日本はまだ電動化転換点の議論を中国では電動化後のビジネスを…大阪産業大学 李澤建教授[インタビュー]

各国のモーターショーが中止となる中、延期があったものの北京モーターショーは9月26日からリアルイベントとして開催された。海外からの来場者が期待できずとも、国内市場だけで巨大イベントが成立するほど、中国自動車市場の存在感は増すばかりだ。

中国自動車市場を語るうえで欠かせないのがEVをはじめとする電動化だ。EUや北米の環境性能規制強化の動きもあり、グローバルでも電動化シフトが進んでいる。日本は、独自のエネルギー事情とハイブリッド市場により、グローバルな動きに距離を置いている。中国市場は世界中の自動車メーカー・サプライヤーにとって無視できる市場ではない。しかし、大手ほど中国市場の参入・事業拡大が難しくなっている。

日本の自動車産業にとって、中国市場をどう扱えばいいのか。ヒントはあるのだろうか。大阪産業大学 経済学部 李澤建教授に、世界電動化競争の中でゲームチェンジャーとして台頭する中国の自動車産業の現状を聞いた。

李教授は10月29日開催のオンラインセミナー「世界電動化競争〜中国・タイの最前線から日本企業の取るべき戦略〜」でこの内容の講演を持つ。

◆オンリーワン技術が成功しにくい中国自動車市場

――セミナーでは、世界の電動化競争の中で日本企業のとるべき道の参考になる情報を伝えたいとのことですが、現状、中国の電動化市場の状況から教えてください。

現在の中国で進んでいる自動車産業の動き、電動化の動きで重要なのはゲームチェンジャーが誰なのか、という点です。

中国には、自動車は成熟した技術・製品として入ってきました。自動車に関する技術はほとんど出来上がった状態でした。そのため、中国の自動車産業は、特定技術をもった企業の優位性が発生しづらいのです。人口も多く市場規模が大きいので、多数の民族系企業(外資・合弁ではない企業)が存在します。

中国にも大手と呼ばれるメーカーは存在しますが、自動車産業全体を牽引しているゲームチェンジャーは、彼ら多数の民族系企業です。

基礎技術などは、日本に依存している部分もありますが、応用技術開発が競争の中心となっています。民族系企業は、基礎技術で日本や欧米と勝負するつもりはありません。勝てない所で勝負しても意味はありませんので、応用技術やビジネスモデルでの差別化が基本的な戦略となります。

そのひとつが電動化でありCASEです。中国自動車市場において、電動化の製品技術はひととおり見えてきています。EVが実用になるかどうかといった議論は終わっており、業界がみているのは電動化のあとの世界、ビジネスです。

◆テスラショックが刺激となりビジネスの方向性をつかむ

――日本も国内自動車メーカーが多い国ですが、中国で民族系企業が強い理由はなんでしょうか。

政府のバックアップもありますが、まず、消費者との距離が近いという点です。中国市場は巨大ですが、よくみると地域によって文化に違いがあり、画一的な市場ではありません。彼らはユーザーニーズの取り込み、製品開発に積極的です。規模ゆえの機動力を生かしたビジネスを展開できます。

ビジネスモデルの開発にも熱心です。テスラが参入してきたときは、「テスラショック」のような動きもみられましたが、テスラは自動車産業が成長するための方向性を示してくれました。多くのメーカーがテスラより良いEVの開発を目指していますし、とくにテスラの販売モデルやユーザー体験を含むクルマとしての付加価値について大いに刺激を受けています。

◆成長鈍る中国では補助金から支援方針を転換

――中国政府は、自動車産業についてどのような戦略で支援しているのでしょうか。

1つは補助金などの直接支援です。もう1つは民間の投資ファンドを活用したPEです。補助金などの直接支援は、過去の日本でもそうだったように、中国でも採用された支援策です。工業団地を作り税制優遇措置で企業を誘致する特区やプロジェクトが中国各地で展開されました。しかし、最近はこの方法は見直されています。補助金などは、払ってしまえば終わりとなりその後のフォローや活用、効果の面で問題があります。

