ボルボ V90 D4 インスクリプション。建築家の友人家族にモデルになってもらった。こういうシーンが似合う、柔和なフルサイズエステートだった。《撮影 井元康一郎》

ボルボのプレミアムEセグメントステーションワゴン『V90』で4400kmほどツーリングする機会があったので、ロングドライブインプレッションをリポートする。

◆ボルボV90の長所・短所

V90は2016年、『V70』の後継モデルとして欧州で登場した全長4.9m級のフルサイズエステートだ。日本市場への投入は翌2017年。近似モデルにセダンの『S90』があったが、日本にはスウェーデンのヨーテボリ(イェーテボリ)工場でパイロット生産されたもののうち100台のみがデリバリーされ、S90が中国工場に移管された後はヨーテボリ製造のV90のみが継続輸入されている。ラージSUVの『XC90』で初採用された新世代プラットフォームで構成される。エンジンはガソリン、ディーゼル、プラグインハイブリッドとすべて4気筒2リットルと、Eセグメントとしては特異な成り立ちである。


試乗車は140kW(190ps)級の「D4」ディーゼルエンジンを搭載した上位グレード「D4 Inscription(インスクリプション) 」。同グレードのガソリン版がAWD(4輪駆動)であるのに対し、このディーゼルはFWD(前輪駆動)。ナッパレザーシート、ハーマンカードンオーディオ、カーナビなど、ひととおりの快適装備、豪華装備はすべて標準。オプションとしてチルトアップ、スライディング機構付きのグラストップが装備されていた。参考車両価格は約815万円。

ドライブは2度。最初が東京を出発後、日本海側の糸魚川に出て、そこから富山、福井、京都、山陰路を経由して九州・鹿児島へ。帰路は阿蘇・九重など九州山地の核心部を経由しつつ、再び山陰方面から東海道に回り、東京へ帰着するという4000kmコース。次が東京を起点に北茨城の常陸那珂方面を周遊する400kmコース。全区間エアコンオート。1〜5名乗車。

まず、V90 D4インスクリプションの長所と短所を5つずつ列記してみよう。

■長所
1. 乗る人にクルマのハードウェアのことを忘れさせ、旅に気を向けさせる“空気”感。
2. JC08モード燃費16.2km/リットルを大幅に上回る良好至極な実燃費。
3. 全長4.94m、全幅1.89m、ホイールベース2.94mという体躯に似合わぬ敏捷性の高さ。
4. とりわけ高速巡航時に際立つフラット感の高さ。
5. 安全システムの充実ぶりとオンロードでの優秀な実性能。

■短所
1. シャシーセッティングやタイヤ選定をもう一息コンフォート寄りにしてほしい。
2. 標準装備のカーナビの性能、使い勝手は良いとは言えない。
3. アクティブハイビームの性能は旧『V60』から後退した。
4. シートのフィット感は旧世代モデルにやや後れを取る。
5. V60/V60クロスカントリーの存在と、ガソリングレードに対して割高な価格設定。

◆「存在を主張しない」という個性


総走行距離約4400kmという長いディスタンスとなった旅を通じたV90の印象だが、ドライブフィールこそ前世代にあたる『V70』に比べると独特感が薄れて良くも悪くも普通になったものの、ボルボが旨としてきた徹底実用重視の作りがもたらす使い心地の良さを強く感じさせるフルサイズエステートだった。

最近のEセグメントはとみに高級化が進んでいるノンプレミアムとの差別化のため、内外装のデザインや質感、性能、機能、快適性など、いかに高級であるかを顧客にわかりやすい形で示すのがトレンドとなっているが、V90はデザインといい空間作りといい、そういう流れと一線を画している。試乗車のD4 インスクリプションは欧州でも6万ユーロ超級と、完全に高所得者層向けのクルマなのだが、そのクラスで今どきこれだけ地味な成り立ちというのは逆に珍しく、強いオリジナリティとなっていた。

地味系の象徴はデザイン。旧世代モデルと比較すると一見華やかだが、オンロードでは意外にも抑制的という印象を抱いた。街の中では街並みやさまざまなクルマに紛れて存在を主張しない。これを見て「あっボルボだ!!」と思う人すら少ないだろう。自然風景ではいっそう目立たず、背景が海であれ山であれ、その場に雲隠れしてしまうようにすら感じられた。

目立たないことと並んでV90の特徴だと感じられたのは、クルマが汚れても全然気にならないことだった。ボディのプレスは高価なモデルらしく精密感があり、塗装も微細なマイカ材を配した大変美しいフィニッシュを持っている。が、それを雨天時の泥や桜島の降灰が覆ってしまっても、それはそれで妙に似合う。新車購入から5年、10年と時間が経ち、内外装がくたびれてきたとき、それなりにいい味を出すのではないかという予感めいたものも覚えた。この点も、少しでも汚れや傷が付くと見苦しく見える昨今のプレミアムEセグメントのモデル群のなかでは異色と言える。

