中国・深圳の自動車メーカーBYD(ビーワイディー)は、日本市場で乗用のEVで参入することを発表した。日本におけるインポーター、BYDオートジャパンを設立し、来年1月より順次3モデルのEVを販売する計画だ。
BYDはEV専業メーカーではないが、日本市場ではEVのみで勝負をする。そして、事前の予想とは大きく違う本気の参入体制が発表された。本稿では、BYDとはどのようなメーカーなのか、そして日本市場参入の本気度について検証していきたい。
◆テスラを抜いた?世界中で注目されるBYDだけの強みとは
BYDがテスラを抜いた、というニュースに見覚えのある向きもあるだろう。このニュースは説明が必要で、PHEVをEVとしてにカウントする集計方法ではテスラを抜いた、というものであり、BEVに限ってみればテスラが1位であることに変わりはない。
ただ、BYDの販売台数が急拡大し、テスラを猛追していることも確かだ。BYDの2022年前半のBEVの販売実績は約32万台で、昨年の2倍のペースで伸びている。VWグループを追い抜き、さらに、今年前半で約56万台を売り、昨対比1.5倍で成長するテスラにすら、その差を詰めているのだ。
なぜBYDはEV販売台数を急激に伸ばすことができたのか。それは、バッテリー生産を垂直統合し、その全量を内製することができる唯一のメーカーであるからだ。世界中の自動車メーカーがバッテリー不足に悩まされているうちに、自慢のLFPブレードバッテリーを大量生産し、新しいモデルを次々に開発し、台数も作った。
この“EVをたくさん作る”という能力こそ、世界から注目を集めている理由だ。そしてそれを自社のEVに使うだけではなく、BYDからテスラへバッテリーを供給する、というBYD幹部の発言も伝えられている。
◆バッテリー製造を起源とする民営系メーカー
そもそもBYDとはどのようなメーカーなのか。
バッテリーのエンジニアであった王伝福氏が、1995年に携帯電話のバッテリー製造事業を興したところからBYDの歴史が始まった。その成り立ちから、バッテリー開発・製造に対する見識があっただろうことがうかがえる。
そして2003年に中国国営メーカーの西安秦川自動車を買収し、自動車産業に参入。その後も、国営の巨大自動車メーカーがひしめく中国市場において成長を続け、現在では、吉利汽車・長城汽車とならぶ民営系の大手メーカーとして、そして世界一のEV/PHEVメーカーとして知られる存在となった。
◆BYDの最新世代EVを日本に展開
今回日本導入が発表された3台のEVは、BYDのラインナップの中でも最新世代のEVである。
BYDは現在、2つのシリーズを展開している。「王朝」シリーズと「海洋」シリーズだ。王朝シリーズは、日本人にもなじみ深い中国の歴代王朝を車名に冠したモデルを展開しており、秦、漢、唐、宋、元というモデルがある。これらはエンジン車、PHEV、EVが混在しており、プラットフォームを流用している。
そして海洋シリーズは、EV専用の新しいシリーズで、いずれもEVプラットフォーム「e-Platform 3.0」を採用している。これまでに『ドルフィン』『シール』(アシカ)の2車種が登場しており、今後もラインナップが広がる計画だ。
ちなみに今回、日本に最初に導入される『Atto3』は、中国では『元Plus』という名前で、王朝シリーズの最新モデルの位置づけではあるが、e-Platform 3.0を採用した最初のEVであり、内容的には海洋シリーズに近い。
◆日本市場への本気度がうかがえる内容
今回の発表内容でサプライズのひとつは、一挙に3車種の導入を発表したことだ。これまでBYDは、Atto3をオーストラリアやシンガポールへ輸出してきた実績はあるが、3モデルを展開して他国市場へ参入した事例は無い。
さらにドルフィンについては、中国仕様には存在しない大型バッテリー(58.56kWh)とハイパワーなモーター(150kW)を搭載した「ハイグレード」を用意する。そしてシールについては、本国でもまだ発売されたばかりのモデルであり、これを日本に持ってくるというのだ。このような最新のEVを3車種ラインナップし、日本のEV市場が立ち上がりつつあるこのタイミングで、一気に足場を築く狙いが見えるだろう。
販売体制も強力だ。ディーラー店舗を2025年までに100店舗を目指し、販売網を構築する。アフターサービス・エマージェンシーサービスの体制を整え、ディーラーオプションのアクセサリーやEV充電カード、大手信販のジャックスによる自動車ローンサービスも用意するなど、他の輸入車インポーターと何ら変わりない充実したサービス体制を築く。このあたりは、BYDオートジャパンの社長に就任した東福寺厚樹氏が、フォルクスワーゲングループジャパン時代にネットワーク開発を担当した手腕が発揮されることだろう。
ちなみに輸入車インポーターでは、メルセデスベンツが100店舗ほどのディーラー網である。100店舗がどの程度のネットワークなのかイメージできるだろうか。そしてメルセデスベンツの日本における販売台数はおおむね5万〜6万台。もちろんBYDがすぐにこの水準になるとは思えないが、数百台・数千台で満足できる体制ではないことは確かだ。
◆価格は未公表。他国での価格から類推すると…
導入するEV、そして販売体制からBYDの本気度を探ってきたところで、やはり気になるのは価格である。今回、3車種の販売価格は公表されなかったが、参考として、オーストラリアで販売されているAtto3の現地価格から類推してみよう。
まずAtto3について。オーストラリアのロングレンジモデルが日本仕様に近く、現地価格は約452万円であり、これが参考になりそうだ。そしてこの販売価格は、中国の販売価格の約1.34倍となっている。
ドルフィンについては、オーストラリアで販売する計画があるようだが、価格は未定であるため、中国の販売価格を参照してみる。日本仕様の「スタンダード」に近いグレードの中国価格が約230万円で、これに1.34を掛けると約308万円。そして日本仕様の「ハイグレード」は、前述のとおり中国には該当する仕様がないが、大容量バッテリー・ハイパワーなことを考慮し、350万円前後と予想しておこう。
そしてシールについて。日本仕様に近いグレードの中国販売価格が535/590万円。これに1.34を掛けると717/791万円となる。
これらをまとめると、以下のようになる。
Atto3:452万円前後
ドルフィン・スタンダード:308万円前後
ドルフィン・ハイグレード:350万円前後
シール・スタンダード:717万円前後
シール・ハイグレード:791万円前後
そして補助金について。来年度の補助金はまだ未定だが、参考のため本年度のEV補助金をあてはめると、経産省によるCEV補助金が85万円※に加えて、地方自治体ごとの補助金が上乗せされる。東京都の場合は45万円なので、合計で130万円が購入後に戻ってくることになる。
※3車種いずれも本国にはV2L機能が搭載されるグレードがあるため、ここではV2Lありとして85万円を適用した。
もしドルフィンのスタンダードグレードが本当に308万円で導入されることになれば、178万〜223万円で航続距離386km(WLTC値)の最新のEVが手に入ることになる。もちろん今の時点では絵に描いた餅でしかないが、全国100店舗のディーラーでこのようなEVが発売されることを考えると楽しみでもあり、そして、数を作ることができるBYDという事実が、そこはかとない圧力となって、日本人としては焦りを感じることを否定できないのだ。
BYDの乗用EV、ついに日本市場に参入…強さの秘密と本気度を検証する
2022年07月22日(金) 18時00分