BMW 4シリーズクーペ 新型(M440i xDriveクーペ)《写真撮影 中野英幸》

◆美しいだけのフロントマスクにあらず

日本になかなか根づかないが欧州車では正統にして古典的なジャンル、それが2ドアの正調クーペだ。成熟した自動車市場では、Dセグメントベースの扱いやすいサイズ感の2ドアクーペは、確かに大人の需要をもっと吸い上げられそうな乗り物でもある。

だから晩秋の富士山を見晴らす箱根の、純和風な背景に、BMW『M440i xDriveクーペ』が10数台もズラッと整列した様子には、少なからずザワつくものがあった。市販バージョンの発表以来、インターネット上でカッコいい・悪いが、かくも取り沙汰されたフロントマスクは久々だ。縦長キドニーグリルを中心とするノーズ周りの美醜もしくはそのアリ/ナシ、つまりは好悪に論点は絞られがちだ。

だがBMWは、つねにドイツというより、バイエルンのハイブロー・カルチャー代表であることを思い出す必要がある。その車は、サラブレッドであるがテクノロジーで出来ていて、現代建築でもあるがダイナミクス込みのそれ、という具合だ。


そういう流れで新型『4シリーズ』のデザインを捉え直すと、ラジエーター温度を最適化するグリルシャッターを備えたキドニーグリルもそうだが、その周り、前方のエアをすくい上げるようなUの字型のエアインテークに注目する必要がある。フロアの上下とフロント左右ブレーキへと、エアの流れを効率よく分ける機能重視のディティールというか、顔つきなのだ。

先代F32世代の「440i」の326ps・450Nmに対し、今次のG22世代が積む直6のBMWツインパワー・ターボ2997ccは387ps・500Nmと、じつに+2割近くもの出力と+1割以上のトルクというトップアップを得ている。この実利的アプローチとアウトプットの前には、ノーズの美醜うんぬんという審美性を問うこと自体、ナンセンスに思えてくる。美しいか否かではなく、「速いのが美しい」というのが、BMW的なロジックなのだ。

◆伝統を刷新するディティールとは


野獣的とさえいえる圧倒的パフォーマンスを、優美なプロポーションのモダンなボディラインで包み込むのも、戦前の328やE9の「3.0CSLクーペ」の時代より、BMWが得意とする伝統だ。これらのスポーツカーやクーペに着想されたという新型4シリーズの外観デザインで、とりわけモダンに攻めているのは、クォーターウィンドウからCピラーにかけての部分だ。

BMWには「ホフマイスター・キンク」といって、60年代のチーフデザイナー、ヴィルヘルム・ホフマイスターが生んだとされる、Cピラー根元が末広がりになる意匠、つまりクォーターウィンドウ後部下端が斜めに落とされたような、伝統のディティールがある。

これは「BMW=FR」が確立された頃、フェンダーとルーフの繋ぎ剛性を保つための機能ディティールといわれた。それが新型4シリーズでは、末広がりの最下端が前方にぐっと伸びて、フェンダーと広く接するカタチになった。しかもクォーターウィンドウのルーフ側のラインは、あえて段付きだ。三角形か台形に近い、従来的な「ホフマイスター・キック付きクォーターウィンドウ」を見慣れた目には、じつは縦長キドニーグリル以上に大きな変化と映る。

『3シリーズ』と同じプラットフォームやコンポーネンツを共有しつつも、よりロー&ワイドな佇まいをもつ新型4シリーズの重心位置は21mmほど下げられている。エンジンルームを覗くと、ストラット上部からノーズにかけてブレースが追加されている。


ドアを開けると、オプション設定であるコニャック色のMスポーツシートが乗り手を迎え入れてくれる。同じ色のレザーがダッシュボードの下半分に張られ、ハイグロスのアルミニウムによるトリムもBMW Individualによるオプション装備だ。ダッシュボードの形状自体はほぼ3シリーズを踏襲しており、エルゴノミーや使い勝手面で問題はないが、Mパフォーマンスラインとして4シリーズとして、コクピット周りの演出でもうひとひねりの差別化はあって然るべきだった。

2座の後席はフラットに見えるが、大人が乗り込んでもホールド感や座り心地、足元スペースの広さは悪くない。

◆美女と野獣のどちらかでなく双方が同居する


ゆっくりしたペースで走らせても、直6ツインパワー・ターボの緻密なフィールには、スロットルの僅かなオン/オフでトルクを増したり絞ったり、そんな操る喜びがある。Mハイパフォーマンス系と異なるのは、乗り手を駆り立てるよりも、好きなリズムに委ねさせてくれるような、甘やかさがあるところ。街乗り的に転がしている間も、乗り心地にツンツンしたところがなく、余裕があるから矯めが生まれるというような、鷹揚さが感じられるのだ。

だがひとたびアクセルを踏み込むと、このストレート6は野獣のように咆哮し、8速スポーツATやMスポーツディファレンシャルを総動員して、4輪で路面を強烈に蹴り始める。太い握りのステアリングを切り始めると、ロールの感触というよりすぐさま横Gに変換されたダイレクトな手ごたえが、手のひらに伝わってくる。

躍起になって固めた足まわりではないが、低重心ゆえなのか3シリーズのセダンより、アシも操作系も剛性感は1.5枚ほど上手だ。箱根ターンパイクですらステージとして狭いと感じるほどに限界域は高く、登りでも気が遠くなりそうな加速感を、肌理細かな等爆のエキゾーストノートで味わうのは、至福のひと時だ。

◆平たくいえば、クセが強めのツンデレ


それにしても、好悪の分かれる外観デザインでありながら、荷室容量は先代より微減とはいえ440リットルを確保。しかも後席シートバックは4/2/4の分割可倒で、倒してもフロアとの段差ができない。つまりゴルフバッグにせよ旅行用トランクにせよ長尺物のカタチやサイズに応じて使いやすい、日常的にスジのいい荷室を備えている。

M440i xDriveクーペはその外観やパフォーマンスからして、いわゆる「アグリー・ビューティ」の系譜を継ぐ一台だ。しかもクーペとしての洗練を、佇まいや態度でない部分にも、意外なほどの日常性をも併せもっている。平たくいえば、クセが強めのツンデレだ。

税込1025万円という車両価格は決して安くないが、21世紀的に完成度の高いエクスクルーシブなクーペに、自動車生活観の豊かさを見い出せて、スノッブであることを恐れない大人なら、買って悔いはないはずだ。



■5つ星評価
パッケージング:★★★
インテリア/居住性:★★★
パワーソース:★★★★★
フットワーク:★★★★★
オススメ度:★★★★

南陽一浩|モータージャーナリスト
1971年生まれ、静岡県出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、フリーランスのライターに。2001年より渡仏し、パリを拠点に自動車・時計・服飾等の分野で日仏の男性誌や専門誌へ寄稿。現在は活動の場を日本に移し、一般誌から自動車専門誌、ウェブサイトなどで活躍している。

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