抑制的という性格は内外装のデザインだけでなく、乗り味や空間の雰囲気についても同様であった。V90は窓、天井からの採光性が非常に良く、車内はとてもコージーかつ開放的だ。プレミアムEセグメントなのだから使われている素材の質も高いのだが、それをかしこまって使うという感じではない。


鹿児島の大隅半島にある素敵な南仏・地中海料理屋「ロートレック」が、シェフ高齢のため閉店するという話を聞き、建築家の友人家族3人と自家族2人の計5人でドライブした。道中、クルマそのものの話題については最初にちょっぴり出ただけで、あとは移り変わる景色やお互いの近況、今日の料理やそれにまつわる文化など、人間主体の話題に終始した。「汚したらいけない、上等なものをぼろにしたらいけないなどと考える必要はありません、どうぞ使って下さい」というのが、ボルボ流のおもてなしなのであろう。

高級感、快適性、動力性能、装備の豪華さ、先進性等々、ハードウェア評価のモノサシで見れば、強力なライバルたちに対して優位に立てているわけではない。たとえばエステートではないが同価格帯のメルセデスベンツ『CLS220d』と比べると静粛性や乗り心地の平滑性では明らかに劣るし、悪路での堅牢性ではボディシェルが驚異的に強固なアウディ『A6アバント』に譲る。

それが弱点となっていないのは、最初から性能や装飾性、ステイタス性などの競争を捨て、この手のクルマを購入してヴァカンスを楽しむ高所得者層の道具づくりに焦点を絞ったがゆえであろう。V90のようなクルマ作りはいわばニッチ、逆張り的なものだと言えるが、発売以降、欧州市場において、Eセグメントエステート分野で販売首位を争う存在となっているのは、それが当たったと見るべきであろう。

明確な弱点があるとしたら、下位モデルの『V60』『V60クロスカントリー』の存在か。両モデルともV90よりはコンパクトだが、商品性やフィニッシュはV90と大きく変わらず、ミニマルという点ではむしろ好ましく感じられる快作だからだ。

◆V70からガラリと変わった乗り味


では、各性能について触れていこう。まずは乗り心地、安定性、ハンドリングなどのシャシーについてだが、乗り味は旧世代にあたる『V70』からガラリと変わった。V70は強固な鉄板の下で四輪がうねうね独立運動しているような、モノコックなのにどこかフレームボディ的な鷹揚なテイストを持っていた。V90はそれに比べると普通。そのような昔の味を期待すると肩透かしを食らうだろう。

が、操縦安定性、直進性、静粛性など、クルマの基本性能は飛躍的に上がった。まず、新プラットフォームがかなり低重心に作られているとみえて、安定性が非常に高い。D4インスクリプションはAWD(四輪駆動)の高出力モデルと違ってFWD(前輪駆動)だが、悪天候時の安定性やワインディングでの機敏さは十分満足の行くものだった。

Eセグメントらしさが濃厚に感じられたのはハイスピードクルージング。高速コーナーの途中で深いアンジュレーションや段差を踏んだときもボディの揺動は最小限で、その後の収まりも素早かった。フラット感の高さは新世代ボルボの特質のひとつだが、V90もそれをしっかり受け継いでいた。

V90は全幅1890mmという巨体だが、ワインディングロードではその巨体に似合わない敏捷性も見せた。重量配分が55:45と、FWDとしては後ろが重いためにアンダーが強いのではないかと予想したが、前サスペンションの柔軟性が高いため、タイトコーナーでも綺麗な前傾姿勢になり、ハイペースでも弱アンダーが保たれた。路面へのタイヤの圧着性は十分に良いと言えそうだった。

快適性も一般基準でみれば十分に及第点で、大きな突き上げ、揺れ動きは良く抑え込まれていた。静粛性も高く、とくにメカニカルノイズは非常に低かった。道中、荷台をフラットにして車中泊を試みたのだが、外部騒音の透過は今年乗ったノンプレミアムCセグメントエステート、プジョー『308SW』よりむしろ多かった。遮音材の多用による後対策ではなく、設計段階でノイズを減らしていることが伺える一幕だった。


乗り味で惜しかったのは、ハーシュネスが強めだったこと。舗装のザラザラや割れなど、ショックアブゾーバーの動きが小さく、ピストンスピードは速いという外乱に弱く、その微振動が質感を損ねていた。また、前左右輪にバラバラに入力があったときのボディのぶるつきもプレミアムEセグメントとしては大きめだった。

V90が発売された直後、上位の「T6 AWD インスクリプション」に乗ったときはそういう印象はなかった。それとの差分はエアサス未装備であることとタイヤの銘柄。どちらが犯人かはわからないが、個人的にはタイヤを変えればもっと良くなるのではないかと思った。テストドライブ車に装着されていたタイヤはミシュラン「Primacy(プライマシー)3」であったが、過去の経験に照らし合わせると、このタイヤを装着したモデルはしなやかさに欠けるフィールを示すことが多い。V90デビュー直後に短時間乗ったモデルにはピレリ「P ZERO」が付いていたが、そのほうがずっと良い感触であった。

