ispace『HAKUTO-R』ランダー《写真撮影 関口敬文》

2022年1月25日、株式会社ispaceは民間月面探査プログラム『HAKUTO-R』の、ミッション1とミッション2に関する進捗報告会を行った。

ispaceは、月面資源開発に取り組んでいる宇宙スタートアップ企業。日本、ルクセンブルク、アメリカの3拠点で活動しており、160名以上のスタッフが在籍。2010年に設立された同社は、2021年12月時点で総計約218億円超の資金を調達し、月への輸送サービスを提供することを目的とした小型のランダー(月着陸船)と、月探査用のローバー(月面探査車)を開発している。

◆月面着陸と月面探査
HAKUTO-Rは、ispaceが行う民間月面探査プログラムの名称。ランダーとローバーを開発し、月面着陸と月面探査の2回のミッションを行う予定になっており、SpaceXのFalcon 9を使用し、2022年には月面着陸ミッション、2024年には月面探査ミッションの打ち上げを行う予定。HAKUTO-Rのコーポレートパートナーには、日本航空株式会社、三井住友海上火災保険株式会社、日本特殊陶業株式会社、シチズン時計株式会社、スズキ株式会社、住友商事株式会社、高砂熱学工業株式会社、株式会社三井住友銀行、SMBC日興証券株式会社が参加し、メディアパートナーには、株式会社TBSホールディングス、株式会社朝日新聞社、株式会社小学館が参加している。

今回の報告会は、打ち上げ後のランダーの運用に備えるため、日本橋に開設したHAKUTO-Rのミッションコントロールセンター(管制室)のあるフロアで開催された。

報告会ではまずFounder & CEO 袴田武史氏が登壇し、次のように挨拶した。

「2022年になり今年はispaceにとって初めての打ち上げを予定する年になる。GoogleがLunar XPRIZEレースをきっかけに月を目指してから今年で12年目になった。当初のローバーだけではなく、今はランダーの開発も開始している。自力で月に行く覚悟を決めてからこれまでさまざまな困難があったが、おおむね順調に進んでいる。月に向かって打ち上げる年の始まりのタイミングで、現在の進捗とそして今後の予定ミッションにかける想いを伝えたいと考え報告会を開催した。限られた時間となってしまうが、いつも応援していただいている皆様とともに改めて我々の目指していることを再確認し、ミッションの成功を目指してラストスパートをしていきたいと考えている」と語った。

◆開発は順調、ESAやNASAとも提携
ミッションの進捗については、CTO 下村秀樹氏が登壇し、ドイツの開発現場で撮影した映像を公開しながら解説した。

「昨年7月より開始したランダーのフライトモデルの開発は、2022年1月現在、組立工程の最終段階に入っている。ランダーには様々な配線や配管が張り巡らされており、ランダーを制御するにあたって必要な部分を取り付けている。またヘリウムタンクおよびメインの燃料タンクの設置も行っている状況だ」

「ランダーの動力となるロケットエンジンは、シンプルで故障の少ないヘリウムによる圧送式エンジンを採用。タンクから出たヘリウムは配管を通って2種類のタンクに達し燃料と酸化剤を燃焼して動き出す。混合され着火された燃料が高温高圧の燃焼ガスとなってスラスターから放出され、それがランダーを推進させる。非常に精密な部品を正確に組み付けて、さらに動作確認のテストを実施したりその中で問題があれば工程を組み替えたりしながら、日々精力的にランダー組み立てを進めている」

「すべての燃料タンクが取り付けられたらランダーの上部と下部を組み合わせる工程に移り、その後ラジエーターや多層の断熱材、ソーラーパネルの組み付け、さらに着陸のために必要な足の取り付けを行う。今すでにランダーの上部に搭載されているペイロードもあるが、UAEドバイの政府宇宙機関であるMBRSCのローバーなどは、今後ランダーの上部にこのあと統合される。そして4月ごろから専用施設にて最終的な試験、熱真空での環境試験を行ってフライトに備える」

「またミッション2の準備も並行して進めている。ミッション2では、ispaceが開発するローバーを月面で走らせ探査をする予定だ。現在ミッション内容の検討を進めているが、ローバーについてはispaceの子会社であるispaceヨーロッパにおいて開発を本格的に行っている」

「ispaceヨーロッパには、約20名のスタッフが在籍しており2017年の設立後、欧州地域におけるセールス拠点の役割とともに、このローバー開発や月面データの解析などを担当している。2019年には欧州宇宙機関(ESA)と契約をして、ESAの月面資源の開発その事前実証実験について、ispaceの月面探査ミッションを活用するように提案している」

