体内埋め込み型NFCチップ(写真提供:メディホーム(株))

信号情報などをクルマに伝える路車間通信。クルマ同士がつながる車車間通信。コネクテッド技術が注目を集めている。となると期待するのは、人とクルマがつながる「歩車間通信」だ。

ただ、人にどうやって通信機器を持たせるかはクリアできていない。スマホが有力候補ではあるものの、人はいつもスマホを携帯しているわけじゃないのだ。では、マイクロチップなら?埋め込み型マイクロチップの活用は、クルマ業界以外ではすでに実証実験が始まっている。

100%本人を特定できなければならない
スウェーデンなどで行っているのは、JR東日本のSuicaのような使い方だ。そして日本では、一秒を争う救急現場で個人情報を入手するための実験が開始された。日本医科大学千葉北総病院(以下、北総病院)救命救急センターの本村友一医師によると、交通事故で運ばれてくる患者のなかには、身分がわかるものを持たない患者が一定数いるという。

どんなシビアな状況であっても、適格に処置を進めるためには既往症や服用中の薬情報は欠かせない。意識がなければ本人には聞けない。所持品のなかにスマホや診察券があれば家族や通院先に連絡して確認できるが、一時間ほどかかることはざらだ。そして、免許証も持っていないケースすらあるという(運転していたくせに!)。また、意識があったとしても認知症の患者は、自分の名前や生年月日すら言えないことがあるのである。

治療が適切に行えない。亡くなる前に、家族に会わせてあげたくても叶わない。また、高齢者の場合、医師たちが懸命な治療をして命をつなぎとめたとしても、生きる尊厳に対する考え方の違いから家族が憤ることもあるという。こうした事態をなくすには、素早い本人確認しかない。そして、たどり着いたのがマイクロチップである。

本村医師は最初、顔認証で実験をしてみたという。顔認証システムは自動運転バスでも、支払いシステムへの活用が期待され、群馬大学などが実証実験を行っている。ただ、救急の現場で顔認証は通用しなかった。

「運ばれてくる患者さんは、目をつぶり、顔が腫れたり口元に吐しゃ物があるような人がほとんどで、顔認証システムの精度が一気に落ちる。一刻を争う人に対して、血や吐しゃ物をきれいにふき取っている余裕はない」(本村医師)

人を特定するためには、ほかにも指紋認識や静脈認識、虹彩認識(目の瞳孔のまわりの色がついている部分の模様)といった技術もあるが、すべてを足しても確率は99.9%だという。医療は命を扱う。蘇生措置拒否や臓器提供までを視野に入れると、100%でなければならないのである。そこで、埋め込み型マイクロチップというわけだ。

手に埋め込む筒状のマイクロチップ
使用するのは、メディホーム社製の、直径2mm×長さ12mmほどの筒状のもの。これを手の親指と人差し指のあいだにある、水かき部分に太い注射のようなものを使って埋め込む。通信はNFC(Near Field Communication。通信距離が10cmほど)という近距離通信技術を使い、専用のアプリを入れたスマホを近づけて識別IDを読み取ってクラウド上にある患者情報にアクセスするというわけだ。スマホアプリは認証された医療機関でのみ使えるため、一般人がだれでも勝手に読み取ることはできないようになっている。

マイクロチップは、皮膚などへの影響が極めて少ないカプセルに入れられている。また、本村医師によると、手に埋め込むためMRI検査への影響はないそうだ(MRI検査は頭部や体幹がほとんどで、手のひらを撮影することはほとんどない=どうしても手の撮影が必要なときは取り出せばよい)。

埋め込み型マイクロチップは交通事故でも有効だが、威力を発揮するのは震災時だろう。東日本大震災では、歯形を用いて身元確認をしたご遺体は全体の8%近くあり、本人を特定するまで月単位で時間を擁したという。しかし、こんな場合でもマイクロチップなら一瞬で済むのだ。

2021年11月9日に北総病院内で行われた災害実動訓練では、マイクロチップ(実験のため右手親指の爪に貼り付けて使用)を使って検証がされた。クラウド上には、氏名、血液型、生年月日、住所、緊急連絡先、持病、処方薬、病歴、アレルギー、臓器提供の有無が登録され、現場での有効性が確認された。

活用方法は医療だけではない
自分の身体のことは、他人に知られたくないことが多いが、相手が治療にあたる医療従事者となれば話は別だ。知られたくないどころか、どんな些細な情報でも伝えたいと思うのではないだろうか。とはいえ、一生のうちにあるかないかの事故や災害のために、マイクロチップを体内に埋め込むのはやはりハードルが高い。そこで、医療情報だけでなく、利便性と併せた活用が期待されている。手に埋め込むのは、そうした使い方も想定しているためだ。

例としては、スウェーデンのような運賃を始めとするタッチ決済。また、オフィスや家の鍵の開閉など。また、自転車のシェアやカーシェアでも認証するためのIDや、さらにエンジンキーとして使うことも想定されている。もちろん、身から離れず紛失の心配がないことから、マイナンバーカードや免許証、パスポートといった使い方もあるだろう。

想像と期待が膨らむが、あくまでも通信距離は10cmなので歩車間通信には使えない。しかし、埋め込み型マイクロチップが一般的になっていけば、高齢者の徘徊問題を筆頭にGPSを入れたいというニーズが出てくる可能性はある。というか、絶対に長生きしてボケる可能性のある私としては、スマホも持たずにふらふら徘徊する可能性が非常に高い。ボケる前に一筆書き残しておき、その際はぜひ、GPSと個人IDを埋め込んでもらい、居場所特定、さらには歩車間通信で事故削減(私が車道をふらふら歩いて事故を引き起こしてご迷惑をかけないよう)に活用してほしいと思っている。

写真協力:日本医科大学千葉北総病院、メディホーム(株)

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。レスポンスでは、女性ユーザーの本音で語るインプレを執筆するほか、コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。最新刊は「世界でいちばん優しいロボット」(講談社)。

一瞬で適切な位置に埋めることができる(写真提供:メディホーム(株)) 災害実動訓練で使われたマイクロチップ(写真提供:日本医科大学千葉北総病院) 災害実動訓練でスキャンする様子(写真提供:日本医科大学千葉北総病院) 読み取ったスマホに表示される内容(写真提供:日本医科大学千葉北総病院) オフィスドアの開錠(写真提供:メディホーム(株)) カーシェアドアの開錠(写真提供:メディホーム(株)) エンジン始動も視野に入れている(写真提供:メディホーム(株)) シェアサイクルの開錠(写真提供:メディホーム(株))