最近では、政府がマスター基金を設立し、PE方式で民間企業や専門家に投資させます。彼らは投資効果を上げるためのフォローをします。投資はメーカーだけでなくサプライヤーやベンチャーなど民族系企業全体に行われます。政府も工業団地で省や国のGDPを上げるだけの戦略から、成長を維持する戦略にシフトしています。

――その中で中国がEVシフトを推進する理由はなんですか。

成長を続ける中国経済ですが、2016年からGDPの成長率が落ちています。つまり、中国経済はボトルネック局面を迎えているわけで、新しい成長戦略が必要なのです。以前の経済成長を促す直接的な政策は通用しない。半導体、金融、通信など成長産業のテコ入れ、構造改革が必要という認識が高まっています。

たとえば、これまでのエネルギーを大量消費して経済を回す考え方、世界の工場としての経済成長モデルからの脱却です。EVをフックとした自動車産業の改革はそのソリューションのひとつとして捉えられています。

◆メーカーの関心事は出荷後の付加価値

――日本には、本格的なEVシフトにはバッテリーの生産が足りていないという認識がありますが、中国ではどうなんでしょうか。

中国では、むしろ余剰生産能力があると思っています。中国国内のOEMニーズの2倍以上あると試算しています。電動化シフトに必要なリソースはほぼ確保されているといっていいでしょう。

航続距離についても、民族系企業の上位グレードのEVはほとんど600km以上を確保していますし、性能や値段はあまり問題になっていません。課題のひとつはインフラとなっています。充電網の整備はまだ必要です。

もうひとつはEVとしてのビジネスモデルです。テスラのような付加価値戦略をとれるかどうかが多くのメーカーの課題であり競っているところです。EVは車両ができたら完成ではありません。バージョンアップ、自動運転、オンライン化、サービス化など、どのような付加価値がつけられるか、いわばクルマのiPhone化が民族系企業の最大の関心事です。

◆中国市場で日本企業が成功するには?

――外資や合弁企業について教えてください。欧州、とくにフォルクスワーゲンは中国自動車市場で成功した企業の1つだと思います。電動化シフトも積極的にみえます。日本企業が中国自動車市場に入り込み成功するためには、現在どのようなアプローチがあるでしょうか。

欧州が中国市場で成功したのは、市場やビジネス戦略で親和性があったのではないかと考えています。中国は文化的には非常に多様性があると述べました。これはEUも同様だと思います。様々な国がそれぞれの歴史文化を持っています。

自動車産業でいえば、中国は市場は大きいものの、関連の知見や技術がありませんでした。ドイツは、自動車産業の知見と技術を持っており、市場を探していました。お互いよい補間関係をとることができたのが要因だと考えられます。

よく、中国市場は外資に規制が多いといいますが、このルールはどの国、どの企業に対しても公平です。ただ、日本は先ほど述べた文化や考え方の違いから、ルールの適用や運用が受け入れがたくハードルになるでしょう。ポイントは中国市場で成功しようという考え方は捨てて、ともに成長するという考え方を持つことです。

中国政府の基本政策は、特定企業や組織の成長や成功より全体としての成長を優先させます。極端なことをいえば、あるトップ企業が失敗しても別の企業がトップになれば産業全体として規模や成長が維持できるのでOKなのです。日本は、OEMを中心としたピラミッド的な経営構造が一般的だと思いますが、中国ではサプライチェーン含めた産業全体を見る傾向があります。

そのため、たとえば「オンリーワン」の企業との取引は警戒されることがあります。特殊で独自な技術を持っているからといって、取引条件がクローズなものだったり、支配的だったりすると、そこに依存しすぎることへのリスクを考えるからです。

――なるほど。その国の政策・市場文化を尊重できるかどうかということですね。確かに日本企業にとってはハードルが高いかもしれません。

中国に合わせてビジネスをするかどうかは、どうするのが正しいのかは、結局、企業ごとの判断です。中国に合わせることが正解なのかはわかりません。セミナーでは、その判断に必要な情報を提供したいと思っています。

李教授が登壇するオンラインセミナーは、10月29日開催「世界電動化競争〜中国・タイの最前線から日本企業の取るべき戦略〜」