「またispaceヨーロッパは、NASAとも提携している。月面で採取した月のレゴリスの販売に関する商取引プログラムの契約を結んだ。ミッション2では、弊社のローバーだけでなく、ほかのペイロードも搭載予定をしている。ミッション2の打ち上げ時期は現時点で2024年を予定。打ち上げのロケットは引き続きSpaceXのFalcon9を想定している」

このように順調に開発が進んでいることがアピールされた。

◆ミッションのポイントは4つ
続いてミッション1について、改めて袴田氏が概要を説明した。

「ミッション1の目的は月面着陸の技術実証となっている。我々が開発したランダーが月面にしっかりと着陸できるかどうかを実証していく。ランダーはロケットで打ち上げられ、切り離されたあと、およそ3〜4カ月かけて月に向けて航行していく。ペイロードの積載量を最大化するために今回は燃料を大きく削減できる機能を選定したため、月までの航行時間には時間を要することになっている」

「着陸後ランダーは太陽光ソーラーパネルに太陽の光を受けて発電をして活動をする。カメラでの撮影やセンサーによる温度、画像データの取得などを行い、地球にデータを送信する予定だ。そして太陽の光が当たらなくなったら充電ができなくなるため、ミッションを終了する」

「ミッション1では、複数のペイロードを輸送していく予定で、ランダーに搭載されたペイロードは、ランダーから電力と通信が提供され、月面での動作実証や月面での撮影といったデータを取得し、それらを送信する試験が行われる予定になっている。現在、ドイツの施設で組み立てが進んでおり、ホワイトモデルを使用した環境試験を春ごろから行う予定だ。試験終了後は打ち上げ試験のあるアメリカ・フロリダに輸送される」

「ランダー組み立てと並行して、ランダーの管制に備えるためにミッションコントロールセンターにて管制オペレーションの訓練を本格的に始めている。現在チーム全体のフォーカスが打ち上げとその後のミッション運用に集まりつつある。具体的な打ち上げ時期は、2022年末ごろを予定しているので、今年の動きに注目していただきたい」

次に元宇宙飛行士の毛利衛氏を招いて、袴田氏と一緒にミッションのポイント紹介が行われた。袴田氏によると、ポイントは4つ。

ひとつ目は、月面着陸施設の自動誘導制御や衝撃吸収。地球に比べると約6分の1とはいえ、重力があるので、月に着陸する際には着陸船の姿勢をスラスターでしっかりと制御する必要がある。その制御のために重要となるのが着陸用のソフトウェアだ。ソフトウェアについては、アポロ計画にも携わったアメリカのドレイパー研究所が開発をしているソフトウェアを使う。非常に高い信頼性のあるソフトウェアだ。

さらに月面に着陸する時は強い衝撃があるが、その衝撃を吸収するために着陸船の脚の構造を工夫し、脚の内部にメッシュ状の構造体を入れている。これは着陸するときに衝撃を吸収してペイロードや着陸船自体を守るような構造になっている。

ふたつ目は、7個のペイロードを月面に輸送、実証実験を行うといったもの。ispaceは顧客からペイロードを預かって、ランダーそして将来はローバーを搭載して、月面もしくは月の周回に荷物を輸送するというサービスを展開する。ミッション1では技術開発ミッションだが、7個のペイロードを月面に運ぶ予定だ。各ペイロードのカスタマーとはコンサルテーションなどを進めながら、着陸船に確実に搭載できるような支援をしている。

3つ目は、ミッションコントロールセンターの入念な事前準備。ランダーの製造が終わってロケット側に引き渡しが終わると、物理的にランダーを改修することはできなくなる。打ち上げた後は、ランダーが起動してから運用によってすべてをカバーする。そのためになにが起こってもミッションをコントロールする、そしてリカバリーできるように、さまざまなシナリオを想定してシミュレーションをしていくことが、ミッションの成功の確度を上げる重要な要素になってくる。人材についても、さまざまな国で宇宙事業のミッションに関わってきたメンバーを集めているため、ミッションコントロールセンターではすべて英語にてコミュニケーションが取られている。

4つ目は、民間ならではの設計。今まで宇宙開発というのは国を中心に行われてきた。日本はJAXAがしっかりとミッションのリスクを無くして進めていた。ispaceは、より早いスピードで商業化に向かいたいということで、基本的には小型化してコストを削減し、開発スピードを上げている。着陸船自体の製作技術はアポロの時代に完成しているので、すでにある部品を組み合わせて着陸船を開発し、さらに部品数を減らし重量をなるべく軽くすることでミッション全体のコストを大きく下げている。

◆元宇宙飛行士の毛利衛氏が評価、エール
これらの説明を聞き、毛利氏は今回の打ち上げミッションについて、「袴田さんはミッションサクセスのラインをきちんと出されている」という。

