ベルトーネ・デザイン・デジタルによるTFT作品「ファントムミウラ」の動画から《photo by Bertone Design》

イタリアで多様な角度からデザイン開発に携わる企業・個人を紹介する本企画。第4回は、かつてこの国を代表するカロッツェリアのひとつだった「ベルトーネ」の名を継承したストゥディオと、それを率いる人物のインタビューをお届けする。

■ベルトーネその後
旧ベルトーネは2014年に倒産した。設計開発部門とともに同社の二本柱を形成していた車体製造部門の業績不振が原因だった。背景には、自動車メーカーがベルトーネに生産委託していたクーペ、カブリオレといったニッチ車種の相次ぐ廃止があった。参考までに、トリノ郊外グルリアスコの工場は旧FCAの手に渡り、現在はマセラティの工場となっている。

自動車に関するベルトーネの商標は公売に付され、2016年に多国籍エンジニアリング企業「アッカ・ホールディングス」によって落札された。さらに2019年、同社によって商標は他社に供与され、2022年現在もその用途が模索されている。

いっぽう、自動車を除く輸送機器とプロダクトデザイン用途のベルトーネの商標は、ミラノの「ベルトーネ・デザイン」社によって継承されている。今回は、こちらの企業について解説する。

■プロダクト&建築の分野で
ベルトーネ・デザインの代表を務めるアルド・チンゴラーニは、ミラノ工科大学建築学科を卒業後、1995年からイタルデザイン(当時)のプロダクトデザイン部門「ジウジアーロ・デザイン」で自身の経歴をスタートした。2003年には、当時同社の建築部門だった「ジウジアーロ・アルキテットゥーラ」のマネージング・ダイレクターに就任を果たした。

チンゴラーニは「ジョルジェット・ジウジアーロとの仕事を通じて、通常の視点では把むことができない、プロジェクトの細部やニュアンスを見る術を得ました。絶対的な完成度を目指して常に修正し、洗練させてゆくというマニアックな向上心を獲得できたのです」と筆者に当時を振り返る。ニコン、オカムラ、そしてモルテンスポーツ(バスケットボール)といった日本企業とのデザイン開発も良き思い出という。

そのチンゴラーニは2013年、旧ベルトーネにおける最後の社主リッリ・ベルトーネ(1935-2019)とともに、Bertoneのブランドを、より広範囲な領域で展開すべく新たな企業を立ち上げることを決める。これがベルトーネ・デザインであった。以来今日までの9年間に、さまざまな分野のプロダクトや建築デザインを手掛けてきた。

アンサルド・ブレラ社/ボンバルディア社との共同プロジェクトである2013年の高速鉄道『フレッチャロッサ1000』のデザインにあたっては、いずれも旧ベルトーネのコンセプトカーである1968年アルファロメオ『カラボ』や1970年ランチア『ストラトス・ゼロ』のウェッジを意識したという。

また、2016年に家具メーカー「テッラーニ」とともに発表した『スポイラー・チェア』に関して、チンゴラーニは「レースカーの人間工学と快適性を反映した」と説明する。筆者が付記すれば、背もたれおよび前脚の色は、旧ベルトーネがコーポレートカラーとしていたオレンジであり、それは2015年の『マイアミキッチン』でもアクセントとして用いられている。

■NFTの世界に進出
ベルトーネ・デザインによる最新の取り組みは「ベルトーネ・デザインデジタル」である。世界的に注目されているNFT(非代替性トークン)を取り扱う部門だ。

サービスは、企業向け(BtoB)とエンドユーザー向け(BtoC)の双方にアプローチする。前者は、デジタル・デザインサービス(NFTで伝達するコンテンツ作成)と技術サポート(ブロックチェーン上のマーケットプレイスの開発とアフターサポート)を提供する。

いっぽうBtoCについては、具体的にどのようなものを提供するのか? 筆者の質問に対して、チンゴラーニは以下のように解説する。

「(ベルトーネ)のアイコン的車種は誰もが入手できるものではなく、数百万ユーロで取引されるコレクターズ・アイテムであり続けています。そこで私たちは、その一部をデジタルで再解釈し、愛好家に自分だけのデジタルコレクターズ・カーを手に入れるチャンスを提供することにしました」

