ストゥディオで作業中のアメリア・ヴァレッタ《photo courtesy of Amelia Valletta》

イタリアでさまざまな専門領域からカーデザインにアプローチする企業・人材を紹介する本企画。第3回の主役は、フィアットをはじめ数々のブランドでインテリアデザイン・コンサルタントを務めるアメリア・ヴァレッタ・デザインである。

◆女優からデザイナーへ

アメリア・ヴァレッタ(Amelia Valletta)は1970年ナポリ生まれ。ナポリ・フェデリコ2世大学で建築学と自動車・工業デザインの学位を取得したあと、2001年にミラノ工科大学でデザイン・ストラテジーの修士号を取得している。

その後の経歴がユニークだ。劇作家そして脚本家、舞台セットや衣裳のデザイナー、さらには女優として、ミラノの劇場で経験を積んだ。

ほぼ同時期にミラノに自身のリサーチ&コンサルタント会社「デザイン*ツールズ」を設立。自動車メーカーではフィアット、日産、そしてヒュンダイ/キアとコラボレーションを展開した。参考までに筆者が彼女の活動を知ったのも、かつてモーターショー会場で、フィアットのデザイン幹部を通じてのことだった。

プロダクトデザインでは、エプソン、レノボ、サムスン、3M、メルク(製薬)、アプリカ(チャイルドシート)、ヴィブラム(靴底)、アルテミデ(照明)、デリム(2輪)、アレッシィ(家庭用品)、ラヴァッツァ(コーヒー)、イタリア郵便会社といったブランド/企業にコンサルティング業務で協力した。

傍らで教職にも携わってきた。ミラノ工科大学工業デザイン学部の非常勤講師を経て、2012年から19年まではドムス・アカデミーのトランスポーテーション・デザイン学部でも教鞭をとった。その間に、ランボルギーニ、アルファロメオ、アウディ、フォルクスワーゲン、アルカンターラ、フィアット、イヴェコ、ベルトーネ、ピニンファリーナ、さらにイケアや国連ILO機関と共同の学生プロジェクトを指導している。現在は「ラッフルズ・インスティテュート・オブ・デザイン」でデザイン・ストラテジーを指導。またミラノ工科大学系の機関「ポリ・デザイン」のインテリア/プロダクト・デザイン専門マスターコースで指導にあたっている。

2019年からはコモ湖畔レッコで「アメリア・ヴァレッタ・デザイン」を主宰。イタリアの著名デザイン媒体の監修や執筆にも積極的に携わっている。

◆「異なる生き物との共生」も視野に

残念ながら、ヴァレッタの詳細な仕事例を紹介することは、ほぼ不可能である。クライアントとの契約上、その多くが禁じられているからだ。筆者が言えるのは、すでに読者諸氏がご覧になったことがあるフィアット車のインテリアには、彼女の仕事が充分含まれている可能性があるということである。同時に、今回紹介する写真からも、ヴァレッタの活躍の一部を想像することは可能だ。

以下は、彼女との一問一答である。

Q:あなたは自動車のインテリアデザイン、特にカラーと素材の分野ではイタリア屈指のエクスパートです。イタリアニティ(イタリアらしさ)を定義するのは難しく、ある人にとっては高価で贅沢な素材であり、ある人にとってはポップな色です。しかも今日、自動車の開発チームが国際化するなかで、イタリアニティの維持には何が必要でしょうか?

「建築家である私は、(古代ローマの建築家)ウィトルウィウスが示した3つの資質、すなわち耐久性(firmitas)、機能性(utilitas)、優美性(venustas)にイタリアニティを見出します。自動車は頑丈で機能的で、美しくなければなりません。贅沢とは無縁なものです。私は20年以上にわたりインテリアデザイン・コンサルタントとして、一流企業の国際チームとともに働いてきました。そうしたなかで私は常に、イタリア最高のサプライヤーから慎重に選び抜いた素材を用い、情感溢れる表現に気を使ってきました。機能的にも美的にも調和のとれた結果を目指してきたのです」

Q:“女性のためのクルマ”の定義は、国・地域により大きく異なります。日本の軽自動車は、フォルムも車体色も明らかに女性志向です。いっぽうでイタリアではランチア『Y』のように、女性らしさを過度に強調していなくても長年女性に人気のある製品もあります。近い将来、自動車メーカーはデザインする際に、どのようなアプローチをとるべきだと思いますか?

「このテーマは、20年以上前にテレビのインタビューで話したことがありました。欧米の文化に女性のための車はありません。時代錯誤です。しかしながらランチアYのように、フォルムや車体色、素材や仕上げが女性の好みに合うような車もあります」

「それよりも今日は、他の生き物と共生する車、つまり人間以外の新しい乗客を乗せるのに適した車について議論すべきです。現在私は、ペットを運ぶのに適したクルマで、自動車のカテゴリーを革新したい企業への助言に全精力を注いでいます。世界は変化し、動物、特に犬や猫は限りなく家族の一員です。イタリアでは住民の数とペットの数の比率は1対1です。2020年に私がスタートしたHAD(Human Animal Design)では、人間とペットが共生するためのインテリアやプロダクトのデザインに取り組んでいます」

筆者が付け加えれば、ヴァレッタはそうした動物への取り組みに対しても本格的だ。パルマ大学獣医学科で修士号を取得。2016年には犬のトレーニング&リハビリ用スクール「パピネス」をミラノで設立している。参考までに、彼女の説明によれば、動物への深い関心は、高校2年のとき3階から転落した雑種の飼い犬を助けられなかった苦い思い出が出発点という。

Q:あなたは教育者としての経験も豊富です。将来カーデザインの仕事に就きたいと考えているデジタル世代の若者が、スキルアップするために必要なことは何ですか?

「私は長年、ドムス・アカデミーの自動車およびトランスポーテーション・デザインのマスターコースでディレクターを務め、国内はもとより国外で教えてきました。この仕事には相当な情熱が必要です。特殊な専門分野であり、文化的や分野的なもののほか、もちろんデジタル・モデリングや視覚化という、不可欠な要件が求められます」

「加えて私は学生たちに、概要を把握したあとプロジェクトのアイデアへと素早く転換する方法を教えています。みずから考案したRDT(Rapid Design Thinking)と呼ばれる手法です。1週間の集中ワークショップで、学生たちはデザインに対して体系的かつ学際的なアプローチを行います。これは、企業内のデザインチームにも提案している手法です。多くのコンセプト案を素早く手にし、実現可能なものを評価できるようになります」

建築家、俳優、デザイナー、ライター、大学教授、動物のエクスパート、さらに既存のジェンダー感を超越したヴィジョン。そうしたヴァレッタの広い経験と知見が、自動車のインテリアデザインに携わる際に反映されていることはたしかだ。

彼女の活動は、日本のデザイナーも幅広いバックグラウンドをもつべきであることを暗示している。同時に、日本企業もそうした広いフィールドで活躍する外部人材を積極登用する姿勢を備えるべき時代であることを示唆しているといえまいか。

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