個人的にはP ZEROやコンチネンタル「PremiumContact」など、しなやかなタイヤを試してみたくなるところであった。ただし、プライマシー3もウェットグリップについては良好で、荒天時のドライブの安心感が高いというメリットもあったことを付け加えておく。

ボルボ V90 D4 インスクリプション。富士山をバックに。《撮影 井元康一郎》 ボルボ V90 D4 インスクリプションのフロントビュー。《撮影 井元康一郎》 ボルボ V90 D4 インスクリプションのサイドビュー。パイングレーと名づけられたボディカラーと松林が実に調和して見えた。《撮影 井元康一郎》 ボルボ V90 D4 インスクリプションのリアビュー。鹿児島・江口浜にて。《撮影 井元康一郎》 ミラーからフロントフェンダーラインにかけて。シックなデザインだった。《撮影 井元康一郎》 バックドア上のボルボのロゴ。《撮影 井元康一郎》 ターボディーゼル140kW(190ps)モデルを表す「D4」とハイラインである「インスクリプション」のエンブレム。《撮影 井元康一郎》 フロントシートまわり。インテリアも非常に落ち着いたデザインで、華美さがない。《撮影 井元康一郎》 助手席からのビュー。無光沢のウッドパネルが温かみを演出する。《撮影 井元康一郎》 リアシート。豪華さに埋もれる感じがなく、気安く乗れる雰囲気が特徴的だった。《撮影 井元康一郎》 夜に車外からフロントシートを撮ってみた。《撮影 井元康一郎》 十分な容量のラゲッジスペース。荷物が跳ね回らないためのリトラクタブル式の間仕切りが装備されていた。大型トランクを固定するのにちょうどいいレイアウトだった。《撮影 井元康一郎》 フロント、リアともにサスペンションアームは軽合金製。写真はリアサス。《撮影 井元康一郎》 リアサスのスプリングはコイル式ではなく、カーボンコンポジット製のリーフ式。《撮影 井元康一郎》 ヘッドランプ点灯。威圧感はプレミアムEセグメントの中で最も低い部類であった。《撮影 井元康一郎》 往路、新潟-富山県境の要害である親不知之険。この区間は現行の国道8号線も結構なワインディングロードだが、断崖絶壁には旧8号線の跡が残っており、往年の通行の困難さをうかがい知ることができる。《撮影 井元康一郎》 富山の倶利伽羅山不動寺鳳凰殿にて。建物とのコンボでも悪目立ちしないのはV90の美点。《撮影 井元康一郎》 倶利伽羅峠は木曾義仲が平家を打ち破った古戦場だが、その前は一体が修験道の行場であった。不動寺の本殿はこの倶利伽羅の奥地にあり、ここの不動尊は日本三大不動のひとつ。《撮影 井元康一郎》 金沢の兼六園にて。《撮影 井元康一郎》 島根・安来の通称“ゲゲゲの女房”宅にて。《撮影 井元康一郎》 島根・安来の月山富田城の麓にて。日本有数の山城で、頂上までは1時間以上のトレッキングになる。次回は登りたい。《撮影 井元康一郎》 月山富田城の麓から少し上がったところに「我に七難八苦を与えたまえ」の文句で有名な山中鹿之助の像が。《撮影 井元康一郎》 熊本南部の大河、球磨川のほとりを行く。対岸は国道218号線。こちらは旧国道。《撮影 井元康一郎》 踏切が鳴ったので何が来るのかと思って見ていたらちょうど「SL人吉号」が。《撮影 井元康一郎》 タイヤはミシュラン「プライマシー3」。ウェット性能が良く、転がり抵抗も低いが、ゴロゴロ感が強めに出るのが難点。もう一段しなやかなタイヤのほうがV90に似合いそうだった。《撮影 井元康一郎》 国宝指定の茅葺の本殿がある熊本・人吉の青井阿蘇神社前にて。《撮影 井元康一郎》 熊本-宮崎県境の加久藤峠にて。人吉側の大畑には素晴らしく美味な新高梨を産する梨園がある。《撮影 井元康一郎》 宮崎-鹿児島県境のえびの高原にて。最高にビューティフルな写真をと思って立ち寄ったのだが、火山性ガスの噴出で道路は閉鎖。一部崩落があるらしく、このまま別道路に付け替えになる見通しとのこと。《撮影 井元康一郎》 えびの高原の硫黄山をバックに記念撮影。《撮影 井元康一郎》 ボルボV90 D4 インスクリプションのフロントフェイス。発売当初は華やかになったように感じたが、実際はかなり抑制的だった。《撮影 井元康一郎》 えびの高原の宮崎-鹿児島県境にて。《撮影 井元康一郎》 大隅半島・鹿屋のビストロ、ロートレックにて。邸宅の玄関先に置いてもシックな印象は変らなかった。《撮影 井元康一郎》 開口面積の大きなグラストップ。チルト&スライド機構がつく。サイドウインドウとのコンボで採光性は抜群だった。《撮影 井元康一郎》 フェリー乗船待ち。全長5m以内なので、航送料金は全長4mオーバーのクルマと変らない。《撮影 井元康一郎》 鹿児島・江口浜にて。《撮影 井元康一郎》