マツダ ロードスター Sスペシャルパッケージ《写真撮影 宮崎壮人》

大幅な商品改良が実施されたマツダ『ロードスター』。前編「NDが2030年まで存続ってホント? 開発者に聞いた改良型『ND2』の全貌」ではデザイン、装備の進化を解説したが、今回はダイナミクス領域に絞って開発担当者に話を聞いてみた。新型が目指し、そして実現した走りとは。

◆ポイントは軽快さと安定性の両立
今回のロードスターの商品改良では、見えないところに核心がある。電子プラットフォームの刷新だ。『CX-60』で使い始めた最新の電子プラットフォームを導入することで、サイバーセキュリティ法という新たな国際法規にも対応できた。

「電子プラットフォームが変わると、電気系のデバイスのインターフェイスを設計し直さなくてはいけない。そのタイミングを活かして性能アップを図ったのが今回の商品改良です」と語るのは、操安性能開発部・首席エンジニアの梅津大輔氏。FF系マツダ車のGベクタリング、2年前にロードスターに導入されたKPC=キネマティック・ポスチャー・コントロールなどの開発をリードしてきたマツダ・ファンお馴染みのエンジニアだ。

「ロードスターは軽快さが持ち味のクルマなので、それと安定性の両立がダイナミクス領域の進化のポイント。ロードスターらしい軽快な動きを維持しながら、いかに安定性を改善できるか? モダンなスポーツカーとしての高い安心感を確保できるか? それをテーマに、シャシーとパワートレインの改善を図った」と梅津氏。

シャシーではパワステとLSD、パワートレインではエンジン制御が焦点だ。このうちパワステとエンジンの制御進化は電子プラットフォームの刷新に伴うものだが、それだけでなく、パワステはレイアウトを一新し、LSDには新開発の機構を導入した。

「こういう改良を行いたいと言っても、投資が必要になるので普通はなかなか通らない。法規適合という機会に、やりたかったことを実現できた」と梅津氏は振り返る。

◆ステアリングのレイアウトを一新
新型に試乗して、「これは進化だ」と明らかに感じたのが操舵感である。従来は切り込んだステアリングを戻すとき、手で力を添えて戻す必要があったし、直進に戻ったときの手応えが少し曖昧に感じたりもしていた。新型はそれらが解消し、操舵感が全体にスッキリしたのが印象的だ。

そのキーワードが「フリクション=摩擦」。タイヤが発する戻り力、つまりSAT=セルフライニングトルクよりステアリング系のフリクションが大きいと、ドライバーは操舵反力を感じられない。だからフリクションを低減したい。

ロードスターのラック&ピニオン・ステアリングは、ラックがステアリングシャフト側とアシストモーター側のピニオンギアで支持されたダブルピニオン式である。「ダブルピニオン式はラックの支持剛性が高い反面、2つのピニオンに荷重がかかっているのでフリクションが高い傾向にある」と梅津氏。「これまでロードスターは皆さんにご好評いただいてきたけれど、フリクションは改善したいと思っていた」。

そこで、ステアリングギアのレイアウトを一新した。新型はアシストモーター側のピニオンの位置を従来型より車両外側に移している。2つのピニオンの距離を広げて支持剛性がさらに上がったので、従来はアシストモーター側のピニオンより外側でラックを抑えていたラックエンドブッシュを廃止することができた。

摩擦があるところにはヒステリシス・ロスが発生する。摩擦に抗いながらある動きをさせると、それを戻すときに同じ経路を辿ってくれないというのがヒステリシス・ロス。従来型で旋回中の保舵状態で手応えがやや曖昧に感じる場面があったことを問うと、梅津氏は「フリクションによるヒステリシスが作用して、戻す力が出ていなかったから。新型は手を緩めるだけで戻ってくれる」と答えてくれた。

ロードスターは車重が軽く、太いタイヤを履いているわけでもないので、そもそもSATが小さい。それゆえヒステリシスの影響が大きかったのだろう。

◆「戻し側」に着目した操舵感の進化
「ラックエンドブッシュの廃止による機械的なフリクション低減は5%ほどにすぎないので、その効果を感じやすいのは直進付近の微小舵角のところ。操舵感全体のスッキリ感はむしろ制御の緻密化が効いている」と梅津氏。制御の緻密化とはどういうことか?

