新型スイフトと、スズキ商品企画本部四輪商品第二部の小堀昌雄さん《写真撮影  内田俊一》

スズキはコンパクトカーの『スイフト』をフルモデルチェンジ。そのコンセプトは“エネルギッシュ×軽やか「日常の移動を遊びに変える」洗練されたスマートコンパクト”とされた。このコンセプトの狙いは何か。チーフエンジニアに話を聞いた。

◆将来のユーザーに話を聞きながら
新型スイフトのチーフエンジニアは、スズキ商品企画本部四輪商品第二部の小堀昌雄さんで、先代から引き続きの担当である。通常スズキでは2世代通してチーフエンジニアを務めることは少ないそうだ。「先代の時は、企画の仕事が初めてでしたので、暗中模索で何をしたらいいんだろうと大変でした」と当時を振り返る。そこで「自分でやれることを出し切ることで、こうすればお客様に喜んでもらえるという商品を企画して作りました。その結果として標準も『スイフトスポーツ』もお客様に喜んでいただける機会が多く、良かったと思って終わるかと思いきや、新型も担当することになったのです」という。

そのとき小堀さんは、「次は一体(やれることで)何が残っているんだろうという状態」だったが、「悩んでいても仕方がないので、お客様に会いに行ったのです」と話す。企画のスタートは2019年頃で、発売は2024年。この時に購入するユーザーを24歳と仮定すると企画スタート時は10代だ。「そういうお客様は一体どんなものがいいんだろうと、まずはそういう若いお客様、これから20代になる、あるいは20代になったばかりのお客様がどういうことを求めているのか一生懸命聞きました」とニーズ調査からスタートしたことを明かす。

そうしながらも、「いまだに解はないんですが、私が聞いたお客様の多くはクルマというプロダクトそのものにはあまり興味がないんです。クルマにすごくお金を投資するよりは、普段の生活自体をもっと自分の充実した楽しい時間にするためにお金を使う意向が強かったのです。そういうお客様に、クルマがあるともっと楽しいと感じてもらえるにはどんなクルマにすればいいかと考えていきました」と述べる。

そこで小堀さんは、「先代で作った資産を生かしてそこに新たに価値を加えることで、お客様に“(クルマに)近づいてもらえる商品”にするのが自分ができること。魔法使いでもなければ天才でもないので、自分ができることは大したことではない。それは自分が一番よくわかっていますので、やれることはそれぐらいです。そうすると、お客様がどうしてクルマから離れていくかをひとつずつ自分なりに理解して、それらひとつずつ取り払うことをやっていきました」と語っていた。

◆クルマ離れの障害を取り除く
クルマ離れの原因を取り払うことのひとつは室内空間にある。「お客様にとってクルマは移動の手段であって部屋にいるような感覚ではないんです。渋滞の中、狭いところにただずっと我慢していなければいけない。そんなところにお金をかけるのはメリットがないと思われているんです。そうであれば、室内にいる時間が楽しくなるようにすればいい。そこでちょっとでもリラックスできる空間にしたいと開発しました。ただ黒い樹脂しかないような無機質な空間から、スマートフォンを活用しながらちょっとでも楽しめる空間にした方がいい。いろんな情報をやりとりできる装備がついていればそれがいい」と考えた。

また、運転が苦手な人に対しても、「運転が少しでも楽になるのがいい。そうして少しでもお客様が使いやすくなれば、お客様がクルマに近づけますから」と、とにかくネガティブに感じるところをひとつひとつクリアしていった。「クルマに乗ることに抵抗があったり、クルマを運転することに抵抗があったりすることから、目的地に着いた時に電車とクルマだと電車の方が楽といわれてしまわないように、クルマのネガになる部分をひとつずつ取り払いました」。そうしなければ、「“エネルギッシュ×軽やか 日常の移動を遊びに変えるというところに繋がらないんです」。

デザインも、「お客様がクルマに近づくためには“クルマクルマしたデザイン”よりも、フューチャープロダクトみたいなイメージがあった方が親近感を持てるでしょう。スピーカーに見えないJBLのスピーカー(JBLから出ている小さな吊り下げ式のタグのようなスピーカーでストラップはボタンになっているJR POP Bluetoothスピーカーなど)みたいなイメージですね」とのことだった。

