会見に登壇したアイシンの大須賀晋氏(左)とIdeinのCEO 中村晃一氏

エッジAIスタートアップのIdein(イデイン)は4月14日、同社が手掛けるエッジAIプラットフォーム『Actcast(アクトキャスト)』の事業展開について会見を開いた。この日は業務提携しているアイシンも登壇し、Ideinとの協業で実現したこれまでの開発成果を披露した。

◆Raspberry PiによるエッジAIをリリース後2年で1万台登録
Ideinは2015年4月、「実世界のあらゆる情報をソフトウェア上で扱えるようにする」をミッションに掲げて創業したスタートアップだ。世界でも類を見ない、安価な汎用デバイス上で深層学習推論の高速化を実現したことで、18年11月には経済産業省がスタートアップ企業向けに推進する支援プログラム「J-Startup企業」に認定された。それ以降もNVIDIAやArmのパートナー企業に認定されたほか、様々な分野で数多くのアワードに選出されている。

そのIdein がAIの社会実装に向けて積極的に推進しているのが「Actcast」だ。これは汎用エッジデバイスであるARMプロセッサを搭載したシングルコンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ)」を、エッジAIのハードウェアとして活用したもので、20年1月に正式リリース。それ以降は順調に登録台数を伸ばし、わずか2年足らずの22年3月で累計登録台数は1万台を突破。4月末には1万5000台に達する見込みだという。

どうしてここまで急速に登録台数を伸ばすことができたのか。その秘密はIdeinならではの高度な技術力が評価されたからに他ならない。

実は、エッジAIを働かせるためには相応の処理能力が求められるため、本来なら端末は1台当たり十数万円のコストがかかる。これでは導入する側にとってハードルは高い。

◆未利用領域の発見がエッジAIデバイスの低コスト化につながった
そうした中でIdeinの代表取締役CEOの中村晃一氏は、低コストで導入できるラズベリーパイのGPUに使われていない領域があることを発見。独自開発したコンパイラによってGPUの処理能力を高め、合わせてキャッシュメモリを有効活用することで画像ベースAIでも高速処理できることに成功した。さらにActcastの特徴であるデバイスの「大規模運用」「遠隔運用」と、Ideinの技術力や運用実績が全国展開する大手小売店などで評価されたことも大きかったという。

中村氏によれば、「本来ならラズベリーパイは、エッジAIを働かせようとしても処理能力が低くて十分な速度を出すことはできないものだった」そうだ。しかし、中村氏はスーパーコンピューターの開発にも関わったこともある持ち前の技術者魂を発揮。これによってデバイスのコストを劇的に削減することが可能となり、データを間引きすることなく最先端のAI解析ができるようになったわけだ。

エッジAIのこれまでの導入事例としては、空港におけるテナントの来客分析や大型商業施設でのモール内の人流計測をAIカメラを使って実施したほか、大手小売店ではデジタルサイネージとAIカメラを組み合わせて店舗をメディア化したり、大手キャリアではAIマイクで収録した会話データを分析してカスタマーハラスメントや従業員境域の改善に役立てているという。

◆アイシンとの提携はトヨタ「Advanced Drive」の開発がきっかけ
こうしたIdeinの技術力に着目し、同社の創業2年目となる2017年から業務提携しているのが大手自動車部品サプライヤー「アイシン」だ。この日は同社の大須賀晋氏がIdeinとの協業による開発成果を説明するために登壇した。

アイシンとIdein が提携するきっかけとなったのは、トヨタ自動車が新型「MIRAI」やレクサス「LS」に導入した高度運転支援システム「Advanced Drive」において、アイシンがドライバーモニターシステムを担当したことだった。この時、アイシンではこのシステムにおいて、顔特徴点や装着物判定、視線検出など数十種類以上のAIを設計していたが、これらをいかに廉価なCPUで処理できるかが課題となっていた。そんな矢先、出会ったのがIdeinのAI処理技術だった。

大須賀氏は「実は使用するハードウェアとArmコアのプロセッサを使うハード側の仕様はすでに決定していた。(そんな状況下で)Ideinは3〜4か月という短い期間で結果を出してもらえた。このスピード感に驚いた」と明かす。

これが縁となり、翌18年にアイシンはIdeinと業務資本提携を結ぶ。Ideinにとって顧客企業から出資を受けたのがアイシンが初だそうで、それ以降は「スタートアップでの空気感をつかむために、アイシンから数人を教育出向するほど両社の関係は深くなっている」(大須賀氏)という。

◆自動バレー駐車システムではインフラカメラにエッジAIを活用
この日の会見では、アイシンが開発を進めている「自動バレー駐車システム」と「マルチモーダルエージェント“Saya”」についても紹介された。

自動バレー駐車システムは、預かったクルマを自動的に移動して空きスペースに駐車させるサービスとして提供するもの。乗降場でドライバーがクルマから降りた後、AIエージェントによって駐車の受付を済ますと、クルマは車載AIカメラと駐車場内のインフラカメラで周囲を確認しながら自動走行して空きスペースに駐車する。

ポイントはインフラカメラにActcast連携エッジAIカメラを用いていることで、この情報と車載AIカメラの認識結果をクラウドで統合し、これにより歩行者などが飛び出しても安全に対応できる自動化システムとしている。また、AIを活用することで駐車場内のマップ生成や自己位置推定を行っていることも見逃せない。

◆CGキャラ“Saya”で利用者に馴染みやすいAIエージェントを提供
そして、この自動バレー駐車システムで受付を行うAIエージェントがマルチモーダルエージェント“Saya”だ。これはフルCGで作られた女子高生キャラクターで、実写に近い精緻さで「生身の人間のようだ」として話題となったキャラでもある。アーティストの夫婦ユニット「TELYUKA(テルユカ)」が制作した。

このSayaによるAIエージェントでは、アイシンが強みを持つカメラ画像の認識技術を活かし、入力された画像や音声、蓄積データをAIで解析してクラウドと連携。音声合成と会話内容に合わせたリップシンクによって人との会話が自然に感じられるようにもしている。この日の説明では自動運転バスでの事例が紹介され、ここでは乗客の顔と名前を記憶し、その上で親しく声掛けするシーンも披露されていた。

ただ、このSayaを動作させるには高度な処理を行うべく、インテルの「Core i9」とNVIDIAの「RTX3090」を搭載したPC2台を必要としていた。これをモビリティに搭載して運用することは難しい。そこでIdeinと開発を進めているのが、NVIDIAの組込コンピュータ「Jetson AGX」1台にこの処理を集約することだ。大須賀氏によれば、22年6月を目途として開発を進めているという。

無人で走行する自動運転車が一般化すれば、車内でのコミュニケーションはますます重要度を増してくる。自動運転やつながる車を指す「CASE」競争が激化する中で、アイシンはIdeinとの提携を通じて、利用者に馴染みやすいコンテンツを提供を目指していく考えだ。

低廉なエッジAIデバイス「Actcast」に活用されている「Raspberry Pi 3」 Actcastは、2022年に入って急速に登録概数が伸びた 「Actcast」について説明するIdeinのCEO 中村晃一氏 「Actcast」の仕組み アイシンがトヨタ「Advanced Drドライバードライバーモニターシステムの開発を担当。ここからIdeinとの協業がスタートした アイシンが開発を進めている自動バレー駐車システム “Saya”は、自動バレー駐車システムや自動運転バスでのAIエージェントとして活用する例が紹介された “Saya”を動作させるには、これまで高性能PC2台が必要だった “Saya”の制御をNVIDIAの「Jetson AGX」1台に集約することを目指す