「宇宙へのミッションは、たいてい問題が起きるので、ここまでいったら70%達成、ここまでなら90%達成、すべてがうまくいったら100%と分けているんだと思う。そういう考えのもと、カスタマー側としてispaceのサービスを見た場合、どこまでできるかといった確率はすごく気になる。打ち上げがうまくいって、月に着陸して初めて今度はペイロードの話となってくる。こういったリスクの部分もきちんと考えられていることがよいと感じた」

「ミッションコントロールセンターには、ESA、NASA、JAXAなどと関わりを持ったグローバルな人材が集まっている。相当経験がないとこのようなミッションに従事するのは難しいと思うので、楽しみだ。これからの宇宙事業に関しては、民間の力がこれからますます重要になってくる。ぜひ頑張ってほしい」とエールを送っていた。

◆メカニックデザイナー大河原邦男氏がイラスト
続いて、月面産業を創出するための活動の一環としてメカニックデザイナーである大河原邦男氏によって描かれたHAKUTO-Rのランナーのイラストが公開され、ご本人もスペシャルゲストとして登場した。

制作についての裏話を聞かれた大河原氏は、「私はガンダムの『劇場版 機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』で初めてメカニカルデザインを担当し、それから現在まで何百枚とイラストを描いてきているが、その99%は私自身がデザインしたものなので、今回のように重要なプロジェクトのキービジュアルを描くことはプレッシャーで大変でした」と明かす。

「構図に関してはほぼ決まっていて、地球と宇宙と月を描き、ランダーは最後に描いた。宇宙というと星が強調されるので、星を描く際は、月と地球をマスキングして『星を打つ』というテクニックを使っている。筆に白や水色を染みこませ堅いものではじくことで、絵の具が飛び散って星になる。ただ、今回はその宇宙の部分にテキストが入ると聞いていたので、星を強調すると文字が消えてしまう。そのため、また宇宙をエアブラシで描いて、星を消していくという作業を行った」

「またスラスターから出る噴射による光を、月にある施設に余韻として残す表現をどうすればいいかは悩んだ。結局その部分についてはパステルを使って、反射を表現することにした」

また報告会の最後に「子供たちがHAKURO-Rの活動を通して、ガンダムのような世界を見てもらいたい。地球環境のことを考えると、人間は宇宙に出て行くのかな? と感じてもらいつつ、若いときから宇宙に興味を持っていただけたらうれしい」と、ガンダムを始めタイムボカンシリーズなど子供向け作品に数多く携わってきた大河原氏らしい、子供たちに向けたメッセージも送られた。

Founder & CEO 袴田武史氏によるHAKUTO-Rの概要説明が行われた。《写真撮影 関口敬文》 ミッションの進捗については、CTO 下村秀樹氏が説明した。《写真撮影 関口敬文》 ランダーの組み立てはドイツのアリアングルーブの施設で行われているとのこと。《写真撮影 関口敬文》 ミッション2で輸送されるマイクロローバーも映像で公開された。《写真撮影 関口敬文》 ルクセンブルクにあるispaceヨーロッパで開発が続けられている。《写真撮影 関口敬文》 6個のペイロードはすでに決まっている。《写真撮影 関口敬文》 各ミッションの予定についても公開された。《写真撮影 関口敬文》 ペイロードの搭載部分。《写真撮影 関口敬文》 ローバーが左に搭載されているのがわかる。《写真撮影 関口敬文》 ランダー打ち上げまでのスケジュール。《写真撮影 関口敬文》 4つのポイントが解説された。《写真撮影 関口敬文》 宇宙飛行士の毛利衛氏も、かなり期待を寄せているとのこと。《写真撮影 関口敬文》 パートナーシップを結んでいる企業一覧。《写真撮影 関口敬文》 大河原邦男氏がイラスト制作の裏話を語った。《写真撮影 関口敬文》 大河原邦男氏が手がけたイラスト。《写真撮影 関口敬文》 左からFounder & CEO 袴田武史氏、毛利衛氏、大河原邦男氏。《写真撮影 関口敬文》 ミッションコントロールセンターのスタッフは外国人が多い。《写真撮影 関口敬文》 大きなモニターでランダーの様子などがチェックされる。《写真撮影 関口敬文》 モニター上にはシチズンが提供した時刻表示に利用するGPS受信機も設置されている。《写真撮影 関口敬文》 ホワイトボードには、地球から月までの航路が描かれていた。《写真撮影 関口敬文》 ミッションコントロールセンターの前には、ローバーの模型が飾られていたが、担当者によると実際に搭載するものではないとのことだった。《写真撮影 関口敬文》