カスターニャCカー(2018年)《photo by Castagna Milano》

◆40年の眠りから呼び醒ます

イタリアでさまざまな角度からカーデザインに携わる企業・人々を紹介する企画。第2回は「カスターニャCastagna」をお届けする。

筆者とカスターニャとの出会いは2002年、パリで開催されたコンクール・デレガンスでのことだった。夕食会で隣席のイタリア紳士に職業を尋ねると、彼は紙ナプキンの上にすらすらと自動車の絵を描き始めた。特異な砲弾型の車体は、アレーゼにあるアルファロメオ博物館の有名な所蔵車であることが即座にわかった。歴史的カロッツェリア「カスターニャ」によるアルファロメオ『40/60HPアエロディナミカ』(1913年)である。

その紳士の名はジョアッキーノ・アカンポラ(以下敬称略)といった。ミラノ工科大学建築学科の卒業生である彼は、カスターニャの復活に尽力していることを教えてくれた。

旧カスターニャは1849年、カルロ・カスターニャによってミラノに設立された馬車製造工房に遡る。自動車草創期には当時の高級車の流儀にしたがい、メーカー製シャシー上に顧客の好みに応じてさまざまなカスタムメイドの車体を提供した。ミラノの名門貴族ヴィスコンティ家や、オペラ作曲家として知られるジャコモ・プッチーニも、カスターニャの顧客リストに名を連ねていた。

1914年にはカルロの息子エルコレが事業を継承し、第二次世界大戦後はヴァレーゼ郊外に移転。しかし、得意としていた高級特注車製造は自動車大衆化の波に勝てず1954年、カスターニャは1世紀以上の歴史に幕を閉じた。

約40年後の1994年、ミラノでその商標取得に成功したアカンポラは、ジュネーブモーターショーを主な舞台に、アルファロメオ、フェラーリそしてマセラティを基にしたワンオフで名門復活の“のろし”を上げた。

◆MINIとフィアット500のカスタムで成功

本稿の執筆を機会に、あらためてアカンポラに、数ある歴史的なカロッツェリアの中から、カスターニャを選んだ理由を尋ねてみた。すると彼は「運命です」と即答した。

「若い頃、偶然にもカスターニャ家の末裔と出会う機会に恵まれました。そして馬車から始まった彼らの壮大な歴史について、彼らから少しずつ聞く機会を得たのです」と当時を振り返る。

新生カスターニャ発足にあたっての概念とは何だったのか?

「唯一無二の作品を創り続ける、つまり同じ仕事をけっして繰り返さないことでした。なぜなら常に革新し、最善のものを創造し続ける者こそ、真の職人だからです」

思えば、筆者が前述のジュネーブ作品を雑誌にレポートした際、「従来の過去ブランド復活プロジェクトと違い、旧カスターニャ作品のモティーフに依存しないところが潔い」と記している。その陰には、アカンポラのそうした考えが反映されていたに違いない。

やがて新生カスターニャは、『MINI』やフィアット『500』をベースにした車両を数多く手がけるようになっていった。

「メカニズム的に最上のイタリア系ブランドから出発したことは、カスターニャの歴史を考えれば正しいことでした。しかし傍らで、我々の作品に魅力を感じてくれる人たちは、あまり複雑ではないプロジェクトを好むことにも気づきました。それは創業当時の1994年には、まだ存在しない市場でもありました。そこで、まずMINIを基に、次にフィアット500をベースにしたカスタムを作りました。素材や色だけにとどまらず、さまざまなボディ形状を提案することで、独自のマーケットを広げたのです」

オーダーは、どのような国の愛好家から?

「顧客は世界中にいます。車に対する情熱が薄いと思われていた国にも、私たちのことを知っている人が多いことに、たびたび驚かされます。欧州ではフランス、オランダ、スイス、その他の地域はアメリカ、中東諸国が主な市場です。リビア、韓国、日本、そしてオーストラリアからの依頼もありました」

◆誰かがそれを、やらねばならぬ

ところで2020年から、アカンポラはイタリア北東部フリウリ=ヴェネツィア=ジュリア特別自治州のウディネ市で職業訓練プログラム「イル・ファーレ・ディジターレ」を開講している。

「デジタル職人」「デジタルデザイナー」「デジタルメーカー」の3コースは880〜1000時間のプログラムで、自動車のみならずデジタルデザイン全般のスキル向上を目ざすものだ。受講者には、イタリアにおける就職で正式に通用する修了証も授与される。欧州連合が支援する教育基金の対象であるため、いずれのコースも無料だ。

アカンポラは解説する。

「今、デジタル的思考と手先の器用さ、そしてプロジェクト展望すべてを兼ね備えた若い人材が求められています。その育成に従来誰も参画していなかったので、私たちが州と共同で創設したのです」。ここで教える技術をもってすれば、自動車だけでなく、我々が使うすべてのモノを作ることが可能とアカンポラ氏は力説する。

そのいっぽうで、カーデザイナーを志す若者が減少しているという声が聞かれるようになって久しいが?

「クルマづくりの文化が、マーケティングといった分野に比べて魅力的ではないためでしょう。しかし、誰かがクルマをつくる方法を知っていなければならない。そのためには、製品や品質に対する価値観を伝承する必要があるのです」。そのうえで、彼の講座は「従来とはまったく異なる、次の30年のクルマをデザインしたい、新しい思考法を持った若い人たちを歓迎します」と呼びかける。

最後に、カーデザインに携わることとは? 

「クルマは移動することで、他の商品では果たせない旅や感動を提供できます。クルマのデザインをするときは単にモノを考えるのではありません。ブランドや歴史、ボディと居住空間によって定義されるライフスタイルといった、複雑な思考を構成するすべてを思い描くのです。線やボリュームだけで創造できるものではありません。それはワンオフであれ量産車であれ、クルマづくりの基本です」

そしてアカンポラはカーデザインの魅力を、こう結んだ。

「一瞬にして好きになったり嫌いになったり、人を夢中にさせたり、永遠に脳裏に焼きつく、複雑なプロジェクト。それこそが自動車であり、私のようなデザイナーを惹きつけるものなのです」

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