ヤマハ発動機はその名が示すとおり、モーターサイクルをはじめさまざまな分野のエンジンを開発している。
もっとも排気量の大きいエンジンは、なんだろうかと考えると、バイクなら北米向けクルーザーの『Star Venture』が積む排気量1900ccの空冷OHV4バルブV型2気筒、クルマならトヨタ『2000GT』の直列6気筒やV型10気筒のレクサス『LFA』と想像がつくだろう。
しかし正解はV型8気筒5559ccと、それらを圧倒する。アメ車をイメージしてしまう超弩級であるが、その正体はマリン事業であるオフショア(外洋)用船外機『F425A/FL425A』(以下、F/FL425A)だ。その名の通り425馬力を発揮する新開発のV8エンジンで、4ストローク船外機として初めて直噴を採用したほか、電動ステアリングの初導入や、スタイリッシュな外観デザインが大きな特徴となっている。
船外機の需要は世界的に拡大し、ヤマハは主力生産拠点である袋井南工場(静岡・袋井市)の生産能力を今後3年間で最大15%引き上げると、昨年末に発表している。ヤマハの船外機は中・大型機を袋井南工場、小型および中型機を熊本、6馬力以下の小型機をタイで生産する。
この超弩級のV8船外機、F/FL425Aも例外でなく北米市場を中心にセールスが好調だという。なぜV8船外機が売れるのか、そもそもF/FL425Aはどのようにして生まれたのか。その背景を、開発者であるヤマハ発動機・マリン事業本部・マリンエンジン統括部の小松央昌さんに聞いた。以下敬称略。
◆業界を牽引するハイパワーユニット
----:まず基本的なことを聞きますが、「船外機」とはどういうものなのでしょうか?
小松:エンジンとドライブ部分を船体の外側に取り付けた駆動方式で、小型クラスのボートで一般的に使用されています。大型ボートではエンジンが隠される船内機が主流でしたが、高出力化を実現するとともにメンテナンス性に優れることなどから大型ボートでも船外機が使われるようになってきているのが最近の流れです。
----:エンジンが船体の後ろに、剥き出しで付いているタイプですね。
小松:船内スペースを有効に活用でき、エンジンが船体の後方にあるためキャビン内は静粛性が比較的高いのも船外機のメリットです。
----:「F/FL425A」がそのフラッグシップ。
小松:まず順を追って説明しますと、F/FL425Aは4ストローク船外機の第3世代に当たります。バイクと同じように船外機も2ストロークから4ストローク化し、ハイパワー化が進んで2008年発売の「F350A」では業界ナンバー1の最高出力350馬力に達しました。そこまでが第1世代です。
----:パワーでライバル勢を凌駕したのですね。ネーミングにある数字は馬力で、バイクのような排気量ではない。
小松:そうですね。第2世代では「軽量化」がキーワードでした。ご存知の通り4ストエンジンは2ストに比べると重くて、特にバスフィッシングのボートトーナメントなどではハイパワーとスピードが求められ、「2スト同等の重量でパワーを出して欲しい」というのが、お客様からの要望でした。
----:バイクと同じですね。
小松:VMAX SHOシリーズのトップモデル「VF250」はV型6気筒4169ccで、100km/hを超える高速性能を求められるバスボートへの搭載に特化した4スト船外機でした。マリン先進国アメリカの舟艇工業会のイノベーションアワードを受賞するなど高評価を得ています。
----:船外機にもあるのですか「VMAX」が!! バイクファンとしては反応せずにはいれられません。
小松:2スト時代から受け継ぐネーミングです。そして、2018年5月に発表したのがF/FL425Aとなります。燃料を高圧かつ高精度に各燃焼室に直接噴霧する「ダイレクトフューエルインジェクション」(直噴)を4スト船外機として初採用しました。
----:ポート噴射から直噴にした理由は?
小松:いま要求にあるのは高出力と低燃費でして、さらに排ガス規制が厳しくなっていくと考えられています。そうした規制が入ったときにも対応できるよう燃焼効率を高めました。
◆デザインはバイクと同じGKデザイン。イメージは「スーパーカー」
----:聞くところによると、エンジンを複数機搭載する大型ボートもあるとのこと。
小松:はい、多機掛けが基本でしてF/FL425Aも2機以上付けることを前提としています。「F350A」の頃は12メートルを最大クラスのボートとし、搭載も最大で3機を想定していましたが、近年では大型化し18メートルを超えて、5機を搭載するボートも現れはじめています。
----:425馬力×5=2125馬力とは!! さすがアメリカ、マリンでもダイナミックですね。
小松:アメリカのビルダーさんの間では、たくさん付いていて迫力があるだろうという意見もありますね。見た目のインパクトもボートを所有される方にとって大きなステータスとなります。
----:どのくらいのスピードが出るんですか?