そうしながらも、「移動中に情報がいつでも取れたりする環境を整えること。運転の苦手な方でも少しでも負担が軽減でき、安全に移動できる装備を入れる。そうしながらもできれば楽しんでほしいので、クルマとして本来思っている操る楽しさを感じてもらえるような商品にしたい。確かに乗ってもらうまでは大変ですが、乗ってもらったらクルマって楽しいよねと感じてもらえるこうした仕掛けとともに、全体のイメージを膨らませていきました」と開発経緯を語った。

◆基盤ユーザーにはお求めやすい価格とデザインと走り
ここまではどちらかというと新規ユーザーに向けての方策だ。しかしスイフトは基盤ユーザーがとても多くいる。そういったユーザーに向けてはどうなのか。そこにはこれまでの強みや弱みが関係してくる。その弱点は「予防安全技術」だった。先代は2011年ごろから開発を開始し、2016年にデビュー。その時点で最新のものを搭載していたが、「2018年くらいになると、他車のマイナーチェンジ等を含めて装備が一新され、スイフトの装備が少し遅れ気味になってしまいました。そこで新型では必ず最先端の安全装備を入れなければいけません。もちろんそういった装備は日進月歩なのでいつかは必ず抜かれてしまいますが、でも出した時は必ず最先端になるものにして、弱みが少しでも消えるようにしています」。

一方の強みは、「お求めやすい価格と、デザインと走り。そこは伸ばさなければいけません。当然装備面が充実していますので価格的には上がる部分もあるんですが、それでも他車に比べてバリューフォーマネーだと思ってもらえるような商品にしなければいけません」。そしてデザインも、「確かにスイフトだと感じてもらいながら、でも変わったといわれるデザインにしなければいけない。走りも当然悪くなったねといわれてはいけませんので、必ず走りも良くなったといわれなければいけない。そのあたりは新しいお客様が乗った時も楽しんでもらえる方向に進化させれば、これまでのお客様の答えにもなるでしょう」とのこと。そして小堀さんは、「ひたすらがむしゃらにやりました」と話してくれた。

◆5速MTを残したわけ
もうひとつ、新型の登場で話題となったのが5速マニュアルの設定を残したことだ。スイフトとしては5%ほどの割合(スポーティモデルの『スイフトスポーツ』を除く)だという。しかし、「販売店で代々スイフトを気に入ってくださっているお客様とお話ししていると、マニュアルへの要望が多いんです。ハイブリッドやEVなら仕方ないけれど、ガソリンエンジンがあるならマニュアルは欲しいと。社内でもその割合で残すのかという議論はありました。しかしお客様の中で一定数求められるのであれば、環境性能も配慮したマニュアルとして残すと決定したのです」と小堀さん。

先代のマニュアル車にはISG(モーター機能付き発電機)も搭載されなかったが、新型では環境性能を考えてISGが搭載されたのだ。そうしたところ、「実は設計からあまり期待しないでという話でしたが、実際には結構いい燃費値(ハイブリッドMXのCVTが24.5km/リットルに対し5MTは25.4km/リットル。どちらもWLTCモード値)が出ましたので、一応約束は果たせたかな(笑)」とのことだった。

小堀さんは最後に、「スイフトはデザインと走りです。デザインは販売店やCMで見ていただくことで理解していただけると思うのですが、どうしても乗っていただかないと分からない部分があります。技術者と一緒に一生懸命、楽しい走りができる商品を作りましたので、ぜひ試乗して確認いただけると嬉しいです」とアピールする。

実際に試乗すると、先代で気になった左後方の死角部分もベルトラインを水平にすることで気にならなくなり、また、ACCも渋滞時の完全停止時には最後の最後で僅かにブレーキをコントロールしスムーズにショックなく停止できるように工夫が凝らされている。さらに警告音だけでなく、“ガソリンが減っています”など言葉でのアナウンスがあるのは親切だ。特に初心者にとっていきなり警告音だけでは、何がどうなったかわからず不安だけが積み重なり、最後は乗りたくなくなるかもしれない。そういう視点を含めて随所に“クルマとの距離を縮める”工夫が凝らされていた。

スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ スイフト 新型《写真撮影  内田俊一》 スズキ商品企画本部四輪商品第二部の小堀昌雄さん《写真撮影  内田俊一》 東京オートサロン2024に展示された5MTの新型スイフト《写真撮影 愛甲武司》