジェント化することではなく、ネットワークに繋がれたインテリジェント端末化すること、という考え方だ。

公道での交通状況は駐車場の内部よりずっと複雑であることは確実だし、通信速度に応じてクルマの側で処理すべきシーンや事柄も多々あるだろうが、そうした選別や処理の妥当性を判断するのも、ソフトウェアの役割なのだろう。別のいい方をすれば、ハードウェア的には従来からあったもので、ボッシュのヴァレー・パーキング技術は成立している。世界中で2025年までに1000か所以上のパーキングに適用される予定で、すでにシュツットガルト空港のパーキングには設置済みという。もっとも初期段階の無人運転が、法律面まで含め、もう実用的に運用され始めているのだ。

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