小松:取り付ける船の大きさ、重さによって違ってきますし、海なので波や風向きなど状況によってまったく異なってくるので一概には言えないのですが、F/FL425Aの想定するターゲット艇39フィート(約12メートル)のボートに3機がけすると、70ノット(およそ130km/h※)くらいでしょうか。
※開発実験時の速度例。
----:ユーザーさんは加速性能も重要視しているんでしょうか。
小松:先ほども話したバスフィッシングのボートトーナメントでは、いち早くポイントへ移動するために機動性が求められ、世界チャンピオンになった唯一の日本人選手・大森貴洋さんもヤマハの船外機を使っています。
----:バスフィッシング界のバレンティーノ・ロッシですね。実物がヤマハコミュニケーションプラザに飾られていますが、見た目もスタイリッシュですね。
小松:バイクと同じようにデザインはGKデザインが手がけていて、スーパーカーをイメージしてエレガントさや高級感もイメージさせています。カラーはグレー、ホワイト、さらにカスタムペイントを前提とした塗装なしも用意し、多様化するお客様の要望に応えているのです。2018グッドデザイン賞もいただきました。
----:ちなみに価格は?
小松:ボートの場合、エンジン単体で販売するものではないので価格は出していません。が、おおよそ1馬力=1万円程度というのが目安になるかと思います。
----:そうるすと、425馬力ですから1機あたり425万円。5機掛けで2000万円オーバー…さらに大型でラグジュアリーなボートをビルダーにオーダーすれば、すぐに1億円超え! すべてがケタ違いですね。
◆バイクやクルマのエンジンとの大きな違いとは
----:V型8気筒DOHC4バルブ、ボア96×96mm、排気量5330ccとのことですが、基本構造はクルマやバイクのエンジンと大きくは変わらないのですか?
小松:クルマやバイクの直列エンジンですとピストンが上下動しますが、船外機ですと横向きに動きますので潤滑系も異なります。それでクランクから直結してドライブシャフトがあり、プロペラ軸に前進後進のドッグギヤがあります。
----:V挟角は何度ですか?
小松:60度です。V型にするメリットはコンパクト化できる点でして、横幅を抑えないと船に収まらないのです。
----:DOHC4バルブエンジンですが、最高出力は5500rpmで発生。バイクのような高回転型ではないのですね。
小松:高回転でプロペラを回してもキャビテーション(空洞現象)が発生し、結局、水を掴めなくて空転して効率が悪くなってしまうんです。水の上を走るためのエンジンならではの特徴と言えるかもしれませんね。
----:分割タイプのカウリングに覆われていますが、水冷エンジンなんでしょうね。
小松:はい。海水を引き込んで冷却しています。クランクから直結しているドライブシャフトでウォーターポンプを回して海の水を吸って、排気を冷却しながらヘッドに持っていき、また海に戻します。
----:となると、バイクやクルマ以上に腐食対策が重要ですよね。
小松:海水がかかって蒸らされての繰り返しがもっとも厳しくなるのですが、塗料開発で耐久性というところも力を入れて不安を解消しています。
◆これまで培ってきたヤマハの技術を全て投入した
----:バイクだとハンドリングが軽快、それがヤマハらしさですが、船外機だと?
小松:今回、船外機初となる内蔵型電動ステアリングを採用し、操船者のハンドル操作に対し、よりダイレクトで正確な動きを実現しています。スロットルもフライバイワイヤで、GPSを搭載していますのでオートパイロット(自動操縦)も可能となりました。釣りをしているときも、潮の流れで動いてしまうことなく前後のスロットルとステアリングで定点保持できるようになっています。
----:発電量の要求も大きくなって、対応したと。
小松:調理器具やエアコンなど設備がどんどん豪華になっていくのと、周辺機器も進化する一方です。たとえば、揺れを抑えるためにジャイロを備えて動かすといった装置(ジャイロスタビライザー)もあるなど電力を使うものが増えています。
----:メンテナンス性も飛躍的に向上していると聞いています。
小松:大型ボートを停留した状態でもギヤオイルが交換できる交換システムを新たに採用し、外部からオイルストレーナー点検が可能な構造やパワーユニット部品へのアクセスが容易な外装カウリングの分割構造、多機掛けでの水洗いを容易くするなど整備性も向上しました。従来ではクレーンで吊って、陸に揚げてからメンテナンスしなければならず、コストも手間もかかりましたから、これは大きな進化です。
----:最後に、開発時に苦労した点は?
小松:耐久性・信頼性のハードルをかなり上げまして、軽量化と両立させたところでしょうか。どんな船に付けられるかがわからないので、例えるならスポーツカーでも商用車でもどちらにも使える心臓部にならないとなりません。「ターゲット艇」を定めるのが難しく、付けられるボートすべてに付けてみて、全部やってみようと。日本に大型のボートがなければ、アメリカも巻き込んで…といかく開発の規模感としてはこれまでにないくらい大掛かりなものになりました。
解析技術が上がったことと、これまで培ってきたヤマハの技術を全て投入して実現したのですが、開発のなかでどんどん鍛え上げられていったエンジンでしたね。
ヤマハの新開発V8エンジン「F425A/FL425A」が市場から求められた理由
2019年10月10日(木) 15時00分
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