AWSにも対応したアンシス・ジャパン

アンシス・ジャパンは15日、「Ansys 2022 R1」の新機能に関する発表を行った。アンシスが提供する統合シミュレーション環境、ツール群は年2回の定期メジャーアップデートが行われる。今回の発表は2022年の最初のアップデートとなる。

◆車両からスマートシティまでシミュレーション
今回のアップデートは、同社が展開する物理、電気・電磁、光学、流体、半導体といったシミュレーションポートフォリオのうち15分野70以上の機能に及ぶ。全体の特徴は、回路や機構設計からコンポーネント、システムまでカバーする統合シミュレーションの強化拡大。「System of Systems(部品やサブシステムの組み合わせにより複雑大規模なシステムを構成すること)」の考え方を、事業アプリケーションや業務システムまで広げていく戦略が色濃く出されていた。

簡単にいえば、車両の設計からスマートシティの設計までを一気通貫でシミュレートする開発環境およびツール群を構築しようとしている。

この中で主に自動車産業にかかわる新機能にフォーカスして紹介する。

◆光学:センサーと画像アプリの間を生めるZemax
まず光学系シミュレーションでは、Zemaxのソリューションが新たに統合された。同社の光学系ポートフォリオには、Lumericalのフォトニック解析ツール(センサーデバイスのシミュレーション)とSPEOSの視覚・知覚シミュレーションツールがあった。これらはそれぞれナノスケールとマクロスケール(アプリケーションスケール)をカバーするソリューションだ。

2022R1ではZemaxの光学設計シミュレーションを統合した。Zemaxのソリューションはレンズの設計やレーザーや可視光のシミュレーションなど物理スケールの問題に適用できる。

◆熱・流体力学:バッテリーの劣化をリアルに予測
Fluentソリューション(汎用熱・流体力学分野)は、電動化に関する機能がバージョンアップされた。まず、バッテリーの劣化モデルの組込みが可能になった。バッテリーセルおよびモジュールをパック化するときの構造設定のGUI化、自動化機能、システム解析時のモデル作成にROM機能(Reduced Order Model:多次元モデルを0次元モデルで評価できるようにする処理)も追加された。

これにより、ユーザーはバッテリーパックモデル作成の効率化、車両実装・運転状態での劣化予測などがしやすくなる。

空力特性はEVにおいても電費・航続距離に影響を与える重要なパラメータだ。Fluentには新しい乱流モデルのチューニング機能が追加された。パラメータの相互作用についてニューラルネットを利用した学習モデルを利用できるようになった。機械学習によって乱流モデルのチューニングが可能になるということだ。

ゾルバの頭脳(プロセッサ)がマルチGPU対応となり定常CFD解析の高速化も期待できる。発表によれば、V100サーバーを4台並列構成とすることで、1024コアCPUクラスタと同等のHPCパフォーマンスを実現する。ハードウェアコストで7倍、消費電力で4倍の削減効果があるという。

熱マネジメントにおいて、Ansys icdPakの設定が取り込み可能になりプリント基板の冷却解析が可能になる。新機能は、モーター部品(ステータ)など湾曲、曲がりのある部品の物性定義がしやすくなり、放熱などのシミュレーションに応用できる。

◆自動運転:センサー+車両ダイナミクス解析を同時に
自動運転領域では、AVxcelerateのUIがIPG Automotive CarMakerに統合された。AVxcelerateのセンサーシミュレーション(カメラ・レーダー・LiDAR)と、車両ダイナミクスと統合的に実行させることが可能になる。もちろんAnsysライブラリにも対応するので、物理的な道路状況、各国の標識なども利用できる。

IPG CarMakerで再現したさまざまな国のさまざまな道路条件でのシナリオに対して、搭載するセンサーがどんな検出、アウトプットをするのか走行状態でのシミュレーションが可能になるということだ。

◆電磁界:ロジックの電圧降下やノイズ対策の大規模化対応
半導体開発では、DVD(Dynamic Voltage Drop:動的な電圧降下)シミュレーションのカバレッジを100%とするSigma-DVDがリリースされた。発表では技術詳細は語られなかったが、独自技術によりシミュレーション時のスイッチングカバレッジを大幅に拡大するものだ。発表スライドを見ると、従来型のDVD解析で使われるタイミングチャートではなくヒートマップ式の解析図が示されている。説明文によれば「回路シミュレーションがタイミング解析(STA)に代替されたようにSigma-DVDはスイッチングによる電圧降下パターンの解析を変える」となっている。

この技術は7nm以下のプロセスルールでロジック設計、IRドロップの解析に貢献するという。

EMIR解析ではTotem-SCが新機能としてリリースされた。Totem-SCは、SeaSpaceプラットフォーム(大規模半導体のための開発基盤)をベースに大規模設計に対応したTotemとのことだ。車両の電動化は大規模パワーICのニーズを高めている。設計規模が大きくなるアナログチップのEMIR解析時間を20〜30%高速化するという。

関連して、ESD解析(電磁界解析のための静電気放射解析)のPathFinderもSeaSpaceプラットフォームに対応した。PathFinder-SCはESD抵抗チェックを6倍、C2I抵抗チェックは4倍の高速化、CDチェックのディスク容量を5倍削減するという。

◆AWS対応のインパクト
Ansysの統合シミュレーション環境はAzureベースのクラウドコンピューティングに対応している。機構・流体・電磁界などほとんどのツールがAzure上で利用可能だ。クラウドによる拡張性は、シミュレーションのようなリソースを大量に必要とする用途にはうってつけだ。遅延やセキュリティ上の課題(主に安全保障に関するものだが)がクリアできれば、自社に膨大なコンピュータリソースを持たずに済む。

Azureで使えれば困らない会社も少なくないが、今回は「Ansys Gateway powered by AWS」も発表された。アンシスは、AWSと戦略的パートナーシップを結び、AWSでもAnsysソリューションを展開、構築可能にした。

近年、自動車業界はコアバリューが、車両ハードウェアからクラウドサービスを含むソフトウェアと連携した価値へとシフトしている。車両の機能や品質を維持した上で、クラウド連携の機能が必須となっている。背景にはCASE革命があるわけだが、完成車メーカーやサプライヤーは、設計段階からクラウド接続やアプリ連携を組み込まなければならない。

これは、車両設計、車載ソフトウェア設計が、CANなど車両だけで閉じた世界で考えることができなくなることを意味する。上位のウェブサービスレイヤやアプリレイヤとシームレスな設計ができるかどうかで、ユーザー体験および満足度も変わってくるし、OTAを含めた使い勝手やセキュリティ確保にも関わってくる。異業種との水平分業も進むはずだ。

このとき、Azureに加えAWSにも対応することは、長期的なプロダクト戦略上も重要になる。AWS環境で開発を行っているパートナーとの関係にも有利に働く。AWSに強い優秀なエンジニアも採用しやすくなる。業界デファクトになっているAWSとAzureへの対応は、人材の幅を広げることにもなる。

AWS対応はAnsys 2022 R1の年次バージョンアップに匹敵するトピックだろう。

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