【クルマら部】クルマ愛クイズ!今回はホンダの創業者「本田宗一郎」に関する全4問!写真は初代ホンダ スーパーカブC100《写真提供 ホンダ》

自動車ニュースのレスポンスが贈る、クルマ好きのためのLINE公式アカウント『クルマら部』(ベータ版)! 参加型コンテンツ「クルマの車論調査」から、クルマ好きの皆さんのクルマへのLOVEを試すクイズをご紹介!今回は「本田宗一郎」に関する出題です。

言わずと知れたホンダの創業者であり、優れた技術者であった本田宗一郎氏。残された言葉やエピソードは今も、ホンダだけでなく多くのエンジニアやビジネスマンのフォロワーを生み出し続けています。今回はそんな本田宗一郎氏にまつわるエピソードから全4問を出題。

【Q1】『スーパーカブ』の大ヒットによって、ホンダは増産のために新たな工場用地を探す必要性に迫られました。本田宗一郎氏と専務の藤沢武夫氏は、全国を視察する中で、最終的に鈴鹿市に工場を立てることを決めました、その理由は次のうちどれでしょうか?

(1)合理的で無駄のないプレゼンに信頼感を得たため
(2)会議室で出されたお茶が美味しかったため
(3)ほかに選択肢がなかったため、止むを得ず

【Q2】ホンダは設立間もない1952年、埼玉県の工場を買収しました。その工場は雨漏りをするなど、修復の必要がありました。そのような工場のなかで、本田宗一郎氏がまず初めに修復をさせた意外な場所とはどこでしょうか?

(1)玄関
(2)駐車場
(3)トイレ

【Q3】ホンダとその従業員が世間の人々からどう見られているのか、ということについて敏感なアンテナを持ち続けた本田宗一郎氏は、1985年に完成間近の南青山のホンダ本社ビルを見て機嫌を損ねたといいます。それは一体なぜでしょうか?

(1)近未来的な建物が周囲の風景に溶け込まないと感じたため
(2)四角形のタイルが人に威圧感を与えると考えたため
(3)玄関の円柱の柱を見て、権威の象徴だと感じたため

【Q4】地域との付き合いを大切にしていた本田宗一郎氏が、南青山の本社ビル建設の際に、災害の観点から、付近を通る人々に配慮して行った工夫は次のうちどれでしょうか?

(1)全ての窓にバルコニーを設置した
(2)ビル最上階に巨大なスピーカーを設置した
(3)車を使用して自家発電できる設備を設置した

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