クルマは自動車メーカーだけで開発するものではなく、パーツ/コンポーネントの多くはサプライヤーとの共同開発だ。それぞれ固有のノウハウを持つ複数のサプライヤーと協業しながら、車種ごとに最適なサプライヤーを選んで調達する。

「パワステ制御の考え方も、サプライヤーによってまったく違う。基本的には手で操舵するトルクを何ニュートンにするかというアシストなのだが、そこに至るロジックがそれぞれ違う。以前は各サプライヤーからチューニングツールを購入して、どの車種もマツダの味になるようにパラメーターを調整していたけれど、それでは限界がある。そこで『マツダ3』以降はマツダ内製のパワステ制御に変えている」と梅津氏。

サプライヤーのロジックに合わせるのではなく、マツダのロジックで制御できるようにした。それを継続生産車の商品改良に初めて採用したのが、今回のロードスターだ。

「とくにステアリングを戻すときの制御を緻密にした。戻し側は手の操作をアシストしているのではなく、タイヤが発する反力をアシストしているので、反力がずっと感じられるような制御を考えた。これと機械的なフリクションの低減を合わせて、より自然な操舵感を実現できたと思う」と梅津氏。新型を乗り比べると、17インチを履くRFやソフトトップのRSはSATが比較的大きいので戻し側の反力が旧型より明確に強い。個人的には16インチの反力のほうが自然に感じたが、全体のスッキリ感はどれも共通だ。

◆加速側と減速側が非対称なLSD
リヤデフには新開発の「アシンメトリックLSD」を採用した。「これはロードスターがずっと目指してきた軽快感と安定性の両立を実現するキー技術だ」と梅津氏は、その重要性を強調する。

限界領域で旋回中に浮き上がった駆動内輪のスリップ率が高まったとき、デフの差動を制限して外輪に駆動力を伝え、クルマを前に進めるのがLSDの基本的な役割。しかしそこに至る前のグリップ領域でも多少の差動制限は直進安定性などに効くので、左右輪に回転差がないときでもLSDのクラッチにプリロードをかけて差動制限していた。

「それをうまく活用して、軽快感を維持したまま安定性を改善できないかと考えた」と梅津氏。従来のロードスターは減速してターンインするとき、リヤが不安定になることがあった。そこで減速時は差動制限を強め、ヨー方向のモーメントを抑えて安定させる。コーナー出口で加速するシーンでは逆に差動制限を弱めて、内輪荷重が減っても外輪に駆動力が伝達されてアンダーステアを抑制したい。これを両立させるLSDを開発した。

減速側と加速側の差動制限が非対称だから、「アシンメトリックLSD」と呼ぶ。その構造はいたってシンプルだ。デフのサイドギアを、サイドギアとカムリングに二分割。カムと呼ばれる台形の凹凸で互いに噛み合い、その間にプリロード用の皿バネを挟んでいる。カムに駆動トルクがかかると、台形の凹凸の斜面を通じてスラスト力が発生し、カムリングが押されて差動制限力が生まれるのだが、凹凸の斜面角度は加速側は小さく、減速側は大きいので、差動制限力にも違いが出るという仕組み。デフケースは従来と同じだ。

さらに、「街中で走るときの軽快感も含めて、直進から切り始めるところの曲がりやすさを改善するために、プリロードを従来より小さくした」と梅津氏。「その上で、減速旋回や高速高G旋回での安定性を高めた」

◆日本のハイオクに合わせたエンジン制御
エンジン制御については、以前からマツダ内製のプログラムを使っている。今回の進化の要点は、1.5リットルのパワーアップとMT車の減速レスポンスの改善だ。

ロードスターはハイオク仕様だが、これは欧米で主流のオクタン価(RON)が95のガソリンを前提にしているから。日本のレギュラーガソリンはRON=89と低すぎるのでRON=96以上のハイオクを指定し、それを前提にグローバル共通のエンジン制御を設定していた。

しかし「日本のハイオクは基本的にはRON=100。この高いオクタン価のポテンシャルを引き出すために、今回はエンジン制御をRON=100に合わせたセッティングに変更した」と梅津氏は語る。

7000rpmのトップエンドで3kW=約4psの出力アップを果たしたとのことだが、公道試乗ではそこまで引っ張らないので実感できず…。しかしワインディングで多用する中速域からの伸びに力強さを感じたのは、トルクが1〜4Nm向上したおかげだろう。

もうひとつのエンジン制御の変更は、アクセルを戻すときの応答性。アクセルオフから実際に減速Gが発生するまでのタイムラグが、最大で0.2秒短くなったという。たかが0.2秒とはいえ、これが意外にワインディングで効果てき面。アクセルオフのタイミングを掴みやすい。これも電子プラットフォームの刷新という機会を活かした進化なのである。

「ハッキング対策を含めて時代の要請に合わせてアップデートしながら、人馬一体の愉しさを提供し続けたい」と梅津氏。時代と共にロードスターの仕様や装備が変わっても、求めるべき価値は不変ということだ。今後のさらなる進化にも期待したい。

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