その第1弾は、ランボルギーニ・ミウラのスタイルをデジタル上で再解釈した『ファントムミウラ』だ。

「デジタルでありながらコレクターズアイテムであるファントムミウラは、オリジナルの不滅のラインを再生し、断続的な光を通してそのデザインフレームを絶え間なくアグレッシブに高めていく、鮮やかなスタイリングが特徴です」とチンゴラーニは説明する。2022年2月から専用サイトを通じて販売する。併せて、ヒストリックカーの枠に囚われないNFTコレクションも公開する予定だ。

「私たちは生前のリッリと、ベルトーネの伝統を守り続けることを約束しました。その誓いを果たすべく、ベルトーネが培った豊かな創造性をさらに高める革新的手法を通じて、努力し続けています」

■生活様式の変化とデザインの力
チンゴラーニはデザイン実務に携わる傍らで、長年母校で教鞭をとり、修士課程「建築のためのインダストリアルデザイン」を開講するなど、後進の育成にも心血を注いできた。2021年は(ミラノ工科大学の教育機関)ポリ・デザインとの継続的な連携に加え、同じくミラノのルイジ・ボッコーニ大学とも連携、ラクシュリー領域のデザイン講座を担当した。

新興国でも活動を繰り広げている。2021年には北マケドニアの首都スコピエで「ベルトーネ・デザインアカデミー」を開講した。創設の理由についてチンゴラーニは語る。

「私たちが学生に与えるべき最も重要なことは、創造、エンジニアリング、生産の全過程を経ながら、アイデアが具体的なものに変化するのを見る機会を与えることです。残念ながら新型コロナウィルスにより、新しいモノ・世界を創ることを職業に選んだ人たちにとって不可欠な物理的状況が不足がちです。しかし数年後には、講義やワークショップ、セミナーのための専用スペースを備えた新施設で、リアルな授業に戻れることを信じています」

最後に、新型コロナを契機に、多くの人々が生活の変化を余儀なくされたなかで、デザインの力とは何か?をチンゴラーニに聞いた。

「デザインは常に変革の担い手です。快適性、人間工学、そしてもちろん美しさの観点から社会の動きを最初に解釈するものです。かつモドゥス・ペンサンディ(思考の方法)であり、モドゥス・オペランディ(仕事の手法)です。それ以前に、美の追求という点で、美術がそれを満たすことができなくなり、デザインが取って代わりました」

さらに彼は、家庭環境の概念が、どう変化したかについて分析する。「新しい日常は心理学者が恐れるほど、個人と仕事の境界が危うくなりました。本来、外部の憂いから“避難場所”であるはずの家庭空間がプライバシーを欠いた場所に変貌し、強い緊張感に支配されています」。

そうしたなかで、チンゴラーニは、インテリア・デザインと、そこに配されるプロダクトに焦点を当ててこう語る。「快適性、安全性、プライバシー、静寂性などの要求に、デザインは応えられます。機能的な空間の配置、スマートなシステム、自然素材の使用などを通じて、心身の健康を促進する住まいが実現できることを忘れてはなりません。なぜなら、本当の贅沢は、毎日使う小さなもの、習慣に伴う快適さ、美しいと感じるモノと接する喜びの中にあるからです」。

チンゴラーニは従来の功績が評価され、2021年に優秀なイタリア製品の普及に尽力した人物のための賞「エッチェッレンツェ・イタリアーネ」が与えられた。

かつてベルトーネの2代目社主ヌッチオ・ベルトーネ(1914-1997)は、フランコ・スカリオーネ、ジョルジェット・ジウジアーロ、マルチェッロ・ガンディーニ そしてマルク・ドゥシャンといった新進デザイナーとともに、自動車というメディアを通じて未来を予告した。その啓示する精神は、建築家チンゴラーニの手によって引き継がれ、かくも広範な領域で実践が模索されている。

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